33 / 68
33『葉桜の木陰で』
しおりを挟む
妹が憎たらしいのには訳がある
33『葉桜の木陰で』
『僕の姿が見えるようだね……僕が何者かも』
言われてみればその通りだ。
死んだ人が見えたり、その人が佐伯雄一さんだというのは俺の思いこみだ。
『思いこみじゃない。キミたち兄妹の力だよ』
「俺たちの?」
『ああ、向こうの妹さんは気づかないふりをしてくれている』
「佐伯さんは、その……」
『幽霊だよ。今日は、こんなに賑やかに墓参りに来てくれたんで嬉しくてね』
「すみません、亡くなった方を、こんな風に利用して」
「パパは、そんな風に思ってないわよ、お兄ちゃん」
「パパ?」
『墓石の横に、千草子の名前が彫ってあっただろ』
「ええ、今度のことで、ある組織が彫ったんです。申し訳ありません」
『いや、あれは、元からあるんだよ。ただ、赤く塗ったのは、その組織の人たちだがね』
「え、それって……」
「千草子ちゃんは、実在の人物だったの」
『もう、十年前になる。僕たち夫婦は離婚して、千草子はボクが引き取っていた。家内は女ながら事業家で、世界中を飛び回っていた。僕は絵描きで、ほとんどアトリエ住まい。それで、子育ては、僕の方が適任なんで、そういうことにしたんだ……』
「月に一回は、家族三人で会うことにしていたの」
チサちゃんは、まるで自分のことのように言う。
『あのときは、別れたカミサンが新車を買ったんで、試乗会を兼ねてドライブに行ったんだ……』
……その光景がありありと見えた。
六甲のドライブウェーを一台の赤い車が走っている。
車はオートで走っていて、親子三人は、後部座席でおしゃべりしている。
『昔は、人間が運転していたの?』
幼い千草子ちゃんが、興味深げに質問した。
『今の車だってできるわよ。千草子が乗るような幼稚園バスや、パパの車は、いつもはオートだけどね』
『パパは、実走免許じゃないからね。車任せさ』
『あたし、実走免許取ったのよ』
『ほんとかよ!?』
『ストレス解消よ。そうだ、ちょっとやって見せようか!?』
『うん、やって、やって!』
千草子ちゃんが無邪気に笑うので、ママは、その気になった。
『おい、この道は実走禁止だろ。監視カメラもいっぱい……』
『ダミー走行のメモリーがかませるの。ウィークデイで道もガラガラだし』
ママは、千草子ちゃんを連れて前の座席に移った。
そして悲劇が起こった。
同じように実走してくる暴走車と峠の右カーブを曲がったところで鉢合わせしてしまったのだ。
不法な実走をする者は、監視カメラや衛星画像にダミー走行のメモリーをかますために、衛星からの交通情報が受けられない。二台の実走車は前世紀のロ-リング族同様だった。ママの車はガードレールを突き破り、崖下に転落。
パパは助かったが、ママは重症、千草子は助からなかった。
そして、佐伯家の墓に、最初に入ったのは千草子だった。
『そして、先月、やっとわたしもこの墓に入ることになったんですよ……』
「チサちゃんは?」
『転生したか、ママのほうに行ったか。ここには居ませんでした』
「そうだったんですか……」
『千草子が生きていれば、ちょうどこんな感じの娘ですよ』
「感じも何も、わたしはパパの娘だよ。パパこそ自分が死んでるってこと忘れないでよ」
『あ、もちろんだよ。千草子、なにか飲み物がほしいなあ』
「なによ、自分じゃ飲めないくせに」
『雰囲気だよ、雰囲気』
「はいはい」
チサちゃんが行くと、佐伯さんは真顔になった。
『太一君』
「はい」
『幽霊の勘だけどね。しばらくは平穏な日々が続くが、やがて大きな争乱になる。どうか、千草子……あの娘さんのことは守ってやって欲しい。君は巻き込まれる運命にあるし、それに立ち向かう勇気と力がある』
「佐伯さん……」
握った、その手は、生きている人間のように温かかった。
「お兄ちゃん、パパは?」
「日差しが強くなってきたんで、お墓に退避中」
オレのいいかげんな説明を真に受けて、幸子に呼ばれるまで葉桜の側を離れようとしないチサちゃんだった……。
33『葉桜の木陰で』
