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37『甲斐善光寺・1・はいかぶせ姫』

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くノ一その一今のうち

37『甲斐善光寺・1・はいかぶせ姫』 




 変だとは思わないか?


 ズサ!

 反射的に飛び退って懐の手裏剣に手を伸ばしてしまった。

「すまん、そう言う意味じゃなくてさ、この善光寺の佇まいを見て、なにか変に思わないか?」

 声の響きで、課長代理は脚本家三村紘一として話しているのだと察して、丹田の力を抜く。

「あ……えと……ちょっと古びてはいますけど美しいですね。銅板屋根の緑青、柱や垂木の朱色、壁の白、大きさの割に柱が華奢で女性的な感じも……」

 いや、物言いは三村紘一だけど、聞いている内容は忍者の頭としてだ。

 頭を切り替える。

「甲斐の国の総鎮守としての貫禄は十分ですが、寺を取り巻く塀がありません。戦乱や星霜の中で部分的に失われることはあるでしょうが、この甲斐善光寺は、山門の両脇にさえ塀がありません。礎石すらありませんから、創建当初から無かったように見えます」

「そうだね、さすがは信玄が建てた寺だ。信玄の性格がよく出ている」

「はい」

「人は城、人は石垣、人は堀……信玄のモットーだね」

「人を育て、人を頼みとしてこそ国が守れるという信玄の戒めですね」

「そう、そのことを軽んじたから息子の勝頼は破れてしまった……」

「そうですね」

 今のは、後ろに跳び退って山門の全景を視界に収めたからこそ気づけたことだ。

 課長代理は、そのことのために、この距離で謎を掛けてきたのか……油断のならない人だ。

「アハハ、たまたまだよたまたま(´∀`)」

「そうですか(^_^;)」

 って……いまの口に出したわけじゃないのに。

「信玄はね、倅の勝頼が長続きしないことを読んでいたんだ。だから、将来武田家の裔の者たちが立ち上がるために膨大な軍資金を隠した。知恵と勇気と運をつかんだ者にしか手に入らないような仕掛けを施してね……」

「仕掛け……」

 怖気が湧いてくる。

 きっと、これまで何人、何十人、何百人という者たちが埋蔵金に挑んできたのに違いない。戦国から、もう四百年あまりの年月が経って、それでも発見されていない。

 歴史が証明している。この四百年武田の裔たちが立ち上がったという話は聞いたことが無い。武田以外の者が探り当てたという話も聞かない。

 お祖母ちゃんから、忍者に関わる歴史については教えられてきたけど、この件については聞いたことが無い。

 しかし、木下豊臣家も本気で動き、うちの課長代理までが真剣に取り組んでいるからにはマジに違いない。

 こんなものに立ち向かって大丈夫なんだろうか。

「気を楽にしてあげよう」

 ウ、また読まれてる。

「埋蔵金を獲得する必要などは無い。ただ、木下の手に渡らないようにできればミッションコンプリートだ」

「はい」

「そのの力を借りるのは、ほんの入り口。埋蔵金のありかさえ分かれば、手立てはいくらでもある。それは、わたしと徳川物産の仕事だからね。そのは、鈴木まあやを守るのが第一の務めだと思っていればいい」

「はい」

「よし、あの香炉堂でお線香をあげよう。あの煙を浴びればいい知恵が湧いてくるかもしれない」

「はい」

「『はい』ばかりだね、これからは『はいかぶせ姫』と呼んでやろうか」

「姫じゃないからいいです!」

「じゃ、はいかぶせ。いくぞ」

「はい」

 って、ああ、もう!




☆彡 主な登場人物

風間 その        高校三年生 世襲名・そのいち
風間 その子       風間そのの祖母(下忍)
百地三太夫        百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
鈴木 まあや       アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
忍冬堂          百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
徳川社長         徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
服部課長代理       服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
十五代目猿飛佐助     もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
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