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148『まだ工事中の神保城』

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やくもあやかし物語

148『まだ工事中の神保城』   




 霞の真ん中がぼんやり滲むように開けていって、神保城の坂道が明らかになっていく。

 坂道は、神保城の東側。ぼんやりとしながらもフワフワと明るいので、日が昇って三時間くらいの初々しい朝だ。


 おお……


 思わず、都に着いた勇者みたいな声が出た。

 お城の周りは、四季折々の花がいっぺんに咲いていて、ミックスジュースを思わせるようないい香りがしている。

 見上げたファサード(城門を含む、正面のしつらえ)は、ゴブラン織りかなにかの幕やら旗やらが、垂れたり掲げられたり、なんともゴージャスで華やかで、勇者がミッションコンプリートで大団円に臨むって感じ。このまま、王様に出迎えられて「勇者殿、我が姫を妃として、末永くこの国を治めてくだされ」とか言われて、経験値マックス、トロコンして、経験値引き継いで『強くてニューゲーム』のフラグが立っていたり。

 でも、わたしは勇者じゃなくて男でもなくて、この城の女主なのよ。

「お、これは女王さま!」

 櫓の上から声がしたかと思うと、いつのまにか城門は開いていて、ガシャガシャと鎧の音をさせながらアノマロカリス将軍が駆けてくる。

「城も城下も、九分どうり整いまして、明日にでも女王陛下をお迎えしようと思っていたところです」

「あなたも、すっかり偉い将軍になっちゃったわね」

「はい、この神保城の安寧を保つべく、鋭意努力する所存にございます」

「それはそれは」

「本来なら、儀仗隊を並べファンファーレと花吹雪でお迎えしなければならんのですが、なにぶん、みな、陛下のおなりは、もう少し後であろうと思っております。今日の所はお忍びということで」

「うん、いいわよ、それで。で、御息所か黒電話さんに会いたいんだけど」

「はい、それでは……」

 髭を振り回してアノマロカリスがキョロキョロすると、後ろから声がかかった。

「わたくしがご案内いたします」

「あ、アカミコさん!」

 アカミコさんは、神田明神からの出向で、神保城でのわたしの身の回りの世話をしてくれる。

 わたしのフィギュアたちは舞い上がってしまっているので、仕方がない。



「三回目だけど、まだ慣れないなあ……」



 お城の中はラビリンス。アカミコさんが居なければ御息所たちに会うどころか、自分が迷子になってしまう。

 いや、それも無理っぽい。

 お城の中では、いっぱい気配がするんだけど、わたしが近づいていくと消えてしまう。

「みんな遠慮しているのです、やくもさんを煩わせてはいけないと思って。でも、みんな新しいお城が嬉しくって、子どもみたいに夢中で……」

 ドタドタドタ

 突き当りの回廊をフィギュアたちが大工道具や資材を持って走っている。

「こらあ、廊下は走っちゃダメでしょ!」

 メイドのフィギュアが拳を振り上げ、自分も走りながら叱っている。

「なんだか保育所の休憩時間みたい(^_^;)」

「フィギュアたちは、持ち主の心が反映されます。ちょっと騒々しいですが、みんな素直に嬉しくって無中なんです……いつか、やってくるご自分の姿だと大目に見てやっては、いかがでしょう」

「う、うん。これはこれでいいんだよ。でも、だからこそ……」

「チカコさんですね」

「うん、でも、わたし一人じゃ、どこをどう探していいか……」

「そうですね……こちらのお部屋です」

 

 黒書院



 なんだか、時代劇っぽい名前の部屋……入ってみると……あれ、うちの居間みたい。

 普段、食事の後は、リビングでお爺ちゃんお婆ちゃんと寛いでるんだけど、廊下を挟んだ向こうには十二畳の居間がある。居間の隣にはお茶室とかがあるんだけど、普段は使うことが無い。むかし、お婆ちゃんが小さいころは、大勢の家族で食事をしたり寛いだりする部屋だったそうだ。そこに似ている。

「もうひとつ向こうのお部屋になります」

 襖が開いて通されると、部屋は右側に一段下がって広がっている感じ。

 座布団が布いてあるところまで行くと、一段下がったところに逓信大臣の制服姿で交換手さんが畏まっていたよ。



「逓信大臣、面をお上げください」



 アカメイドさんが声を掛けると、やっと、顔を上げる交換手さん。

「交換手の制服に着替える間がありませんでしたので、こんなナリで申し訳ありません」

「ううん、急に来たのはわたしの方だし。気にしないで……えと、御息所は?」

「御息所は、総理大臣と建設大臣を引き受けまして、手が離せない状況です。申し訳ありません」

「あ、いいよいいよ。みんな楽しんでるというか、イキイキしていて、やくもは嬉しいよ(^_^;)」

「もったいないお言葉」

「あ、えと……もっと普通に喋ろうよ。なんか、殿様と家来みたい」

「総理大臣の指示で、このようなしきたりになっております」

「最初は、王朝風にやろうっておっしゃって、そこには御簾がかかっていました。直答が許されるのは三位以上の公卿に限るって、大変でした」

 アカミコさんも苦笑い。

「アカミコさんが間に入ってくださって、こういうお大名風に落ち着いたところなんです」

「あはは、目覚めちゃったって感じなんだね……まあ、ここは普通に話そうよ」

 わたしは、上段の間を下りて交換手さんの前に座りなおした。

「ウフフ、そうですね。わたしも、この方が断然楽ですから……ご用件はチカコさんのことですね」

「うん……」

「承知しました。わたしも豊原以来の交換手、電話線を使えばたいていのところには行けます。行先さへ教えていただければ、多少のお手伝いはできるでしょう」

「こっちの仕事はいいの?」

「基地局を建てる仕事が残っていますが、いいですよ。アナログ電話の回線は繋ぎ終えましたから」

「連絡はどうしたらいいんだろ、いちいち、こっちに来なくちゃいけないのかな?」

「いいえ、あっちの黒電話からお話しいただければ。スマホはダメですよ。まだ基地局できてませんからね」

「ありがとう、交換手さん!」

 ちょっとだけ光が見えてきた……気がしないでもない。



☆ 主な登場人物

やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
教頭先生
小出先生      図書部の先生
杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
小桜さん       図書委員仲間
あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六条の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王 伏姫(里見伏)




 
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