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61〔うろ〕
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明神男坂のぼりたい
61〔うろ〕
いつものように男坂上って、明神さまの拝殿の前でペコリと一礼。
すると、背後で気配というか視線を感じる。
巫女さんの慣れた視線じゃなくて、邪な狎れた視線。
振り返ると、随神門の外にだんご屋のお仕着せ姿のさつきがオイデオイデしてる。
「この時間からバイトなの?」
「いやな、今朝は週に一度の奉仕で、参道の清掃やってるんだ」
「バイトが?」
「ああ、女将さん、体調悪くって、それで買ってでたわけさ。関心だろ?」
「ああ、それで起きたら気配が無かったんだ」
正直感心してるんだけど、素直には褒めてやらない。
「明日香にな、こんなものが憑りつこうとしていたから捕まえてやったぞ」
「え、なに?」
差し出されたゴミ袋には、ゴミに混じって、手を縛られ猿ぐつわされた縫いぐるみみたいなのが入っている。
「ああ、百均のマスコット?」
「狼狽だ」
「うろ?」
「狼狽えるのうろ。人が慌てるネタを探して、タイミングよく思い出させては喜んでる下級の妖だ」
「え、あ、それはどーも……うん? なんで、あたしが狼狽えるわけ?」
「知りたいか?」
「あ、まあいいけど」
「たいしたことじゃない、一年で落とした追試が迫ってるだけだ」
「なんだ、そうか」
「じゃ、早く行け。遅刻するぞ」
「うん」
通学路を半分くらいきたところでジワリと胸に刺さってきた。
そうだよ、中間テストが迫って来てるのに、それにプラスしての追試だよ。
狼狽というやつは、悪い奴じゃないんだ『これは大事だぞ!』って気づかせてくれる妖なんだ。
さつきが捕まえてしまったものだから、自覚するのが遅れてしまったんだ(;'∀')。
狼狽えないから、追試やら学校の勉強やらの要らないことが、ボーっと動画を見てるみたいに浮かんでくる。
英数が欠点。国語が、かつかつの40点。むろん欠点の英数は追認考査で挽回……受けるのはうっとうしい。
放課後に残されて『二年生前学年度追認考査会場(以下教科名)』の張り紙された教室で試験を受ける。
教室は、昔と違って廊下側に窓があるから外から丸見え。めっちゃウットウシイ。
ときどき友だちやら、学年のオチャラケたやつが笑いながら通っていく。
学校は、試験よりも晒し者にして、反省を促してる? いや、これはサドだね、SだよSMの世界。
テストそのものは知れてる、だれにでもできる。なんせ、落ちたときのテストと答の両方が事前に配られ、その通りの問題が出る。これで落ちるやつは、よっぽどのアホか、学校にのっぴきなない反発心のある見上げたやつ。で、そんな見上げたようなやつはいないので追認は受けたら、みんな通る。
ようは「恐れ入りました、お代官様!」という恭順の意が示せるかどうか。
あたしは、お父さんの時代みたいに「造反有理」なんちゅうことは言いません。学校いうところに、そんな帰属意識もなければ、反骨の気持ちもない。だからチャンスくれるんだったら、惜しげもなく恭順の意を示して追試受けて、帳尻を合わせる。晒し者にならなきゃね。
それに、追試の結果出るまで赤点のまんまだというのはケタクソワルイ。「今年こそは、欠点とらないぞ!」学期始めは一応決心。だけど毎日タラタラつまらん授業受けてるうちに、そんな気持ちは、春の日差しの中で蒸発してしまう。
とにかく、学校の授業はつまらない。学校の先生いうのはしゃべりが下手っぴ。
国語の教材に『富岳百景』があった。あたしは、とうに文庫で読んでいたから中味知ってたけど、先生が読むと、太宰治が生きていたら怒るだろってくらい下手。もう文学の冒涜だと言ってもてもいいくらい(*`へ´*)。
説明も下手というよりは、そもそも伝えようという気が無い。
『富岳百景』の時代は昭和十三年の秋。舞台は甲州(山梨県)の御坂峠。これについて先生は何も語らない。
こちらで山と言ったら飛鳥山か愛宕山。地べたのニキビみたいなもの。そこへいくと甲州の山は、それぞれ高々としてて人格を感じる。富士山なんかは、もう神さま。太宰の故郷には津軽富士とも言われる岩木山なんてのがあって、太宰の中には山に人格やら神格を感じる血が流れてる。やっぱりそういう描写をしながら授業しないと『富岳百景』の世界には入っていけない。
せめて高さ。
3776メートルいうても東京の子はピンとこない。「飛鳥山の145倍! ピンとこない? じゃあ、スカイツリーの6倍だ!」とか言って、窓の外見て、今の東京は、その富士山さえめったに拝めない。とかかましたら、ちょっとは関心持つだろう。
