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4『幸子は佳子ちゃんと友だちに』

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妹が憎たらしいのには訳がある

4『幸子は佳子ちゃんと友だちに』   




 人間はたいていの環境の変化にはすぐに慣れる。

 自他共に認める「事なかれ人間」の俺は、三日目には幸子の可愛さとそれに反する憎たらしさに慣れてしまった。

 幸子は、家の外では多少コマッシャクレた少女だが、まあ普通……より少し可愛い妹だ。家の中では、相変わらずのニクソイまでのぶっきらぼう。

 六日目に、一度だけお袋に聞いた。ちょうど幸子がお使いに行っている間だ。

「幸子……どこか病気ってか、調子悪いの?」
「え……どうして?」
 お袋は、打ちかけのパソコンの手を緩めてたずねてきた。ちなみにお袋は、在宅で編集の仕事をやっている。
「あ……なんてか、躁鬱ってんじゃないけど、気持ちの起伏が、その……少し激しいような……」
「…………少し病んでるの、ここがね」

 お袋は、俺の顔を見ずに、なにか耐えるように胸をおさえた。

「……あ、ああ。思春期にはありがちだよね。そうなんだ」
 それで納得しようと思ったら、お袋は、あとを続けた。
「夜中に症状がひどくなることが多くてね、夜中に、時々幸子の部屋にお母さんたちが入っているの知ってるでしょ」
 俺は、盗み聞きがばれたようにオタオタした。
「いや……それは、そんなにってか……」
「いいのよ、わたしも、お父さんも。太一が気づいてるだろうとは思ってたから……」
 そういうとお袋は、サイドテーブルの引き出しから薬の袋を取りだした。袋の中にはレキソタンとかレンドルミンとかいうような薬が入っていた。

 処方箋を見ると、向精神薬であることが分かった。

「……俺が何か気を付けてやること、あるかなあ?」
「そうね……どうしてとか、なんでとか、疑問系の問いかけは、あまりしないでちょうだい」
「う、うん」
「それから、逆に、あの子が、どうしてとか、なんでとか聞いてきたら、面倒だけど答えるように……そんなとこかな」
「うん、分かった」
「それと、このことは、人にはもちろん、幸子にも言わないでね」
「もちろん」
「それから……」

 ガチャ!
 
 お袋が言いかけて、玄関が乱暴に開く音がした。

「お母さん、この子怪我してんの!」

 ウエーーーン!

 幸子が、泣きじゃくる六歳ぐらいの女の子を背負ってリビングに入ってきた。

「お兄ちゃん、大村さんちの前にレジ袋おきっぱだから、取ってきて。それから、大村さんの玄関に、これ貼っといて」

 女の子をなだめながら、背中で俺に言った。渡されたメモは広告の裏で『妹さん預かっています。佐伯』とあった。
 メモを貼って、レジ袋をとりに行って戻ってくると、幸子は女の子の足の傷を消毒してやっているところだった。

「公園から帰ってきたらお家が閉まっていて、家の人を探そうとして転んだみたい」
「いたいよぉいたいよぉ」
「大丈夫よ、優子ちゃん。オネエチャンがちゃんと直してあげるからね、もう泣かないのよ……」
 幸子は、まるでスキャンするように優子ちゃんの傷に手をかざした。
「大丈夫、骨には異常は無いわ。擦り傷だけ……」
「はい、傷薬」

 お袋は、手伝うこともなく、薬箱の中から必要なものを取りだして、幸子に渡した。幸子は、実に手際よく処置していく。

 ピンポ~ン

 インタホンが鳴った。

「あ、すみません、大村です。妹が……」
「あ、佳子ちゃん、じつは……」
 
 佳子ちゃんを招き入れ、お母さんが手際よく説明。優子ちゃんも姉の佳子ちゃんを見て安心したんだろう。涙は浮かべつつも泣きやんだ。

「まあ、幸子ちゃんが。どうもありがとう……わたし、用事でコンビニに行ったら、友だちと話し込んでしもて。それで優子、自分でお家に帰ってきちゃったんや。ごめんね」
「用事って、それ?」
 幸子は、佳子ちゃんが手にしている書類に目をやった。
「あ、わたしドンクサイよって、出願書類コピーで練習しよ思て、十枚もコピーしてしもた」
「佳子ちゃん、どこの高校受けるの?」
「あ、それ、友だちと話ししてたとこ。わたし真田山にしよ思て」

 それがやぶ蛇だった。

 ひとしきりお袋と優子ちゃんの二人を交えた女子会になり、終わる頃には、幸子は大村姉妹と仲良しになり、ついでに受験先も、我が真田山高校に決まってしまった。

 そして、その二日後。

 幸子は真田山高校に一人で体験入学にやって来た……。
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