50 / 109
50〔お祖母ちゃんをカバンに入れて〕
しおりを挟む
明神男坂のぼりたい
50〔お祖母ちゃんをカバンに入れて〕
お祖母ちゃんをカバンに入れて多摩の山中に出かけた……。
と言っても、お祖母ちゃんを絞め殺して、山の中に捨てにいったワケではない(^_^;)。
だれでもそうだけど、あたしには二人のお祖母ちゃんが居る。
お母さんのお母さんと、お父さんのお母さん。
お母さんのお母さんの方は、石神井で、足腰不自由しながらも健在。
カバンの中に入ってるのは、お父さんのお母さん。つまり父方の祖母。
このお祖母ちゃんは、去年の7月に、あと10日ほどで88になるところで亡くなった。そのお祖母ちゃんの遺骨が、あたしのカバンの中に入っている。
うちのお墓は、多摩にあるロッカー式のお墓。3年前にお祖父ちゃんが亡くなったときに初めて行った。
お祖父ちゃんの骨壺はレギュラーサイズだったけど、三段に分けた棚には収まらなかった。しかたないんで、一段外して、なんとか収めた。
これで、うちの家族は学習した。
「ここは、普通の骨壺で持ってきたら、一人で満杯。アパートで言ったら単身者用の1K」
「このセコさは、ほとんど詐欺だなあ」
お父さんは怒っていた。
「そのうちに、なんとかしよう」と、言ってるうちにお祖母ちゃんが、去年の7月に、突然亡くなった。
で、しかたないので、分骨用の小さい骨壺に入れてもらった。容量は500CCあるかないか。
ほんのちょっとしかお骨拾えなくって、可哀想な気になった。
そのペットボトルほどの骨壺が、あたしのカバンの中でカチャカチャ音を立てている。
べつに骨になったお祖母ちゃんが、骨摺り合わせて、文句言うてるわけではない。フタが微妙に合わなくて、音がするんだ。電車の中では、ちょっと恥ずかしかった。
あたしは、このお祖母ちゃんの記憶がほとんど無い。
小学校に入ったころには、認知症で特養に入っていたしね。要介護の5で、喋ることもできなくて、頭の線切れてるから、あたしのこともお父さんのことも分からない。
ただね、保育所に行ってたころ、親類の家で熱出して、かかりつけのお医者さんに連れて行ってくれたことだけ覚えてる。
正確には、お父さんが、あたしを背負って、お祖母ちゃんが先をトットと歩いた。足の悪かったお祖母ちゃんは、普段は並の半分くらいの速さでしか歩けない。それが、そのときは、お父さんより速かった。
だから、記憶にあるお祖母ちゃんは、後ろ姿だけ。
その後ろ姿が、骨壺に入ってカチャカチャお喋りしてる。フタの音だというのは分かってるけど、あたしにはお祖母ちゃんの囁きに思えた。
その囁きの意味が分かるのには、まだ修行が足りない。大人になって、今のカチャカチャを思い出したら、分かるようになるかもしれないなあ。
だけど、この正月に亡くなった佐渡君は、ハッキリ火葬場で姿が見えた。声も聞こえた。お祖母ちゃんのがカチャカチャにしか聞こえないのは……あたしの記憶が幼いときのものだから……そう思っておく。
多摩の駅に着くと、初めて見る女の子が来ていた。
「あ、未来(みく)ちゃんじゃないか。大きくなったなあ!」
お父さんが、昔の営業用の声で言った。それで分かった。あたしの従兄弟の娘だ。
うちは、お父さんもお母さんも晩婚。伯母ちゃんは二十歳で結婚したので、一番歳の近い従兄弟でも20年離れてる。
だから、従兄弟はみんなオッサン、オバハン。従兄弟の子どもの方が歳が近い。
だけど、この子には見覚えが無い。
あ……思い出した。このオッサン従兄は離婚して、親権がない。それが、こうして連れてこれたというのは……お父さんは、一瞬戸惑ったような顔になってから声かけてた。身内だから分かる微妙な間。なんか事情があるんだろ。
納骨が終わると、未来ちゃんの姿がなかった。
「腹が痛いって、待合いで座ってる」
オッサン従兄は、気まずそうに言う。
待合いに行くと、椅子にお腹を抱えるように丸くなった未来ちゃんが居た。
「大丈夫、未来ちゃん?」
声をかけると、ビクっとして、でも顔は上げない。
ちょっと意地悪かもしれないけど、しゃがんで顔を覗き込んだ。
「う、うん……大丈夫」
どこが大丈夫なんだと思った。佐渡君と同じ景色が顔に見えた。未来ちゃんは人慣れしてない。おそらく学校にもまともに行ってないんだろうね。それ以上声をかけるのははばかられたよ。佐渡君と違って、血のつながりはあるけども、心の距離は、もっと遠い。
『なんか、この時代の人間はひ弱だねえ』
家に帰ると、さつきが心の中で呟いた……。
