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58『令和69年』
しおりを挟むやくもあやかし物語
58『令和69年』
春眠暁を覚えずという言葉がある。
春は気持ちが良くって、なかなか起きれないとい寝坊助の言い訳みたいな……もとは漢詩らしいんだけど、最初の一節しか覚えていない。
今朝は、この『春眠暁を覚えず』状態で、まだ寝床の中。
心地よいから……もあるんだけど、明日から始まる学校が気がかり、ハッキリ言って嫌だから起きられないことも理由の一つ。
八カ月前に転校して来て学校に馴染んだとは言いにくい。
クラスで友だちは居ないって言うか、口を利くのは図書委員の杉村君と小桜さんくらい。クラスの人たちは顔は分かるが名前は分からないという人たちばかり。数人は顔さえ分からない。
交換手さんも、気を使ってなのか呆れたのか、目覚まし代わりのベルも鳴らさない。
かすかに原チャの音がして――おはようございます、ヤクルトです――の声がする。
お向かいさんがヤクルトをとっているので、その声で午前十時を回ったんだと知る。
「よし!」
勢いをつけて起き上がる。
顔を洗ってリビングに行く。いつもなら新聞を読んでいるお爺ちゃんの姿が無い。お母さんは仕事なんだろうけど、台所を覗くとお婆ちゃんの姿もない。
テーブルの上には新聞もない。
新聞は、お爺ちゃんが寝る前にラックに入れておくことになっているので、それまでは一日テーブルの上に畳んで置いてある。
取りに行くか。
郵便受けの新聞、一面の見出しを見てビックリ。
――明日に迫る改元――
おいおい、いつの古新聞だよ。
思いながら二三行読んでみる。
――六十九年続いた令和も今月限り……――
え、なんの冗談?
春眠暁を覚えず、新聞までも寝ぼけてるよ……それに六十九年続いたって?
玄関が少し開いている、締めておいたはずなのに……框の所に知らないお婆さんが腰かけている。
お婆さんは、ボーっと門のところを見ている。わずかに視線がずれているのか、わたしのことには気づいていない様子だ。
見てはいけないものを見てしまった気がして、とっさに柴垣の陰に隠れた。
玄関のピンポンが鳴ったかと思うと、門を開けてトレーナーにIDカードぶら下げた男の人が入ってきた。
「お早うございます、小泉さん、今日も玄関まで出て待っていてくれたんですね」
玄関に入って、優しくお婆ちゃんに声をかけている。いったいなに?
「新田君、一人でいける?」
声を掛けながら、もう一人、同じ格好の女の人が入ってきた。流ちょうな日本語だけど、なんだか東南アジアの感じ。
「だいじょうぶ、小泉さんはきちんとした人だから」
「じゃ、小泉さん、やくもさん、行きましょうか。立ちますよ……よっこいしょ!」
二人に介添えされて、お婆さんは立ち上がり、介助されながら外に出てくる。ゆっくり、わたしが隠れている柴垣の前を通って門を出て車に乗った。
チラ見した車のボディーには『デイサービスやわらぎ』と書いてあった。
あの女の人『やくも』さんと呼んだわよね?
新聞の欄外を確認すると、令和六十九年(2088年)と書いてある。
……ひょっとして、あれは六十九年さきのわたし?
戻った家の中に人の気配は無い。わたしって、六十九年先……一人暮らし? 独居老人?
プルルル プルルル
リビングの電話が鳴った。
「もしもし」
『ビックリしました?』
この声は……交換手さんだ。
「え、あ、あ、えと……」
『お爺ちゃんお婆ちゃんは、子供会の廃品回収のお世話に出てらっしゃいます。気持ちよさそうに寝ていたんで、一週遅れのエープリルフールでした。チャンチャン』
それだけ言うと電話は切れて、玄関にお爺ちゃんお婆ちゃんの「ただいま~」の声がした。
明日から新学年。早起きしよ! 決心したわたしであった。
☆ 主な登場人物
◦やくも 一丁目に越してきた三丁目の学校に通う中学二年生
◦お母さん やくもとは血の繋がりは無い
◦お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
◦お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
◦小出先生 図書部の先生
◦杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
◦小桜さん 図書委員仲間
◦あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石
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