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23『幸子テレビに出る』

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妹が憎たらしいのには訳がある

23『幸子テレビに出る』    




「対馬戦争が最後のカギだったんです」

 桃畑中佐が静かに言った。

「しかし、あれで三国合わせて二千人の戦死者が出たんですよ。ロボットによる戦闘が膠着状態になったんだから、あのあとは外交努力による解決こそが望ましかったんじゃないですかね」

 メガネのキャスターが、正義の味方風を吹かせて桃畑中佐を責めた。

「あれで、当事国は目覚めたんですよ。多くの命を犠牲にしてまでやる戦争じゃないって」
「その結果南西諸島も対馬も日本の領土と確定はしましたけど、新たなナショナリズムを掻き立てたんじゃないんですか!」
「……あなたは僕になにを言わせたいんですか」
「だから、極東戦争は、生身の人間が……あなたの部下も含めて、命を失ったことに反省がないことが問題だと思うんですよ。思いませんか!?」

 キャスターの声は、過剰な正義感に震えていた。

「不思議なことをおっしゃいますなあ。僕たちは、命令に従ったんです。軍人なんですから」
「軍人だって、心というものがあるでしょう。防衛法三十二条、第三項にあるじゃありませんか。指揮官が精神的あるいは、肉体的に正当な指揮判断ができなくなったときは、次席の指揮官、作戦担当者が指揮をとれる!」
「僕は単なる一方面の前線部隊の指揮官に過ぎない。僕への命令は、大隊司令から、大隊司令は師団司令から、師団は方面軍から、方面軍は、統合幕僚長の作戦命令に従った。そして、その作戦実行にゴーサインを出したのは、内閣総理大臣です。この命令に従わないのはシビリアンコントロールの原則に反します……お分かりになれますか?」
「その大元が狂っていた。そういう世論もあるんですよ。現に内閣は、戦争終結直後に総辞職している」
「それは、亡くなった人たちへの鎮魂のためだと理解しています」
「なんにも分かってないなあ! 桃畑さん、これは言わないつもりだったんだけど、対馬戦争の直前に亡くなった、妹さんの敵討がしたかっただけじゃないんですか!?」

 桃畑中佐の目が一瞬光った。

「ありえません、そんなことは!」

 ボクは、そこでテレビのスイッチを切った。

 幸子が路上ライブをやるようになってから、動画サイトへのアクセスが増え、先日はナニワテレビが学校まで取材にきた。


 そのときリクエストで、先代オモクロの『出撃 レイブン少女隊!』を亡くなった桃畑律子そっくりに演ったことが評判を呼び、動画へのアクセスも二百万件を超えた。

 これを、一部のマスコミが意図的なナショナリズムを煽ったと非難し始めたのだ。

 桃畑中佐は、ただ妹の思い出の曲としてリクエストしただけなのである。ただ、それだけのことにマスコミは桃畑中佐をスケープゴートにして叩きはじめた。

「お兄ちゃん。わたしがやったことって、悪いことだった?」

 あいかわらず、パジャマの第二ボタンが外れたまま、幸子が無機質に歪んだ笑顔で聞いてきた。

「んなことはないよ」
「じゃ、決めた」

 そう言うと、幸子は自分の部屋で、なにやらガサゴソやりはじめた。

「ジャーン、オモイロクローバーX!」


 部屋からリビングに突撃してきたのは、往年のオモクロの桃畑律子そっくりになった幸子だった。

 幸子は、ナニワテレビの出演が決まっていて、テレビ局は早手回しに衣装を送りつけてきていた。



 《出撃 レイブン少女隊!》 

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! みんなのために

 放課後 校舎の陰 スマホの#ボタン押したらレイブンさ

 世界が見放しちまった 平和と愛とを守るため わたし達はレイブンリクルート

 エンプロイヤー それは世界の平和願う君たちさ 一人一人の愛の力 夢見る力

 手にする武器は 愛する心 籠める弾丸 それは愛と正義と 胸にあふれる勇気と 頬を濡らす涙と汗さ!

 邪悪なデーモン倒すため 巨悪のサタンを倒すため

 わたし達 ここに立ち上がる その名は終末傭兵 レイブン少女隊

 GO A HED! GO A HED! For The People! For The World! For The Love!

 ああ ああ レイブン レイブン レイブン 傭兵少女隊……ただ今参上! 



 スタジオは満場の拍手になった。別にADが「拍手」と書いたカンペを持って手をまわしていたわけでは無い。

 ナニワテレビは、世論には無頓着で、かえって逆なでするように幸子のパフォーマンスを流した。

「この曲のどこがナショナリズムや言うんでしょうね。我々オッサンには、ただただ眩しい人生の応援ソングに聞こえますが。どうも佐伯幸子ちゃんでした。後ろでワヤワヤ言うてるのは、サッチャンの学校、真田山高校のみなさんです!」

 3カメが、われわれをナメテいく。祐介も優奈も謙三もいる、佳子ちゃんまでも大阪人根性丸出しでイチビッテいる。正式な付き添いである俺はその陰で小さくなっている。

「似てるよなあ」
「そっくりやなあ」
「懐かしいて、涙出てくるわ」
「桃畑中佐はんも来はったらよかったのに」
「いや、今日はお仕事の都合で……」

 ゲストが喋っているうちに、次のコーナーの用意がされる。幸子は制服に着替え、最後のコーナーに出ることになっている。

「あと8分です」

 ADさんが小声で伝えてくれる。

 俺は楽屋に幸子を呼びに行った。あいつのことだ一分もあれば着替えている。


「俺だ、入るぞ……」
「どーぞ」

 入って、またかと思った。幸子は下着姿で、マネキンのように立っていた。

「フリーズか?」
「……の軽いやつ」
「言ってるだろ、いくら兄妹だってな……」
「向こうの幸子が、ちょっとあって、こっちに呼ぶ準備で負荷がかかって……だから、動きが鈍くなって」
「向こうの?……とにかく着替えろよ」
「うん……」
「早く!」
「手伝って、あと、もうちょっとだから……」
「あのなあ……」
「早く!」
「オレの台詞だ……バカ、脱ぐんじゃないよ、着るんだってば!」

 脱いだ下着の前後に一瞬戸惑ったが、なんとか二分ほどで、着せることができた。

 何度やっても、こういう状況には慣れない自分を真っ当なのか不器用なのか、判断が付きかねた……。
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