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52『風立ちぬ』

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乙女先生とゆかいな人たち女神たち

52『風立ちぬ』  


     
          
 紫陽花が人知れず盛りを終えたころ、夏がやってきた。

 あれだけ冷温が続いた春は、いつのまにか蝉の声もまびすしく、水分補給のペットボトルが手放せなくなった。さくやはMNBではパッとしなかったが、それでも選抜のバックコーラスやバックダンサーをさせてもらえるようになり、楽屋では自称「パシリのさくや」とニコニコと雑用をこなし、メンバーからはかわいがられていた。

「ジャーン、この中に、当たりが一本は必ずあります!」

 スタッフの分を含め四十個のアイスを保冷剤をいっぱい入れてもらって、さくやが買ってきた。むろん制服姿で、宣伝を兼ねている。こういうパシリでは、制服でMNBということが分かり、ファンの人たちから声を掛けてもらえるので、さくや本人はいたって気に入っていた。

「あ、わたし、当たり!」
 
 七菜が嬉しそうに手を挙げた。

「ラッキーですね、すぐに当たりのもらってきます!」
「いいよ、さくや、これは縁起物だからとっとく」
「そうですか、それもいいですね。じゃ、サインしときゃいいんじゃないですか。七菜さんのモノだって」
「ハハ、まさか、取るやつなんかいないでしょう」

 聖子が、アゲアゲのMNBを代表するかのように明るく言った。

「いいえ、神さまって気まぐれだから、運がどこか他の人にいっちゃうかも。栞さんとか」

 近頃、ようやく栞に「先輩」を付けなくなった。言葉も全国区を目指して標準語でも喋れれるようにがんばっている。大阪弁は、その気になればいくらでも切り替えられる。今までずっと、それで通していたんだから。

 昼からは、バラエティーのコーナーである「学校ドッキリ訪問」のロケに府立口縄坂高校にバスを二台連ねて行くことになっていた。


 口縄坂高校は、府の学校改革のフラッグ校と言われ、近年その実績をあげている。そのご褒美と学校、そして府の文教政策の成果を全国ネットで知らせようと、府知事がプロディユーサーの杉本と相談して決めたことである。一部の管理職以外は、午後からは全校集会としか伝えられていなかった。

 そこへ、中継車こみで三台のMNB丸出しのバスやバンがやってきたのだから、生徒たちは大騒ぎである。

「キャー、聖子ちゃ~ん!」「ラッキーセブンの七菜!」「スリーギャップス最高!」

 などと、蝉に負けない嬌声があがった。

 とりあえず、メンバーは楽屋の会議室に集合。生徒たちは、いったん教室に入った。研究生を入れた総勢八十人のメンバーは、三人~四人のグループに分かれて教室を訪れ。カメラやスタッフは、三チームで各学年を回った。

「わたし、小姫山高校なんで、こんな偏差値が十も上の学校に来るとびびっちゃいます!」

 教壇で栞が、そう切り出すと、生徒たちからは明るい笑い声が返ってきた。その中に微妙な優越感が混じっていることを、栞もさくやも感じていた。

「MNBで、オシメンてだれですか?」
「しおり!」

 如才ない答が返ってくる。あとは適当なクイズなんかして遊んだ。クイズといっても勉強の内容とは関係ないもので、当たり前の答はすぐに出てくる。

「これ、なんて読みますか?」
「離れ道!」
「七十九点!」

 栞は、わざと評定五に一点だけ届かない点数を言ってやった。案の定その子は、かすかにプライドが傷ついた顔をした。

「MNBじゃ、なんて読む、さくや?」
「はい、アイドルへの道で~す。首、つまりセンターとか選抜への道は、遠く険しいってわけです」
「この、しんにゅうのチョボは、私たち一人一人です。その下は、それまで歩んできた道を現しています。だから、このチョボは、今まさに首=トップにチャレンジしようとしているんです。そうやって見ると、この字は、なんだか緊張感がありますよね。わたしたちはアイドルの頂点を。あなたたちはエリートの頂点を目指してがんばりましょう!」

 教室は満場の拍手。栞は笑顔の裏で、少し悲しいプライドのオノノキのように聞こえた。

 それから、講堂に全生徒が集まって、ミニコンサートになった。この口縄坂高校は、プレゼンテーションの設備が整っていて、講堂は完全冷暖房。照明や音響の道具も一揃いは調っていた。まあ、これが学校訪問が、こんなカタチで実現した条件でもあるんだけれど。

「それでは、来校記念に、新曲の紹介をさせていただきます。『風立ちぬ』聞いて下さい」


 《風立ちぬ》作詞:杉本寛   作曲:室谷雄二

 走り出すバス追いかけて 僕はつまずいた

 街の道路に慣れた僕は デコボコ田舎の道に足を取られ 気が付いたんだ

 僕が慣れたのは 都会の生活 平らな舗装道路

 君を笑顔にしたくって やってきたのに 

 君はムリに笑ってくれた その笑顔もどかしい

 でも このつまずきで 君は初めて笑った 心から楽しそうに

 次のバスは三十分後 やっと自然に話せそう 君の笑顔がきれいに咲いた

 風立ちぬ 今は秋 夏のように力まなくても通い合うんだ 君との笑顔

 風立ちぬ 今は秋 気づくと畑は一面の実り そうだ ここまで重ねてきたんだから

 それから バスは 三十分しても来なかった 一時間が過ぎて気が付いた

 三十分は 君が悪戯に いいや 僕に時間を 秋の想いをを思い出させるため書いた時間

 風立ちぬ 今は秋 風立ちぬ 今は秋 ほんとうの時間とりもどしたよ

 素直に言うのは僕の方 素直に笑うのは僕の方 秋風に吹かれて 素直になろう

 ああ 風立ちぬ ああ ああ ああ 風立ちぬ


 スタンディングオベーションになった。


 構えすぎていたのは自分だったかも知れないと思った。みんなが笑顔になった。

 栞もさくやも、自然に笑顔になれた。

 次の瞬間の、その時までは……。

 
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