上 下
58 / 161

58『令和69年』 

しおりを挟む

やくもあやかし物語

58『令和69年』    

 

 
 春眠暁を覚えずという言葉がある。

 
 春は気持ちが良くって、なかなか起きれないとい寝坊助の言い訳みたいな……もとは漢詩らしいんだけど、最初の一節しか覚えていない。

 今朝は、この『春眠暁を覚えず』状態で、まだ寝床の中。

 心地よいから……もあるんだけど、明日から始まる学校が気がかり、ハッキリ言って嫌だから起きられないことも理由の一つ。

 八カ月前に転校して来て学校に馴染んだとは言いにくい。

 クラスで友だちは居ないって言うか、口を利くのは図書委員の杉村君と小桜さんくらい。クラスの人たちは顔は分かるが名前は分からないという人たちばかり。数人は顔さえ分からない。

 交換手さんも、気を使ってなのか呆れたのか、目覚まし代わりのベルも鳴らさない。

 
 かすかに原チャの音がして――おはようございます、ヤクルトです――の声がする。

 
 お向かいさんがヤクルトをとっているので、その声で午前十時を回ったんだと知る。

「よし!」

 勢いをつけて起き上がる。

 顔を洗ってリビングに行く。いつもなら新聞を読んでいるお爺ちゃんの姿が無い。お母さんは仕事なんだろうけど、台所を覗くとお婆ちゃんの姿もない。

 テーブルの上には新聞もない。

 新聞は、お爺ちゃんが寝る前にラックに入れておくことになっているので、それまでは一日テーブルの上に畳んで置いてある。

 
 取りに行くか。

 
 郵便受けの新聞、一面の見出しを見てビックリ。

――明日に迫る改元――

 おいおい、いつの古新聞だよ。

 思いながら二三行読んでみる。

――六十九年続いた令和も今月限り……――

 え、なんの冗談?

 春眠暁を覚えず、新聞までも寝ぼけてるよ……それに六十九年続いたって?

 玄関が少し開いている、締めておいたはずなのに……框の所に知らないお婆さんが腰かけている。

 お婆さんは、ボーっと門のところを見ている。わずかに視線がずれているのか、わたしのことには気づいていない様子だ。

 見てはいけないものを見てしまった気がして、とっさに柴垣の陰に隠れた。

 
 玄関のピンポンが鳴ったかと思うと、門を開けてトレーナーにIDカードぶら下げた男の人が入ってきた。

 
「お早うございます、小泉さん、今日も玄関まで出て待っていてくれたんですね」

 玄関に入って、優しくお婆ちゃんに声をかけている。いったいなに?

「新田君、一人でいける?」

 声を掛けながら、もう一人、同じ格好の女の人が入ってきた。流ちょうな日本語だけど、なんだか東南アジアの感じ。

「だいじょうぶ、小泉さんはきちんとした人だから」

「じゃ、小泉さん、やくもさん、行きましょうか。立ちますよ……よっこいしょ!」

 二人に介添えされて、お婆さんは立ち上がり、介助されながら外に出てくる。ゆっくり、わたしが隠れている柴垣の前を通って門を出て車に乗った。

 チラ見した車のボディーには『デイサービスやわらぎ』と書いてあった。

 あの女の人『やくも』さんと呼んだわよね?

 新聞の欄外を確認すると、令和六十九年(2088年)と書いてある。

 
 ……ひょっとして、あれは六十九年さきのわたし?

 
 戻った家の中に人の気配は無い。わたしって、六十九年先……一人暮らし? 独居老人?

 プルルル プルルル

 リビングの電話が鳴った。

「もしもし」

『ビックリしました?』

 この声は……交換手さんだ。

「え、あ、あ、えと……」

『お爺ちゃんお婆ちゃんは、子供会の廃品回収のお世話に出てらっしゃいます。気持ちよさそうに寝ていたんで、一週遅れのエープリルフールでした。チャンチャン』

 それだけ言うと電話は切れて、玄関にお爺ちゃんお婆ちゃんの「ただいま~」の声がした。

 
 明日から新学年。早起きしよ! 決心したわたしであった。

 

☆ 主な登場人物
◦やくも        一丁目に越してきた三丁目の学校に通う中学二年生
◦お母さん      やくもとは血の繋がりは無い
◦お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
◦お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
◦小出先生      図書部の先生
◦杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
◦小桜さん       図書委員仲間
◦あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巡(めぐり)型落ち魔法少女の通学日記

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
時司巡(ときつかさめぐり)は制服にほれ込んで宮之森高校を受験して合格するが、その年度から制服が改定されてしまう。 すっかり入学する意欲を失った巡は、定年退職後の再任用も終わった元魔法少女の祖母に相談。 「それなら、古い制服だったころの宮の森に通ってみればぁ?」「え、そんなことできるの!?」 お祖母ちゃんは言う「わたしの通っていた学校だし、魔法少女でもあったし、なんとかなるよ」 「だいじょうぶ?」 「任しとき……あ、ちょっと古い時代になってしまった」 「ええ!?」  巡は、なんと50年以上も昔の宮之森高校に通うことになった!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

あまたある産声の中で‼~『氏名・使命』を奪われた最凶の男は、過去を追い求めない~

最十 レイ
ファンタジー
「お前の『氏名・使命』を貰う」 力を得た代償に己の名前とすべき事を奪われ、転生を果たした名も無き男。 自分は誰なのか? 自分のすべき事は何だったのか? 苦悩する……なんて事はなく、忘れているのをいいことに持前のポジティブさと破天荒さと卑怯さで、時に楽しく、時に女の子にちょっかいをだしながら、思いのまま生きようとする。 そんな性格だから、ちょっと女の子に騙されたり、ちょっと監獄に送られたり、脱獄しようとしてまた捕まったり、挙句の果てに死刑にされそうになったり⁈ 身体は変形と再生を繰り返し、死さえも失った男は、生まれ持った拳でシリアスをぶっ飛ばし、己が信念のもとにキメるところはきっちりキメて突き進む。 そんな『自由』でなければ勝ち取れない、名も無き男の生き様が今始まる! ※この作品はカクヨムでも投稿中です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

龍帝皇女の護衛役

右島 芒
ファンタジー
最年少で『特技武官』になった少年「兵頭勇吾」は学園に通いながらある任務に就いていた。 それは一人の少女を護る事。しかしただの護衛任務ではなかった。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...