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96『世田谷ボロ市』

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くノ一その一今のうち

96『世田谷ボロ市』そのいち 




 まあやと二人で『世田谷ボロ市』に来ている。


 ロケ先が京王線沿いだったので、そのまま電車に乗って下高井戸で世田谷線に乗り換え四つ目の上町で降りる。

「うわぁ、けっこうな人だねぇ」

 ロケ先もけっこう賑やかなショッピングモールだったんだけど、この売れっ子女優は改まって驚く。

「え、おかしい?」

「ううん」

「ウソ、いま笑ったでしょ」

「いや、そんなことは……(^_^;)」

 明けて三年の付き合いになるまあやに嘘は通じない。

「いや、無邪気に驚いてるからさ」

「だって、仕事はさ、体力も気力も本番にとっておかなきゃだからさ」

「なるほどぉ」

 追及はしない。ペース配分を覚えたってことで、スルーしておく。

「すごいねぇ、この人波が上町まで続いてるんでしょ。2キロぐらいかなあ」

「そうねえ、直線だと1キロほどだけど、枝道にも出店が出てるから、合わせたらそれぐらいあるかもね」

「渋谷とかアキバは、人も店もすごいけど、なんだろ、このボロ市がすごいと思うのはさ」

「400年、いや450年の歴史だろうねぇ、始まりは戦国時代の楽市だっていうからねぇ」

「450年かあ……」

 遠い目をするまあや。

 450年前、まやのご先祖の秀吉はまだ織田家の家臣で、苗字を木下から羽柴に切り替えたころだ。

「ソノッチは知ってるよね、羽柴の苗字の由来?」

「うん、丹羽長秀と柴田勝家の苗字から一字ずつもらってつけたんだよね」

「うん、信長さんは大笑いして、丹羽も柴田も苦笑いして喜んだんだよね」

「苗字をゴマすりの種にするなんて思いつかないよね、ふつう」

「豊臣って、元来は平和主義なんだ……」

「そうだね」

 現代の豊臣家は、秀頼の子や孫の代で分裂して二十代あまり。木下家と鈴木家に分かれたまま対立している。草原の国のクーデター騒ぎが頓挫して最悪の事態になることは避けられた。今は停戦状態だけども両家が存亡をかけた対立状態にある。そのことに、この豊臣家嫡流(木下の方も自分こそと思ってる)のお姫さまは心を痛めている。

『よう、ソノッチじゃねえか!』

 人ごみの中から声が上がったかと思うと、古本屋の親父だ。

「え、忍冬堂さんも出店してるんですか!?」

「ああ、モチよ。世田谷が北条の領地だったころから店は出してる。楽市ってのは忍びにとって大事な情報源だからなあ」

 人が聞いたら、忍者オタクの痛い話だと思うだろうけど、この忍冬堂は百地流忍術使いの上忍の家系らしい。

「こっちは、今を時めく――鈴木まあや(声を潜めてる)――のお忍びだな」

「アハハ、別に忍んでませんよ(^_^;)」

「そうだ、社長から言付かってたんだ」

「え、うちの社長?」

「ああ、代官所の手前に神棚の出店出してるジジイがいるから、そこで神棚もらってくるようにって。お代は済んでるはずで『甘味喫茶とどろき』っていや分かるってさ」

「あ、うん。ありがとう」

 お礼を言って人波に戻る。渋谷とかとは違って年配の人が多い。といってもとげぬき地蔵ほどではなくて赤パンツを売っているような出店は無い。

「神棚って?」

「ああ、去年、お店の近くの木が倒れて、その衝撃で神棚が落っこちたままなの……でも言付かっていたって……」

「フフ、読まれてるわね( ´艸`)」

 ウウ、油断がならない。

「あら、いい匂い」

「あ、代官餅!」

 代官餅のお店を見つけ、まずは腹ごしらえ。神棚なんか持ったらお店に入れないからね。

 まあやはきな粉餅、わたしは大根おろしのを買って半分こ。

「できたてだから、アツアツ……」

 二人でフーフーやりながら、お茶まで頂いて、アンコのもおいしそうなんで、それも買ってしまう。

「ウウ、ボロ市450年の味がするぅ~」

「そうだね~」

 機嫌よく食べたけど、スマホで検索したら意外と新しく昭和50年からだとあった。まあ、美味しければなんでもいい!

「あ、手作りアクセ!」

 間口一間くらいのところで、オッサンが器用に真鍮線を曲げてアクセの実演販売をやっている。

 この手のやつは、あちこちでやってるけど、ボロ市でやってるのは微妙に場違いで、かえって面白い。

「オーダーメイドもやりますよぉ、八文字以内なら税込み1000円ですぐにできますよぉ」

 オッサンが意外に若やいだ声で宣伝しながら、ラジペンをクネクネ、あっという間に一個こしらえて女の子に渡した。

「うわぁ、かわいい!」

「「…………たしかに」」

 たしかに、アルファベットのくねらせ方が独特で、ちょっとイカシてる。

 で、オッサンの策略に乗って、SonoichiとMayaのアクセを頼んでしまう。

「ちょうど100番目のお客さんなんでオマケです」

 そう言ってデザインリングをくれた。

「「おお!」」

 喜んだんだけど、一個だけだからどうしようかと思う。

「あ、それ、トワエモアなんですよ」

「トワエモア!」

 まあやは喜ぶけど、わたしはお祖母ちゃんが口ずさむ「あ~る日とつぜん……」という歌い出しの懐メロしか出てこない。

「そこを捻ってもらうと……」

「「おお……」」

 それまで五弁の花だったのが二つに分かれて、別々の指輪になった!

「いいんですか、こんなに手の込んだものを」

 まあやはゆかしい子だよ(^_^;)

「ほんの手すさびです」

「ありがとう」「大事にしますね」

 二人で一人前の返事をして、代官所前に。

 場所を聞いていなかったらぜったい見つけられなかった出店からブツを受け取って代官所を横目に殺して世田谷駅に急いで、とりあえずはタクシーを拾って等々力の店に戻る。

 等々力渓谷は倒木や落石があって、その調査と復旧工事で遊歩道が閉鎖されて、店もほとんど開店休業。来年には調査や復旧工事も終わって再開できそう。

 それで、それまでは、まあやの付き人兼友人。少しはピンの仕事とかもね。

 来年は、ちょっと波乱の気配……いや、考えたら本当になってしまうかも。

 だから、もうしばらくはノホホン少女。

 春には活動再開の予感。では、またいずれ……。



☆彡 主な登場人物

風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
多田さん         照明技師で猿飛佐助の手下
杵間さん         帝国キネマ撮影所所長
えいちゃん        長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
豊臣秀長         豊国神社に祀られている秀吉の弟
ミッヒ(ミヒャエル)   ドイツのランツクネヒト(傭兵)
アデリヤ         高原の国第一王女
サマル          B国皇太子 アデリヤの従兄
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