50〔お祖母ちゃんをカバンに入れて〕
お祖母ちゃんをカバンに入れて多摩の山中に出かけた……。
と言っても、お祖母ちゃんを絞め殺して、山の中に捨てにいったワケではない(^_^;)。
だれでもそうだけど、あたしには二人のお祖母ちゃんが居る。
お母さんのお母さんと、お父さんのお母さん。
お母さんのお母さんの方は、石神井で、足腰不自由しながらも健在。
カバンの中に入ってるのは、お父さんのお母さん。つまり父方の祖母。
このお祖母ちゃんは、去年の7月に、あと10日ほどで88になるところで亡くなった。そのお祖母ちゃんの遺骨が、あたしのカバンの中に入っている。
うちのお墓は、多摩にあるロッカー式のお墓。3年前にお祖父ちゃんが亡くなったときに初めて行った。
お祖父ちゃんの骨壺はレギュラーサイズだったけど、三段に分けた棚には収まらなかった。しかたないんで、一段外して、なんとか収めた。
これで、うちの家族は学習した。
「ここは、普通の骨壺で持ってきたら、一人で満杯。アパートで言ったら単身者用の1K」
「このセコさは、ほとんど詐欺だなあ」
お父さんは怒っていた。
「そのうちに、なんとかしよう」と、言ってるうちにお祖母ちゃんが、去年の7月に、突然亡くなった。
で、しかたないので、分骨用の小さい骨壺に入れてもらった。容量は500CCあるかないか。
ほんのちょっとしかお骨拾えなくって、可哀想な気になった。
そのペットボトルほどの骨壺が、あたしのカバンの中でカチャカチャ音を立てている。
べつに骨になったお祖母ちゃんが、骨摺り合わせて、文句言うてるわけではない。フタが微妙に合わなくて、音がするんだ。電車の中では、ちょっと恥ずかしかった。
あたしは、このお祖母ちゃんの記憶がほとんど無い。
小学校に入ったころには、認知症で特養に入っていたしね。要介護の5で、喋ることもできなくて、頭の線切れてるから、あたしのこともお父さんのことも分からない。
ただね、保育所に行ってたころ、親類の家で熱出して、かかりつけのお医者さんに連れて行ってくれたことだけ覚えてる。
正確には、お父さんが、あたしを背負って、お祖母ちゃんが先をトットと歩いた。足の悪かったお祖母ちゃんは、普段は並の半分くらいの速さでしか歩けない。それが、そのときは、お父さんより速かった。
だから、記憶にあるお祖母ちゃんは、後ろ姿だけ。
その後ろ姿が、骨壺に入ってカチャカチャお喋りしてる。フタの音だというのは分かってるけど、あたしにはお祖母ちゃんの囁きに思えた。
その囁きの意味が分かるのには、まだ修行が足りない。大人になって、今のカチャカチャを思い出したら、分かるようになるかもしれないなあ。
だけど、この正月に亡くなった佐渡君は、ハッキリ火葬場で姿が見えた。声も聞こえた。お祖母ちゃんのがカチャカチャにしか聞こえないのは……あたしの記憶が幼いときのものだから……そう思っておく。
多摩の駅に着くと、初めて見る女の子が来ていた。
「あ、未来(みく)ちゃんじゃないか。大きくなったなあ!」
お父さんが、昔の営業用の声で言った。それで分かった。あたしの従兄弟の娘だ。
うちは、お父さんもお母さんも晩婚。伯母ちゃんは二十歳で結婚したので、一番歳の近い従兄弟でも20年離れてる。
だから、従兄弟はみんなオッサン、オバハン。従兄弟の子どもの方が歳が近い。
だけど、この子には見覚えが無い。
あ……思い出した。このオッサン従兄は離婚して、親権がない。それが、こうして連れてこれたというのは……お父さんは、一瞬戸惑ったような顔になってから声かけてた。身内だから分かる微妙な間。なんか事情があるんだろ。
納骨が終わると、未来ちゃんの姿がなかった。
「腹が痛いって、待合いで座ってる」
オッサン従兄は、気まずそうに言う。
待合いに行くと、椅子にお腹を抱えるように丸くなった未来ちゃんが居た。
「大丈夫、未来ちゃん?」
声をかけると、ビクっとして、でも顔は上げない。
ちょっと意地悪かもしれないけど、しゃがんで顔を覗き込んだ。
「う、うん……大丈夫」
どこが大丈夫なんだと思った。佐渡君と同じ景色が顔に見えた。未来ちゃんは人慣れしてない。おそらく学校にもまともに行ってないんだろうね。それ以上声をかけるのははばかられたよ。佐渡君と違って、血のつながりはあるけども、心の距離は、もっと遠い。
『なんか、この時代の人間はひ弱だねえ』
家に帰ると、さつきが心の中で呟いた……。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる