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75〔紫陽花の女〕
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明神男坂のぼりたい
75〔紫陽花の女〕
紫陽花の花はかわいそう。
だって、花言葉は……移り気。
ほんとは移り気じゃないと思う。紫陽花も、その成長に合わせて色が変わってるだけだもん。人は、それを移り気という。
「あ、しまった!」
忘れ物に気がついたのは、明神さまの境内を抜けてしばらく行ったところ。時計を見て間に合うのを確認して家に取りに帰る。
――あ、全然違う――
その女の人の顔を見て、そう思った。ちょっとしたショック。
その女の人は、この一月にできたばっかのアパートに春になって入ってきた。通学路なので、ほぼ毎日姿を見る。
アパートの前は、都の条例で建て替える時に減築して、それまでは通りに面してたアパートの前に、ちょっとした植え込みができた。
女の人は、越してきてから頼まれもしないのに、草花に水をやったり手入れをしている。腕がいいのか、その人が手入れするようになってから、植え込みの花が元気になってきた。
越してきたころに、植え込みの桜の剪定をやったので、ちょっとオーナーさんともめてるところを見た。オーナーさんは越してきた女の人が、桜の枝を勝手に切って、自分の部屋の生け花にしよと思たらしい。だけど、女の人の手入れがいいので、桜は最初の春から立派に花をつけた。するとオーナーさんは、女の人に植え込みを任せるようになった。植木屋さん頼まなくてももいいし、自分で手入しなくてもすむようになって、それからは任せている。
桜が、花水木になり、バラになったころ、あたしは女の人と挨拶するようになった。
ほんの目礼程度なんだけど、花が満開になったような笑顔で挨拶を返してくれる。その明るさに、あたしはかえって、この女の人は心に闇を持ってるんじゃないかと思った……。
バラの花を一輪もらったことがある。剪定のために切り落とした蕾。水気が抜けないようにティッシュに水を含ませ薔薇の切り口に絡めて、アルミホイルでくるんでくれた。
学校で半日置いた後、家に持って帰って一輪挿しに活けておいた。それが、こないだまで小さな花を咲かせていた。
あたしは、ある日から女の人に挨拶しなくなった。
朝、男の人を見送るのを見てから……女子高生らしい気おくれ……あたしにも、こんなとこがあるんです!
今朝も、男の人を幸せそうに見送っていた。ただし、最初の男の人とは違う……。
そして、忘れ物とりに戻る途中でも、女の人を見かけた。女の人は紫陽花の花を見つめながら、悲しそうな顔をしていた。
唇が動いた。
「移り気」と言ったような気がした。
忘れ物を持って大急ぎで学校に向かう途中、女の人は、もう自分の部屋に入ったのか姿が無かった。
学校でいろいろあったうちに女の人のことは忘れてしまった。
学校から帰ると、お母さんからショックなことを聞いた。
「あのアパートの女の人、自殺未遂だって。なんだか男出入りの多い人だったて、オーナーさんが……」
「そんな不潔な言い方しないで!」
お母さんは食べかけのマンジュウ喉に詰まらせてむせ返った。
紫陽花の花は移り気なんかじゃない。成長に合わせて色がかわるだけ……だから、人に見てもらうために、ひっそりと色合いを変えてみせてるだけなんだ。
せわしない今の人間は、アナウンサーやら天気予報士が予報の枕詞に使うぐらいで、紫陽花の色の変わったのにも気がつかない。
それ以来、その女の人は見かけなくなった。もうアパートにはいないんだ。植え込みが荒れてきたもん。
「……挨拶ぐらい、しておけばよかったな」
さつきの呟きに返す言葉も無かった。
75〔紫陽花の女〕
紫陽花の花はかわいそう。
だって、花言葉は……移り気。
ほんとは移り気じゃないと思う。紫陽花も、その成長に合わせて色が変わってるだけだもん。人は、それを移り気という。
「あ、しまった!」
忘れ物に気がついたのは、明神さまの境内を抜けてしばらく行ったところ。時計を見て間に合うのを確認して家に取りに帰る。
――あ、全然違う――
その女の人の顔を見て、そう思った。ちょっとしたショック。
その女の人は、この一月にできたばっかのアパートに春になって入ってきた。通学路なので、ほぼ毎日姿を見る。
アパートの前は、都の条例で建て替える時に減築して、それまでは通りに面してたアパートの前に、ちょっとした植え込みができた。
女の人は、越してきてから頼まれもしないのに、草花に水をやったり手入れをしている。腕がいいのか、その人が手入れするようになってから、植え込みの花が元気になってきた。
越してきたころに、植え込みの桜の剪定をやったので、ちょっとオーナーさんともめてるところを見た。オーナーさんは越してきた女の人が、桜の枝を勝手に切って、自分の部屋の生け花にしよと思たらしい。だけど、女の人の手入れがいいので、桜は最初の春から立派に花をつけた。するとオーナーさんは、女の人に植え込みを任せるようになった。植木屋さん頼まなくてももいいし、自分で手入しなくてもすむようになって、それからは任せている。
桜が、花水木になり、バラになったころ、あたしは女の人と挨拶するようになった。
ほんの目礼程度なんだけど、花が満開になったような笑顔で挨拶を返してくれる。その明るさに、あたしはかえって、この女の人は心に闇を持ってるんじゃないかと思った……。
バラの花を一輪もらったことがある。剪定のために切り落とした蕾。水気が抜けないようにティッシュに水を含ませ薔薇の切り口に絡めて、アルミホイルでくるんでくれた。
学校で半日置いた後、家に持って帰って一輪挿しに活けておいた。それが、こないだまで小さな花を咲かせていた。
あたしは、ある日から女の人に挨拶しなくなった。
朝、男の人を見送るのを見てから……女子高生らしい気おくれ……あたしにも、こんなとこがあるんです!
今朝も、男の人を幸せそうに見送っていた。ただし、最初の男の人とは違う……。
そして、忘れ物とりに戻る途中でも、女の人を見かけた。女の人は紫陽花の花を見つめながら、悲しそうな顔をしていた。
唇が動いた。
「移り気」と言ったような気がした。
忘れ物を持って大急ぎで学校に向かう途中、女の人は、もう自分の部屋に入ったのか姿が無かった。
学校でいろいろあったうちに女の人のことは忘れてしまった。
学校から帰ると、お母さんからショックなことを聞いた。
「あのアパートの女の人、自殺未遂だって。なんだか男出入りの多い人だったて、オーナーさんが……」
「そんな不潔な言い方しないで!」
お母さんは食べかけのマンジュウ喉に詰まらせてむせ返った。
紫陽花の花は移り気なんかじゃない。成長に合わせて色がかわるだけ……だから、人に見てもらうために、ひっそりと色合いを変えてみせてるだけなんだ。
せわしない今の人間は、アナウンサーやら天気予報士が予報の枕詞に使うぐらいで、紫陽花の色の変わったのにも気がつかない。
それ以来、その女の人は見かけなくなった。もうアパートにはいないんだ。植え込みが荒れてきたもん。
「……挨拶ぐらい、しておけばよかったな」
さつきの呟きに返す言葉も無かった。
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