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11 メタモルフォーゼの意味
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『11 メタモルフォーゼの意味』
ショックだった、道具がみんな壊されていた……!
コンクール本番の早朝、道具を搬出しようとしてクラブハウスの前に来てみると、ゆうべキチンとブルーシートを被せておいた道具は、メチャクチャに壊されていた。秋元先生も、杉村も呆然だった。
「これ、警察に届けた方がいいですよ」
運送屋の運ちゃんが親切に言ってくれた。
「ちょっと、待ってください……」
秋元先生は、植え込みの中から何かを取りだした。
ビデオカメラだ。
「昨日『凶』引いちゃったから、用心にね仕掛けといたんだ」
先生は、みんなの真ん中で再生した。暗視カメラになっていて、薄暗い常夜灯の明かりだけでも、しっかり写っていた。
塀を乗り越えて、三人の若い男が入ってきて、道具といっしょに置いていたガチ袋の中から、ナグリ(トンカチ)やバールを出して、道具を壊しているのが鮮明に写っていた。
「先生、こいつ、ミユのこと隠し撮りしていたB組の中本ですよ!」
手伝いに来ていたミキが指摘した。
「そうだ、間違いないですよ!」
みんなも同意見だった。
「いや、帽子が陰になって、鼻から上が分からん。軽率に断定はできない」
「そんな、先生……」
「断定できない……できないから、警察に届けられるんだ」
あ、と、あたしたちは思った。ウチの生徒と分かっていれば、軽々とは動けない。初めて先生をソンケイした。
先生は、校長に連絡を入れると警察に電話した。
「でも、先生、道具は……」
「どうしようもないな……」
みんなが肩を落とした。
「ボクに、いい考えがあります」
「検証が終わるまで、この道具には手がつけられないぞ」
「違います。これは、もう直せないぐらいに壊されています。他のモノを使います」
杉村が目を付けたのは、掃除用具入れのロッカーと、部室に昔からあるちゃぶ台だった。
「ミユ先輩。これでいきましょう」
現場の学校には、先生が残った。警察の対応するためだ。
あたし達が必要なモノをトラックに積み、出発の準備が終わった頃、警察と新聞社がいっしょに来た。あたしはトラックに乗るつもりだったけど、状況説明のために残された。
「うちは、昼の一番だ。現場検証が終わったら、タクシーで行け」
先生は、そう言ってくれたが、お巡りさんも気を遣ってくれ、ザッと説明したあとは、連絡先のメアドを聞いておしまいにしてくれた。
会場校に着いて荷下ろしをすると、杉村はガチ袋から、金属ばさみを出してロッカーを加工した。裏側に出入り出来る穴を開け、正面の通風口を広げてミッションの書類が出てくるように工夫してくれた。
リハでは、壊された道具を使っていたので勝手が違う。道具をつかうところだけ、二度確認した。
あたしは舞台上で五回も着替えがあるので、楽屋に入って、杉村と衣装の受け渡し、着替えのダンドリをシミュレーションした……よし、大丈夫!
本番は、どうなるかと思ったけど、直前に秋元先生も間に合ってホッとした。なんといっても照明と効果のオペは、先生がやるのだ。イザとなったら、照明はツケッパで、効果音は自分の口でやろうと思っていた。
幕開き前に、あたしの中に、何かが降りてきた。優香なのか受売の神さまなのか、ノラという役の魂なのか、分からなかったが、確実に、あたしの中に、それは降りてきていた。
気がつけば、満場の拍手の中に幕が下りてきた。
演劇部に入って、いや、人生の中で一番不思議で充実した五十五分だった。『ダウンロ-ド』は一人芝居だけど、見えない相手役が何人もいる。舞台にいる間、その相手役は、あたしにはおぼろだけども見えていた。そして観てくださっているお客さんとも呼吸が合った。両方とも初めての体験だった。
――ああ、あたしは、このためにメタモルフォーゼしたのか!――
そう感じたが、あたしのメタモルフォーゼの意味は、さらに深いところにあった……。
つづく
ショックだった、道具がみんな壊されていた……!
