上 下
7 / 68

7『幸子の首席合格』

しおりを挟む
妹が憎たらしいのには訳がある

7『幸子の首席合格』    



 幸子の路上ライブは動画サイトにアップロ-ドされてしまった。

 幸い東京の中学の制服の上にダッフルコート。恍惚として唄う表情は、いつもの幸子とは違ったもので、ケイオンのみんなも気が付かずじまい。アクセスも、一日で八百ほどあったが、それに続く情報が無いので、しだいに減ってきた。

 お父さんが言った「過剰適応」という言葉がひかかった。
 多分心理病理的な言葉だろうと、当たりをつけて検索してみた。

――過剰適応症候群(over-adjustment syndrome)とは、複数の人間の利害が絡み合う社会環境(職場環境)に過度に適応して、自分の自然な欲求や個人的な感情を強く抑圧することで発病する症候群のこと――

 ……少し違う。

 幸子は、まだ俺の真田山高校に受かったわけでもなく、ケイオンに入ったわけでもない。単に半日体験入学をしただけで、加藤先輩たちにノセられただけである。複数の人間の利害が絡み合う社会環境にあるとは言えない……で、深く考えることは止めた。


 その日以来、幸子はギターに見向きもしないで受験の準備にとりかかり……というか、佳子ちゃんといっしょに参考書や問題集に取り組みながら、お喋りしていることが楽しいらしく、佳子ちゃんと楽しく笑っている声や、熱心に勉強している気配が幸子の部屋からした。
 その分、俺への憎たらしい態度はひどくなり、一日会話の無い日もあった。それでも、俺がリビングでテレビを見ていたりして気配を感じ、振り返ると、幸子が無表情で立っていたり……でも、根っからの事なかれ人間の俺は、こんなこともあるだろうと、タカをくくった……ふりをした。

 そして、入試も終わって合格発表の日がやってきた。

 まあ、偏差値56の平凡校。幸子にしてみれば合格して当然。

「あーーーーーー!! 受かってるよ、佳子ちゃん!!」

 今や親友になってしまった佳子ちゃんの合格のほうが、よほど嬉しかったようだ。佳子ちゃんは人柄は良い子なんだけど、勉強、特に理数が弱く、この数週間、幸子といっしょに勉強したことが功を奏したようだ。

 幸子のことで驚いたのは、その後なんだ。

 合格発表の午後、合格者説明会が体育館で行われる。

 校門から、体育館までは部活勧誘の生徒達が並ぶ。ケイオンは祐介を筆頭に一クラス分ぐらいの人数で勧誘のビラを配っていたが、幸子を見つけると、みんなが幸子を取り巻いた。

「ねえ、サッチャン。もう部員登録してもええよね。君は期待の新人なんやから。こないだ、学校見学にきたとき……」
「ごめんなさい。わたし、演劇部に決めちゃったから」

 え!?

 ケイオンの一同が凍り付いた。

「え、演劇部て、もう廃部寸前の……」
「部員、二人しかおらへんよ……」
「わたしが入ったから三人で~す!(^0~)!」

 明るく言ってのけた幸子に部員は言葉もなかった。

 幸子は涼しい顔で、お母さんと体育館に向かった。その後、俺が部員のみんなから、どんな言葉を投げかけられたかは……伏せ字としておく。


 ほんとうに驚いたのは帰宅してからだった。


「なんだか、新入生代表の宣誓することになったわよ、幸子」
 お母さんが気楽に言う。
「それって、入学試験のトップがやることになってるんだよ!」
 祐介からもメールが入っていた。

――サッチャン首席。それも過去最高の成績らしい。この意味わかるやろ!?――

 吉田先生が常々言っていた。「三十年前に、府立高校の入試で最高点出した奴がおった。そいつは、国語で一カ所間違えただけで、ほぼ満点やった。そいつは……いや、その方は、いま国会議員をしておられる」

 だから、過去最高というのは、入試問題全問正解……たぶん、大阪府下でも最高だろう。

「あ、そ」

 佳子ちゃんの合格祝いから帰ってきた幸子はニクソイほどに淡泊だった。一時間ほどは……。
 幸子の部屋から、聞き覚えのある歌声が聞こえてきた。
「またアップロードされてる……」
 幸子のパソコンのモニターからは、あの駅前路上ライブの動画が、再編集されて流れていた。音声も映像もいっそうクリアになっている。

 そして、それを見ている幸子の目は潤み、発作のようにガタガタ震えだした……。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...