『僕の姿が見えるようだね……僕が何者かも』
言われてみればその通りだ。
死んだ人が見えたり、その人が佐伯雄一さんだというのは俺の思いこみだ。
『思いこみじゃない。キミたち兄妹の力だよ』
「俺たちの?」
『ああ、向こうの妹さんは気づかないふりをしてくれている』
「佐伯さんは、その……」
『幽霊だよ。今日は、こんなに賑やかに墓参りに来てくれたんで嬉しくてね』
「すみません、亡くなった方を、こんな風に利用して」
「パパは、そんな風に思ってないわよ、お兄ちゃん」
「パパ?」
『墓石の横に、千草子の名前が彫ってあっただろ』
「ええ、今度のことで、ある組織が彫ったんです。申し訳ありません」
『いや、あれは、元からあるんだよ。ただ、赤く塗ったのは、その組織の人たちだがね』
「え、それって……」
「千草子ちゃんは、実在の人物だったの」
『もう、十年前になる。僕たち夫婦は離婚して、千草子はボクが引き取っていた。家内は女ながら事業家で、世界中を飛び回っていた。僕は絵描きで、ほとんどアトリエ住まい。それで、子育ては、僕の方が適任なんで、そういうことにしたんだ……』
「月に一回は、家族三人で会うことにしていたの」
チサちゃんは、まるで自分のことのように言う。
『あのときは、別れたカミサンが新車を買ったんで、試乗会を兼ねてドライブに行ったんだ……』
……その光景がありありと見えた。
六甲のドライブウェーを一台の赤い車が走っている。
車はオートで走っていて、親子三人は、後部座席でおしゃべりしている。
『昔は、人間が運転していたの?』
幼い千草子ちゃんが、興味深げに質問した。
『今の車だってできるわよ。千草子が乗るような幼稚園バスや、パパの車は、いつもはオートだけどね』
『パパは、実走免許じゃないからね。車任せさ』
『あたし、実走免許取ったのよ』
『ほんとかよ!?』
『ストレス解消よ。そうだ、ちょっとやって見せようか!?』
『うん、やって、やって!』
千草子ちゃんが無邪気に笑うので、ママは、その気になった。
『おい、この道は実走禁止だろ。監視カメラもいっぱい……』
『ダミー走行のメモリーがかませるの。ウィークデイで道もガラガラだし』
ママは、千草子ちゃんを連れて前の座席に移った。
そして悲劇が起こった。
同じように実走してくる暴走車と峠の右カーブを曲がったところで鉢合わせしてしまったのだ。
不法な実走をする者は、監視カメラや衛星画像にダミー走行のメモリーをかますために、衛星からの交通情報が受けられない。二台の実走車は前世紀のロ-リング族同様だった。ママの車はガードレールを突き破り、崖下に転落。
パパは助かったが、ママは重症、千草子は助からなかった。
そして、佐伯家の墓に、最初に入ったのは千草子だった。
『そして、先月、やっとわたしもこの墓に入ることになったんですよ……』
「チサちゃんは?」
『転生したか、ママのほうに行ったか。ここには居ませんでした』
「そうだったんですか……」
『千草子が生きていれば、ちょうどこんな感じの娘ですよ』
「感じも何も、わたしはパパの娘だよ。パパこそ自分が死んでるってこと忘れないでよ」
『あ、もちろんだよ。千草子、なにか飲み物がほしいなあ』
「なによ、自分じゃ飲めないくせに」
『雰囲気だよ、雰囲気』
「はいはい」
チサちゃんが行くと、佐伯さんは真顔になった。
『太一君』
「はい」
『幽霊の勘だけどね。しばらくは平穏な日々が続くが、やがて大きな争乱になる。どうか、千草子……あの娘さんのことは守ってやって欲しい。君は巻き込まれる運命にあるし、それに立ち向かう勇気と力がある』
「佐伯さん……」
握った、その手は、生きている人間のように温かかった。
「お兄ちゃん、パパは?」
「日差しが強くなってきたんで、お墓に退避中」
オレのいいかげんな説明を真に受けて、幸子に呼ばれるまで葉桜の側を離れようとしないチサちゃんだった……。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる