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195『広報係・胡盛媛中尉』

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銀河太平記

195『広報係・胡盛媛中尉』孫大人 




 虫歯治療の為に麻酔をかけたらこんな感じだな。


 痛みは無いが、物言わぬ虫歯が地味にその存在を主張している。

 いや、腎臓結石をやって内視鏡カテーテルを突っ込まれた時の感じにも似ている。他人には言わないが、この孫悟兵、体のかなりの部分が生身だ。なによりも脳みそは、混じりけなしの100%自然のままアル。

 神社裏の崖から釣り糸を垂らすのが、ここのところのルーチンになりつつある。
 釣りはうまくない。義体やロボットなら、釣りのスキルをダウンロードすれば、並の名人程度には釣れる。
 生身だから、大いに連れる時もあれば、まるきりの坊主ということもある。

 そこが面白い。

 釣り糸を垂れながら、ボンヤリ思う。

 この戦の行方はどうなるんだ?

 全面戦争をやる気持ちは日本にも漢明にもない。たとえ勝利したとしても、とんでもない傷を負って、当分は今の国際的地位を失ってしまう。
 人類の活動範囲は百年前に太陽系(主に月と火星だけだが)に広がり、パルスギが採掘されるようになった現在では、銀河世界へ飛び出すのも時間の問題だと言われている。
 その変革の時に、枢要な国際的地位と力を保持し続けるためには、国力の疲弊は避けなければならない。

 だから、決定的な戦局を迎えることもなく、麻酔をかけたような平穏が続いている。

 自分の商売は、漢明においても日本においても、この西之島、アメリカ、ヨーロッパにおいても、拡大こそしていないが手堅くやっている。月や火星でも気まぐれに取引することはあるが、本腰を入れるつもりはない。十分に根が張っていない木が枝葉を伸ばしても仕方がないアルヨ。

 カサコソ

 神社の方で気配。

 神社は漢明の占領地にあるが、宗教施設なので非武装ならば出入りは自由になっている。大晦日から正月にかけては島民やボランティア兵、それに珍しもの好きな漢明兵も混じって初日の出を拝んだりしていた。

 折悪しく、神主のシゲも巫女のハナも留守にしている。

 しかたない、この孫大人が相手をしてやるアルカ……

「あのぅ、ちょっとすみません」

 きれいな女言葉に振り返ると、漢明の第一種軍装に身を包んだ女性中尉が見下ろしていた。

「お参りの仕方が分からないので、教えていただけると嬉しいんですが」

 国営放送のアナウンサーかと思うほどきれいな日本語だが、軍服に敬意を表して漢明語で応える。

「新米の中尉さんが神社に用事なのかい?」

「え、あ……漢明の方なんですか?」

 むこうも漢明語に切り替える。

「孫悟兵という年寄なんだがね、漢明と日本と両方相手に商売させてもらっとる。両方に顔がきくんで、釣りをしながら留守番をしとるんですよ」

「あ、それはよかった。こちらの神さまに着任のご挨拶にあがったんです」

「おお、それはそれはご奇特なことで」

「すみません、釣りをしていらっしゃるところでしたのに」

「いやいや、下手の横好き……お……今になって」

 グンと糸がひいて、竿がギギっとしなってきた!

「あ、大きいですよ!」

 グン ググン!

「おっとっとぉ……!」

「手伝います!」

 第一種軍装の上を脱ぐと、軽々と岩場に下りてきて、竿を曳いてくれる。

 緩急の力の入れ具合も良く心得ていて、二分余りで目の下一尺はあろうかという見事な鯛が釣れた!

「そうだ、お参りのお供えにしよう!」

「え、いいんですか?」

「いいもなにも、あんたの助けが無きゃ逃げられてましたよ」

 ころあいの石を見つけてお供えの台にする。

「中尉さん、お名前は?」

「あ、申し遅れました。守備隊広報係りの胡盛媛と申します」

「胡盛媛……たしかチルル空港の」

「あ、はい……第一次制圧隊長をやっていました胡盛徳の娘です」

「あ……そうでしたかぁ、お父上は残念なことでした」

 胡盛徳大佐は一次攻撃で瀕死の重傷を負って、一時は沖の艦隊に収容され、二度目の攻撃でお岩さんたちの待ち伏せ攻撃で戦死している(147『待ち伏せ』)。

「あ、いえ、軍人ですから(^○^;)」

 日本語で応えた、理由は主語を付けずに言えるからだろう。

 広報担当に選ばれるだけあって、言葉の感覚がいいようだ。


 日本式のお参りは二礼二拍手一礼であると見本を見せると、きれいに所作を決めた。


「教えていただかなかったら中華式でやるところでした、あれだと三跪九拝です……軍服、クリーニングしたてでしたから」

「アハハ、なるほど、ここに膝を突いたら洗濯のやり直しだぁ」

「ありがとうございました」

「そうだ、せっかく二人で釣った鯛だから、二枚におろして半分ずつにしよう」

「え、いいんですか?」

「いいさ、ここに供えていても酒飲み神主のサカナになるだけだからね」

 
 そのまま、お岩さんの食堂に行き、きれいにおろしてもらった。


 盛媛の明るさと礼儀正しさに、お岩さんも喜び、父の胡盛徳大佐の話になると、食堂に居合わせた者たちは、ちょっとシンミリしてしまった。

 休戦中とは言え、敵同士なので、いっしょに乾杯した後、盛媛中尉は鯛の半身をぶら下げて帰って行った。


「あ……孫大人、盛徳大佐ってロボットだったよ」

「え、あ……」

 盛媛中尉、いっしょに竿をひいた時の感触は、ぜったい人間だ。義体であったとしても義体率は50%は超えていない。お岩さんも、この孫悟兵も、そのあたりの見間違いはしない。


 その夜、漢明守備隊の広報誌が出て、昼間のエピソードが新広報係りの紹介と共に出ていた。

 胡盛媛中尉は盛徳大佐の養女であった。

 漢明は、ロボットと人間の養子縁組を認めていなかったが、劉宏大統領がPI後に民法の改正を示唆して実現したのだそうだ。

 この話を知った児玉元帥は越萌マイとして睦仁親王と共に盛媛中尉に「氷室神社参拝に感謝」と電信を打った。


☆彡この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平             西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書
胡 盛媛 中尉           胡盛徳大佐の養女
 ※ 事項
扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
奥の院      扶桑城啓林の奥にある祖廟
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