コンクール本番の早朝、道具を搬出しようとしてクラブハウスの前に来てみると、ゆうべキチンとブルーシートを被せておいた道具は、メチャクチャに壊されていた。秋元先生も、杉村も呆然だった。
「これ、警察に届けた方がいいですよ」
運送屋の運ちゃんが親切に言ってくれた。
「ちょっと、待ってください……」
秋元先生は、植え込みの中から何かを取りだした。
ビデオカメラだ。
「昨日『凶』引いちゃったから、用心にね仕掛けといたんだ」
先生は、みんなの真ん中で再生した。暗視カメラになっていて、薄暗い常夜灯の明かりだけでも、しっかり写っていた。
塀を乗り越えて、三人の若い男が入ってきて、道具といっしょに置いていたガチ袋の中から、ナグリ(トンカチ)やバールを出して、道具を壊しているのが鮮明に写っていた。
「先生、こいつ、ミユのこと隠し撮りしていたB組の中本ですよ!」
手伝いに来ていたミキが指摘した。
「そうだ、間違いないですよ!」
みんなも同意見だった。
「いや、帽子が陰になって、鼻から上が分からん。軽率に断定はできない」
「そんな、先生……」
「断定できない……できないから、警察に届けられるんだ」
あ、と、あたしたちは思った。ウチの生徒と分かっていれば、軽々とは動けない。初めて先生をソンケイした。
先生は、校長に連絡を入れると警察に電話した。
「でも、先生、道具は……」
「どうしようもないな……」
みんなが肩を落とした。
「ボクに、いい考えがあります」
「検証が終わるまで、この道具には手がつけられないぞ」
「違います。これは、もう直せないぐらいに壊されています。他のモノを使います」
杉村が目を付けたのは、掃除用具入れのロッカーと、部室に昔からあるちゃぶ台だった。
「ミユ先輩。これでいきましょう」
現場の学校には、先生が残った。警察の対応するためだ。
あたし達が必要なモノをトラックに積み、出発の準備が終わった頃、警察と新聞社がいっしょに来た。あたしはトラックに乗るつもりだったけど、状況説明のために残された。
「うちは、昼の一番だ。現場検証が終わったら、タクシーで行け」
先生は、そう言ってくれたが、お巡りさんも気を遣ってくれ、ザッと説明したあとは、連絡先のメアドを聞いておしまいにしてくれた。
会場校に着いて荷下ろしをすると、杉村はガチ袋から、金属ばさみを出してロッカーを加工した。裏側に出入り出来る穴を開け、正面の通風口を広げてミッションの書類が出てくるように工夫してくれた。
リハでは、壊された道具を使っていたので勝手が違う。道具をつかうところだけ、二度確認した。
あたしは舞台上で五回も着替えがあるので、楽屋に入って、杉村と衣装の受け渡し、着替えのダンドリをシミュレーションした……よし、大丈夫!
本番は、どうなるかと思ったけど、直前に秋元先生も間に合ってホッとした。なんといっても照明と効果のオペは、先生がやるのだ。イザとなったら、照明はツケッパで、効果音は自分の口でやろうと思っていた。
幕開き前に、あたしの中に、何かが降りてきた。優香なのか受売の神さまなのか、ノラという役の魂なのか、分からなかったが、確実に、あたしの中に、それは降りてきていた。
気がつけば、満場の拍手の中に幕が下りてきた。
演劇部に入って、いや、人生の中で一番不思議で充実した五十五分だった。『ダウンロ-ド』は一人芝居だけど、見えない相手役が何人もいる。舞台にいる間、その相手役は、あたしにはおぼろだけども見えていた。そして観てくださっているお客さんとも呼吸が合った。両方とも初めての体験だった。
――ああ、あたしは、このためにメタモルフォーゼしたのか!――
そう感じたが、あたしのメタモルフォーゼの意味は、さらに深いところにあった……。
つづく
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