152 / 161
152『チカコを捜す・和歌山のみかん畑』
しおりを挟む
やくもあやかし物語
152『チカコを捜す・和歌山のみかん畑』
電話線を伝って和歌山に来ている。
ほら、江戸城の天守台で見たでしょ。
チカコと家茂さんが寄り添ってお話してるところ。
家茂さん、忙しくって、めったにチカコと話す機会がないもんだから、頑張らなくっちゃいけないと思っていたよ。
いろいろ話題を投げかけて、しまいには『千両蜜柑』ていう落語のネタまで持ち出して、やっとチカコを和ませて。
チカコもブキッチョ。
家茂さんが投げかけてくる話題を真面目に受け止めるんだけど、受け止めているうちに話題が次に行ってしまって、喜んでいる暇がない。
家茂さんの話が早いわけじゃない。
もともとそうなのか、縁切り榎で――楽しむ心――を置いて来てしまったせいか、すぐに反応できないんだ(わたしにも、こう言うところがあって、オヘンコとか感動の薄い奴とか思われる)。
それで、家茂さんが将軍になる前にお殿様を務めていた紀州の話になって、やっと追いついた。
―― ああ、家茂さんは、紀州の、それもみかん畑が見える風景が好きなんだ ――
チカコは思った。
海が臨めるみかん畑。そこに行けば、将軍職でアップアップしている家茂さんではなくて、本当の家茂さんに会えると思った。
海の見えるみかん畑なら、二人で、いつまでも仲良く心を通い合わせると思ったんだ。
み~かんの花が咲いている~ 思い出の道~ 丘の道~
三回目になると憶えてしまった『みかんの花咲く丘』をリフレイン。
「気に入っていただいたようですね」
「そういうわけじゃないけど、もう百回くらいリフレインしてるしぃ」
今日は逓信大臣の交換手さんと和歌山に来ている。
和歌山は神田明神の守備範囲から離れすぎているのでアカミコさんは付いてこれないんだ。
その交換手さんも電波通信事業法の嫌がらせで携帯に参入できないので、固定電話が通じるとこまでしか行けない。
みかん農家さんまでは電話線は繋がってるけど、さすがにみかん畑までは伸びていない。
交換手さんだって、みかん農家さんから先には出られないんだけど、お祖父ちゃんが現役時代に使っていた携帯無線機を借りてきた。これだと、携帯無線機の電波が届く範囲まで交換手さんに付いて来てもらえる。
だから、エッチラオッチラ
天守台で家茂さんの頭に浮かんだイメージのみかん畑を探索して、これで四つ目。
「ごめんなさいね、やくもさん」
「ううん、だって間違ってなかったよ、どのみかんの丘にもチカコの気配が残っていたもの」
そうなんだ、チカコもイメージを追って同じところを周っている。
それが後手に回って、わたしたちはいま一歩のところで間に合わない。
だからね、実は、今から向かうのは五つ目のみかん畑。
一つとばせばピッタリだろうって、聞き耳を立てていた御息所のアドバイスなんだよ。
で、ドンピシャだった。
チカコは、もうお雛さんみたいな親子の姿もやめて、いつもの黒のゴスロリに戻って佇んでいた。
「チカコ……」
「あ、やくも……交換手さんも来てたんだ」
「今日のわたしは携帯無線機ですけど」
「差し出がましいとは思ったんだけど、チカコは、わたしたちの仲間だからね」
「うん、ありがとう。勝手に出てきてしまったのに、ごめんね二人とも」
「いいよいいよ(^_^;)」
気の利いた言葉も浮かばないので、両手をパーにしてハタハタと振る。
「あんなにみかん畑のイメージがハッキリしていたから、ぜったい、ここに居ると思ったんだけどね……家茂さん」
「うん、だよね」
「やっぱり、わたしって、親子(ちかこ)の左手首だから、なにか足りないのかなあ、どこか届かないのかなあ……」
「そ、そんなことは無いと思うよ」
「わたしも、そう思いますよ、チカコさん」
「そうなのかなあ……もう自信なくなってきたよ」
「わたしなんか、真岡で果ててしまって、電話線か電話機の中でしか存在できませんけど、こうやって、お二人とお話ができていますもの」
「わたし、一度も家茂さんに寄り添ってあげられなかったから……ずっとほったらかしにしていたから……」
「チカコ……」
不器用なわたしは名前を呼んでやることしかできない。
なんか、もどかしい。
「あ、お電話です!」
「え?」
「大阪の俊徳丸さまです、いま、お繋ぎ……」
そこまで言うと、交換手さんは急に影が薄くなって消えてしまった。
「交換手さん!」
「あ、電池切れじゃない?」
わたしは急いで、ふもとのみかん農家さんまで走って戻った。
とちゅう、二回も転んでしまった……。
☆ 主な登場人物
やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
教頭先生
小出先生 図書部の先生
杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
小桜さん 図書委員仲間
あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六条の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王 伏姫(里見伏)
152『チカコを捜す・和歌山のみかん畑』
電話線を伝って和歌山に来ている。
ほら、江戸城の天守台で見たでしょ。
チカコと家茂さんが寄り添ってお話してるところ。
家茂さん、忙しくって、めったにチカコと話す機会がないもんだから、頑張らなくっちゃいけないと思っていたよ。
いろいろ話題を投げかけて、しまいには『千両蜜柑』ていう落語のネタまで持ち出して、やっとチカコを和ませて。
チカコもブキッチョ。
家茂さんが投げかけてくる話題を真面目に受け止めるんだけど、受け止めているうちに話題が次に行ってしまって、喜んでいる暇がない。
家茂さんの話が早いわけじゃない。
もともとそうなのか、縁切り榎で――楽しむ心――を置いて来てしまったせいか、すぐに反応できないんだ(わたしにも、こう言うところがあって、オヘンコとか感動の薄い奴とか思われる)。
それで、家茂さんが将軍になる前にお殿様を務めていた紀州の話になって、やっと追いついた。
―― ああ、家茂さんは、紀州の、それもみかん畑が見える風景が好きなんだ ――