それに、あの話には人間の美しいとこしか出てこない。太宰が連泊してた天下茶屋は女将さんと娘さんしか出てこないんだけど、店の主人は戦争にとられて中国に行っていた。毎日中国では日本兵が三桁の単位で戦死してた時代。残された家族が心配ないわけない。だけど、太宰は、あえて書いてない。ラストの女郎さんらの遠足も、どこか牧歌的。そういう事情を知っていたら、あの作品から見えてくるものは、もっと奥が深い。太宰の「単一表現」の苦しさと面白さの両方が分かる。
以上は、テストの解答用紙の裏に書いた内容……おかげで40点。
英語は、国語以上にどしようもない。なんで文法なんかやるかなあ。アメリカの子は文法なんか考えんと英語喋ってるのは当たり前だのに。それに先生たちの英語の発音の悪いこと。
あたしは映画好きだから、よく観るよ。メルリ・リープやらアン・ハサウェイなんか、スンゴクいけてる。『プラダを着た悪魔』なんか最高にオシャレな映画だし、オシャレな英語が飛び交ってる。
チャーチルが二日酔いで、議会に出たときオバチャンの議員さんに怒られた。そのとき返した言葉がふるってる。
I am drunk today madam, and tomorrow I shall be sober but you will still be ugly
訳すと、こうなる。
「いかにも、マダム、私は酔っ払ってる。しかし朝には私は酔いは覚めてシラフになるけど、あんたは朝になっても不細工なままだ」
ジェンダーとかの観点からは張り倒されるんだろうけど、面白いから英語のまま覚えてる。
チャーチルは見てくれの御面相では無くて、オバチャン議員の心映えのことを言ってるんだ。
で、こんなことばっかり言って、追試もナメて、中間テストの勉強もちっとも進みません。はい。
※ 主な登場人物
鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
香里奈 部活の仲間
お父さん
お母さん 今日子
伯母さん
巫女さん
だんご屋のおばちゃん
関根先輩 中学の先輩
美保先輩 田辺美保
馬場先輩 イケメンの美術部
佐渡くん 不登校ぎみの同級生
将門さま 神田明神
さつき 将門さまの娘 別名滝夜叉姫
61〔うろ〕
いつものように男坂上って、明神さまの拝殿の前でペコリと一礼。
すると、背後で気配というか視線を感じる。
巫女さんの慣れた視線じゃなくて、邪な狎れた視線。
振り返ると、随神門の外にだんご屋のお仕着せ姿のさつきがオイデオイデしてる。
「この時間からバイトなの?」
「いやな、今朝は週に一度の奉仕で、参道の清掃やってるんだ」
「バイトが?」
「ああ、女将さん、体調悪くって、それで買ってでたわけさ。関心だろ?」
「ああ、それで起きたら気配が無かったんだ」
正直感心してるんだけど、素直には褒めてやらない。
「明日香にな、こんなものが憑りつこうとしていたから捕まえてやったぞ」
「え、なに?」
差し出されたゴミ袋には、ゴミに混じって、手を縛られ猿ぐつわされた縫いぐるみみたいなのが入っている。
「ああ、百均のマスコット?」
「狼狽だ」
「うろ?」
「狼狽えるのうろ。人が慌てるネタを探して、タイミングよく思い出させては喜んでる下級の妖だ」
「え、あ、それはどーも……うん? なんで、あたしが狼狽えるわけ?」
「知りたいか?」
「あ、まあいいけど」
「たいしたことじゃない、一年で落とした追試が迫ってるだけだ」
「なんだ、そうか」
「じゃ、早く行け。遅刻するぞ」
「うん」
通学路を半分くらいきたところでジワリと胸に刺さってきた。
そうだよ、中間テストが迫って来てるのに、それにプラスしての追試だよ。
狼狽というやつは、悪い奴じゃないんだ『これは大事だぞ!』って気づかせてくれる妖なんだ。
さつきが捕まえてしまったものだから、自覚するのが遅れてしまったんだ(;'∀')。
狼狽えないから、追試やら学校の勉強やらの要らないことが、ボーっと動画を見てるみたいに浮かんでくる。
英数が欠点。国語が、かつかつの40点。むろん欠点の英数は追認考査で挽回……受けるのはうっとうしい。
放課後に残されて『二年生前学年度追認考査会場(以下教科名)』の張り紙された教室で試験を受ける。
教室は、昔と違って廊下側に窓があるから外から丸見え。めっちゃウットウシイ。
ときどき友だちやら、学年のオチャラケたやつが笑いながら通っていく。
学校は、試験よりも晒し者にして、反省を促してる? いや、これはサドだね、SだよSMの世界。
テストそのものは知れてる、だれにでもできる。なんせ、落ちたときのテストと答の両方が事前に配られ、その通りの問題が出る。これで落ちるやつは、よっぽどのアホか、学校にのっぴきなない反発心のある見上げたやつ。で、そんな見上げたようなやつはいないので追認は受けたら、みんな通る。
ようは「恐れ入りました、お代官様!」という恭順の意が示せるかどうか。
あたしは、お父さんの時代みたいに「造反有理」なんちゅうことは言いません。学校いうところに、そんな帰属意識もなければ、反骨の気持ちもない。だからチャンスくれるんだったら、惜しげもなく恭順の意を示して追試受けて、帳尻を合わせる。晒し者にならなきゃね。
それに、追試の結果出るまで赤点のまんまだというのはケタクソワルイ。「今年こそは、欠点とらないぞ!」学期始めは一応決心。だけど毎日タラタラつまらん授業受けてるうちに、そんな気持ちは、春の日差しの中で蒸発してしまう。
とにかく、学校の授業はつまらない。学校の先生いうのはしゃべりが下手っぴ。
国語の教材に『富岳百景』があった。あたしは、とうに文庫で読んでいたから中味知ってたけど、先生が読むと、太宰治が生きていたら怒るだろってくらい下手。もう文学の冒涜だと言ってもてもいいくらい(*`へ´*)。
説明も下手というよりは、そもそも伝えようという気が無い。
『富岳百景』の時代は昭和十三年の秋。舞台は甲州(山梨県)の御坂峠。これについて先生は何も語らない。
こちらで山と言ったら飛鳥山か愛宕山。地べたのニキビみたいなもの。そこへいくと甲州の山は、それぞれ高々としてて人格を感じる。富士山なんかは、もう神さま。太宰の故郷には津軽富士とも言われる岩木山なんてのがあって、太宰の中には山に人格やら神格を感じる血が流れてる。やっぱりそういう描写をしながら授業しないと『富岳百景』の世界には入っていけない。
せめて高さ。
3776メートルいうても東京の子はピンとこない。「飛鳥山の145倍! ピンとこない? じゃあ、スカイツリーの6倍だ!」とか言って、窓の外見て、今の東京は、その富士山さえめったに拝めない。とかかましたら、ちょっとは関心持つだろう。
それに、あの話には人間の美しいとこしか出てこない。太宰が連泊してた天下茶屋は女将さんと娘さんしか出てこないんだけど、店の主人は戦争にとられて中国に行っていた。毎日中国では日本兵が三桁の単位で戦死してた時代。残された家族が心配ないわけない。だけど、太宰は、あえて書いてない。ラストの女郎さんらの遠足も、どこか牧歌的。そういう事情を知っていたら、あの作品から見えてくるものは、もっと奥が深い。太宰の「単一表現」の苦しさと面白さの両方が分かる。
以上は、テストの解答用紙の裏に書いた内容……おかげで40点。
英語は、国語以上にどしようもない。なんで文法なんかやるかなあ。アメリカの子は文法なんか考えんと英語喋ってるのは当たり前だのに。それに先生たちの英語の発音の悪いこと。
あたしは映画好きだから、よく観るよ。メルリ・リープやらアン・ハサウェイなんか、スンゴクいけてる。『プラダを着た悪魔』なんか最高にオシャレな映画だし、オシャレな英語が飛び交ってる。
チャーチルが二日酔いで、議会に出たときオバチャンの議員さんに怒られた。そのとき返した言葉がふるってる。
I am drunk today madam, and tomorrow I shall be sober but you will still be ugly
訳すと、こうなる。
「いかにも、マダム、私は酔っ払ってる。しかし朝には私は酔いは覚めてシラフになるけど、あんたは朝になっても不細工なままだ」
ジェンダーとかの観点からは張り倒されるんだろうけど、面白いから英語のまま覚えてる。
チャーチルは見てくれの御面相では無くて、オバチャン議員の心映えのことを言ってるんだ。
で、こんなことばっかり言って、追試もナメて、中間テストの勉強もちっとも進みません。はい。
※ 主な登場人物
鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
香里奈 部活の仲間
お父さん
お母さん 今日子
伯母さん
巫女さん
だんご屋のおばちゃん
関根先輩 中学の先輩
美保先輩 田辺美保
馬場先輩 イケメンの美術部
佐渡くん 不登校ぎみの同級生
将門さま 神田明神
さつき 将門さまの娘 別名滝夜叉姫
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