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16『グノーシス・片鱗』

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妹が憎たらしいのには訳がある

16『グノーシス・片鱗』    



 大きな破片が目の前に迫ってきた!

 まともに食らったら死んじまう!

 思わず目をつぶる!……直後に来るはずの衝撃やら痛みが来ない?

 薄目を開けると、破片が目の前二十センチほどのところで止まっている。

 ショックのあまりか、体を動かせず目だけを動かす。


 ……時間が止まっている?


 様々な破片が空中で静止し、逃げかけの生徒が、そのままの姿でフリ-ズしている。

 加藤先輩は、一年の真希という子の襟首を掴んで、中庭の石碑の陰に隠れようとしている。ドラムの謙三は、意外な早さで、向こうの校舎の柱に半身を隠す寸前。祐介は、途中で転んだ優奈を庇った背中に、プロペラの折れたのが巨大なナイフのように突き立つ寸前。まるで死にゲーがバグったのをVR見ているようだ。

 目の前の破片がゆっくりと横に移動した……破片は、黒い手袋に掴まれ、俺の三十センチほど横で静止した。当然手だけが空中にあるわけではなく、手の先には腕と、当然なごとく体が付いていた。

 黒いジャケットと手袋という以外は、普通のオジサンだ。なんとなくジョニーデップに似ている。

「すまん、迷惑をかけたな」

 ジョニーデップが口をきいた。

「こ……これは?」

「ボクはハンスだ。ややこしい説明は、いずれさせてもらうことになるが、とりあえず、お詫びするよ」

「これ……あんたが、やったのか!?」

「いや、直接やったのはぼくじゃない。ただ仲間がやったことなんで、お詫びするんだよ……もう正体は分かってるぞ、ビシリ三姉妹!」

「……だって」「……やっぱ」「……ハンス」

 柱の陰から三人の女生徒が現れた。さっき俺がお尻に目を奪われ、優奈にポコンとされた三人だ。

「まだ評議会の結論も出ていないんだ。フライングはしないでもらいたいな」

「まどろっこしいのよ、危険なものは芽のうちに摘んでしまわなくっちゃ!」

 真ん中のカチューシャが叫んだ。

「あの勇ましいのがミー、右がミル、左がミデット。三人合わせてビシリ三姉妹」

「美尻……?」

「ハハ、いいところに目を付けたね。あの三姉妹は変装の名人だが、こだわりがあって、プロポーションはいつもいっしょだ。スーパー温泉、電車の中、そしてこの女生徒。みんな、この三人組だよ」

「おまえらがやったのか、こんなことを!?」

「まあ、熱くならないでくれるかい。あと四十分ほどは時間は止まったままだ。その間にキミにやったように、ここの全員の危険を取り除く。太一クン、キミはその間に妹のメンテナンスをしよう。今度はレベル8のダメージだろう。ほとんど自分で体を動かすこともできない。保健室が空いている。ほら、これで」

 ハンスは、小さなジュラルミンのトランクのようなものをくれた。

「要領は知っているな、急げ。ここは、わたしとビシリ三姉妹で片づける。さあ、ビシリ、おまえらのフライングだ。始末をつけてもらおうか!!」

「「「はい!」」」

 美尻……いや、ビシリ三姉妹がビクッとした。


「メンテナンス」


 そう耳元でささやくと、幸子の目から光がなくなった。だけどハンスが言ったようにダメージがひどく、幸子は自分で体が動かせない。しかたなく、持ち上げた。思いの外重い。思うように持ち上がらない。

「幸子が重いんじゃない。死体同然だから、重心をあずけられないんだ。こうすればいい……」

 ハンスは、幸子を背負わせてくれた。

「せっかくなら、運んでくれれば」

「血縁者以外の者が触れると、それだけでダメージになるんだ。すまんが自分でやってくれ」

 保健室のベッドに寝かせ、それからが困った。前のように、幸子は自分で服を脱ぐことができない……。

「ごめん、幸子」

 そう言ってから幸子を裸にした。背中の傷がひどく、肉が裂けて金属の肋骨や背骨が露出していた。

「こんなの直せんのかよ……」

 習ったとおり、ボンベのガスをスプレーしてやった。すると筋肉組織が動き出し、少しずつ傷口が閉じ始めた。脇の下が赤くなっていた。さっきハンスが背負わせてくれたとき触れた部分だ。そこを含め全身にスプレーした。やっぱ、他人が触れてはいけないのは事実のようだ。

「ウォッシング インサイド」

 シューーーー

 幸子の体の中で、液体の環流音はしたが、足が開かない。すごく抵抗(俺の心の!)はあったが、膝を立てさせ、足を開いてやり、ドレーンを入れてやった。

「ディスチャージ」

 幸子の体からは、真っ黒になった洗浄液が出てきた。

「オーバー」

 幸子の目に光が戻ってきた。

「早く服を着ろよ」

「ダメージ大きいから、まだ五分は体……動かせない」

 仕方がないので、下着だけはつけさせたが、やはり抵抗がある。

「……オレ、保健室の前で待ってるから」

 五分すると、ゴソゴソ音がして、幸子が出てきた。なぜか、ボロボロになった制服はきれいになっていた。

「服は、自分で直した。中庭にもどろ」

 憎たらしい笑顔……どうも、これには慣れない。

「あなたたち、グノーシスね」

 中庭での作業を終えたハンスとビシリ三姉妹に、幸子が声をかけた。

「……ぼくたちの記憶は消去してあるはずだが」

「わたし、メタモロフォースし始めている。グノーシスのことも思い出しつつある」

「悪い兆候ね……」

 ビシリのミーが眼を細くした。

「どうメタモロフォースしていくかだ。結論は評議会が出す。くれぐれも勝手なことはしないでくれよビシリ三姉妹」

「評議会が、ちゃんと機能してくれればね」

「とりあえず、ぼくたちはフケるよ。二人は、あそこに居るといい」

 ハンスは、視聴覚教室の窓の真下を指した。

「あんな、危ないとこに?」

「行こう、あそこが安全なのは確かだから」

 幸子が言うので、その通りにした。

「もっと、体を丸めて。この真上を破片が飛んでくるから」

 幸子に頭を押さえつけられた。その勢いが強いので、尻餅をついた。

「では、三秒で時間が動く。じゃあね……」

 そういうと、ハンスとビシリ三姉妹が消え、三秒後……。

 グワッシャーン!!!!!!!

 バグっていたアクション映画が、急に再生に戻ったような衝撃がやってきた……。
 


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