チカコは思った。
海が臨めるみかん畑。そこに行けば、将軍職でアップアップしている家茂さんではなくて、本当の家茂さんに会えると思った。
海の見えるみかん畑なら、二人で、いつまでも仲良く心を通い合わせると思ったんだ。
み~かんの花が咲いている~ 思い出の道~ 丘の道~
三回目になると憶えてしまった『みかんの花咲く丘』をリフレイン。
「気に入っていただいたようですね」
「そういうわけじゃないけど、もう百回くらいリフレインしてるしぃ」
今日は逓信大臣の交換手さんと和歌山に来ている。
和歌山は神田明神の守備範囲から離れすぎているのでアカミコさんは付いてこれないんだ。
その交換手さんも電波通信事業法の嫌がらせで携帯に参入できないので、固定電話が通じるとこまでしか行けない。
みかん農家さんまでは電話線は繋がってるけど、さすがにみかん畑までは伸びていない。
交換手さんだって、みかん農家さんから先には出られないんだけど、お祖父ちゃんが現役時代に使っていた携帯無線機を借りてきた。これだと、携帯無線機の電波が届く範囲まで交換手さんに付いて来てもらえる。
だから、エッチラオッチラ
天守台で家茂さんの頭に浮かんだイメージのみかん畑を探索して、これで四つ目。
「ごめんなさいね、やくもさん」
「ううん、だって間違ってなかったよ、どのみかんの丘にもチカコの気配が残っていたもの」
そうなんだ、チカコもイメージを追って同じところを周っている。
それが後手に回って、わたしたちはいま一歩のところで間に合わない。
だからね、実は、今から向かうのは五つ目のみかん畑。
一つとばせばピッタリだろうって、聞き耳を立てていた御息所のアドバイスなんだよ。
で、ドンピシャだった。
チカコは、もうお雛さんみたいな親子の姿もやめて、いつもの黒のゴスロリに戻って佇んでいた。
「チカコ……」
「あ、やくも……交換手さんも来てたんだ」
「今日のわたしは携帯無線機ですけど」
「差し出がましいとは思ったんだけど、チカコは、わたしたちの仲間だからね」
「うん、ありがとう。勝手に出てきてしまったのに、ごめんね二人とも」
「いいよいいよ(^_^;)」
気の利いた言葉も浮かばないので、両手をパーにしてハタハタと振る。
「あんなにみかん畑のイメージがハッキリしていたから、ぜったい、ここに居ると思ったんだけどね……家茂さん」
「うん、だよね」
「やっぱり、わたしって、親子(ちかこ)の左手首だから、なにか足りないのかなあ、どこか届かないのかなあ……」
「そ、そんなことは無いと思うよ」
「わたしも、そう思いますよ、チカコさん」
「そうなのかなあ……もう自信なくなってきたよ」
「わたしなんか、真岡で果ててしまって、電話線か電話機の中でしか存在できませんけど、こうやって、お二人とお話ができていますもの」
「わたし、一度も家茂さんに寄り添ってあげられなかったから……ずっとほったらかしにしていたから……」
「チカコ……」
不器用なわたしは名前を呼んでやることしかできない。
なんか、もどかしい。
「あ、お電話です!」
「え?」
「大阪の俊徳丸さまです、いま、お繋ぎ……」
そこまで言うと、交換手さんは急に影が薄くなって消えてしまった。
「交換手さん!」
「あ、電池切れじゃない?」
わたしは急いで、ふもとのみかん農家さんまで走って戻った。
とちゅう、二回も転んでしまった……。
☆ 主な登場人物
やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
教頭先生
小出先生 図書部の先生
杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
小桜さん 図書委員仲間
あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六条の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王 伏姫(里見伏)
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
巡(めぐり)型落ち魔法少女の通学日記
武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
時司巡(ときつかさめぐり)は制服にほれ込んで宮之森高校を受験して合格するが、その年度から制服が改定されてしまう。
すっかり入学する意欲を失った巡は、定年退職後の再任用も終わった元魔法少女の祖母に相談。
「それなら、古い制服だったころの宮の森に通ってみればぁ?」「え、そんなことできるの!?」
お祖母ちゃんは言う「わたしの通っていた学校だし、魔法少女でもあったし、なんとかなるよ」
「だいじょうぶ?」
「任しとき……あ、ちょっと古い時代になってしまった」
「ええ!?」
巡は、なんと50年以上も昔の宮之森高校に通うことになった!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
あまたある産声の中で‼~『氏名・使命』を奪われた最凶の男は、過去を追い求めない~
最十 レイ
ファンタジー
「お前の『氏名・使命』を貰う」
力を得た代償に己の名前とすべき事を奪われ、転生を果たした名も無き男。
自分は誰なのか? 自分のすべき事は何だったのか? 苦悩する……なんて事はなく、忘れているのをいいことに持前のポジティブさと破天荒さと卑怯さで、時に楽しく、時に女の子にちょっかいをだしながら、思いのまま生きようとする。
そんな性格だから、ちょっと女の子に騙されたり、ちょっと監獄に送られたり、脱獄しようとしてまた捕まったり、挙句の果てに死刑にされそうになったり⁈
身体は変形と再生を繰り返し、死さえも失った男は、生まれ持った拳でシリアスをぶっ飛ばし、己が信念のもとにキメるところはきっちりキメて突き進む。
そんな『自由』でなければ勝ち取れない、名も無き男の生き様が今始まる!
※この作品はカクヨムでも投稿中です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる