上 下
23 / 109

23〔佐渡君……〕

しおりを挟む
明神男坂のぼりたい

23〔佐渡君……〕  

        

 今日は休日。

 何の休日?……建国記念の日。

 カレンダー見て分かった。英語で言うとインディペンスデー。昔観たテレビでそういうタイトルの映画やっていた。

 あたしの乏しい「知ってる英単語」のひとつ。

 建国記念というわりには、それらしい番組やってないなあ……そう思って新聞たたんだらお母さんのスマホが鳴った。


「お母さん、スマホに電話!」


 そう叫ぶと、お母さんが物干しから降りてきた。

 で、またお祖母ちゃんの病院へ行くハメになった……。


「病院の枕は安もので寝られやしない!」

 ババンツのわがままで、石神井のババンツ御用達の店で、新品の枕買って病院に行くことになった。

 今日は、一日グータラしてよって思たのに……。

 お母さんが一人で行く言ったんだけど、途中でどんなわがまま言ってくるか分からないので、あたしも付いていく。

 あたしがいっしょだとババンツは、あんまり無理言わないから……行っても、インフルエンザの影響で、会えるわけじゃない。ナースステーションに預けておしまい。それでも「明日香といっしょに行く」いうだけで、お祖母ちゃんのご機嫌はちがうらしい。

 商店街で枕買って、表通りで昼ご飯。回転寿司十二皿食べて「枕、食べてから買ったほうがよかったなあ」と、母子共々かさばる枕を恨めしげに見る。枕に罪はないんだけどね。

 西へ向かって歩き出すと、車の急ブレーキ、そんで人がぶつかる鈍い音!

 ドン!

「あ、佐渡君(S君のことです)!」

 佐渡君はボンネットに跳ね上げられていた。

 あろうことか車はバックして佐渡君を振り落とした!

 あたしは、夢中で写真を撮った。車は、そのまま国道の方に逃げていった!

 佐渡君は、ねずみ色のフリースにチノパンで転がっていた。まわりの人らはざわめいてたけど、だれも助けにいかない。


 昨日のことが蘇った。


 どこ行くともなくふらついてた佐渡君に、あたしは、声もかけられなかった。

 偽善者、自己嫌悪だった。

「佐渡君、しっかり! あたし、明日香、鈴木明日香!」

 気がついたら、駆け寄って声かけている。

「鈴木……オレ、跳ねられたのか?」

「うん、車逃げたけど、写真撮っといたから、直ぐに捕まる。どう、体動く?」

「……口と目しか動かねえ」

「明日香、救急車呼んだから、そこのオジサンが警察言ってくれたし」

 お母さんが、側まで寄ってくれた。

「お母さん、佐渡君に付いてるから。ごめん、お祖母ちゃんとこは一人で行って」

「うん、だけど救急車来るまでは居るわ。あなた、佐渡君よね。お家の電話は?」

「おばさん、いいんだ。オカン忙しいし……ちょっとショックで動けないだけ……ちょっと横になってたら治る」

 佐渡君は、頑強に家のことは言わなかった。

 で、結局救急車には、あたしが乗った。

「なあ、鈴木。バチが当たったんだ。鈴木にもらった破魔矢、弟がオモチャにして折ってしまった。オレが大事に……」

「喋っちゃダメ、なんか打ってるみたいだよ」

「喋ってあげて。意識失ったら、危ない。返事が返ってこなくても、喋ってやって」

 救急隊員のオジサンが言うので、あたしは、喋り続けた。

「バチ当たったのはあたし。昨日……」

「知ってる。車に乗ってたなあ……」

「知ってたの!?」

「今のオレ、サイテーだ。声なんかかけなくていい……」

「佐渡君、あれから学校来るようになったじゃん。あたし、嬉しかった」

「嬉しかったのは……オレの……方…………」

「佐渡君……佐渡君! 佐渡君!」

 あたしは病院に着くまで佐渡君の名前を呼び続けた。

 返事は返ってこなかった……。

 病院で、三十分ほど待った。お医者さんが出てきた。


「佐渡君は!?」

「きみ、付いてきた友だちか?」

「はい、クラスメートです。商店街で、たまたま一緒だったんです」

「そうか……あんたは、もう帰りなさい」

「なんで!? 佐渡君は、佐渡君は、どうなったんですか!?」

「お母さんと連絡がついた。あの子のスマホから掛けたんだ」

「お母さん来るんですか?」

「あの子のことは、お母さんにしか言えないよ。それに……実は、きみには帰って欲しいって、お母さんが言うんだ」

「お母さんが……」

「うん、悪いけどな」

「そ、そうですか……」

 そう言われたら、しかたない…。

 あたしは泣きながら救急の出口に向う、看護師さんがついてきてくれる。

「跳ねた犯人は捕まったわ。あとで警察から事情聴取あるかもしれないけどね」

「あ、あたしの住所……」

「ここ来た時に、教えてくれたよ。警察の人にもちゃんと話してたじゃない」

 記憶が飛んでいた。全然覚えてない。

 あたしは、救急の出口で、しばらく立ちつくしていた。

 タクシーが来て、ケバイ女の人が降りてきた。直感で佐渡君のお母さんだと感じた。


「あ……」


 言いかけて、なんにも言えなかった。ケバイ顔の目が、何にも寄せ付けないほど怖くって、悲しさで一杯だったから。

 ヘタレだからじゃない、心の奥で「声かけちゃダメ」という声がしていたから……。



※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。

杉本凪咲
恋愛
愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。 驚き悲しみに暮れる……そう演技をした私はこっそりと微笑を浮かべる。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...