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170『パスカルの原理』

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銀河太平記

170『パスカルの原理』周温雷 





 おお! やったあ! なるほど! こんな手があったんだぁ! 温雷えらい!


「いやいや、ちょっと思いついたことが上手くいっただけ。さ、仲良く並んで手も顔も洗おうぜ」

 おお(^▽^)!

 三日前から続いている水道のトラブルを直して、みんなが喜んでくれている。

「いやあ、これで少しは落ち着いて食べてくれるでしょ」

 鉱山食堂のオバチャンたちも喜んでくれて、まあ、めでたくケリが付き、俺もトレーを持って列に並ぶ。



 俺が来たころからポンプの具合が悪くて、鉱山食堂は水圧が上がらずに困っていた。

 ようやく予算がついてポンプを交換したんだが、今度は水圧が高すぎて水しぶきがひどくなった。

 技師が来て、ポンプの調整をやったんだが、これが、なかなかうまくいかない。

「いやあ、この方法には思い至りませんでした(^_^;)」

 ハゲの技師は喜んで帰って行った。こんな荒くれの鉱山に長居はしたくないだろう。

「あれ、パスカルの原理っすよね」

 席が隣になった若いのがラーメンすすりながら笑顔を向けてくる。

「ああ、俺は難しいことは分からないから、ま、経験則でね」

「密閉された流体に圧力をかけると、圧力は密閉している容器全体に均質に伝わる。逆もまた真なり!」

「あはは、その説明がもう難しい。単に蛇口を太くさえすれば水は緩くなるってだけさ。子どもの頃にホースの口を指で押さえて遊んでなかったか」

「ああ、やりましたやりました! そうか、あれと同じ原理なんすねぇ」

「それだけのことさ」

「でも、それを思いつくっていうのが……」

 そいつのさえずりを聞きながら思った。



 人間にもパスカルの原理は当てはまる。



 劉宏は西之島に手を出すにあたって、フートンに目を付けてきた。

 西之島には三つのコアがある。

 マヌエリトのナバホ村、氷室のカンパニー、そして俺のフートン。

 コアのリーダーはいずれも個性的で、その個性で緩く結びついていた。コアの中でも島全体としても。

 俺を始めフートンの者には大陸出身の者が多く、三つのコアの中では一番漢明に親和性がある。

 劉宏は、そこに目を付けフートンに働きかけてきた。

 西之島を話題にするとき、三回に一回はフートンやこの俺、周温雷に言及した。

 あからさまにではない。

「周温雷もわたしも焼き餃子が好きだ。中華の伝統では水餃子だがね」

 劉宏も周温雷も主流からは外れているが、共に中華の伝統の中にいるというアピールだ。

 実際、ネットでは劉宏と周温雷の餃子を食べる姿が一時トレンドになった。焼き具合のこだわりや箸の使い方がソックリとか。

 俺は逆らって、餃子をシュウマイに換えてフォークで食べてみた。

 すると「箸の上げ下ろしまでとやかく言われるのは窮屈だ。わたしが言ったわけではないが、ご迷惑をおかけした」とコメントしてきた。

 その後、劉宏は事故に見せかけてPIをやってのけ、その外見は楊貴妃もかくあらんかという王春華(大統領秘書)になった。

 餃子の件はずっと前だが、その映像はPI後も新バージョンになって流れている。

 すると今度は、いたずらっ子が好きな女の子に意地になって反発してるみたいな感じになって、今でも劉宏の画像検索をするとベストテンに入ってくる。

 

 いずれ、劉宏は俺を取り込みにかかる。



 中華が敵を懐柔する手練手管はすさまじい。

 べつに国を挙げて取り込むようなことはしない。劉宏は、ほんの少し水圧を上げるだけで、小さなフートンの蛇口から出る時は奔流になる。まさにパスカルの原理。

 西之島はフートンから切り崩される。

 そうならないためには、俺自身が島から出ることだ。

 俺が居なければ、フートンは静かにカンパニーやナバホ村に吸収され、島は一つにまとまるだろう。

 あとは、ヒムロとマヌエリトがまとめてくれる。



 さて、そんな周温雷を漢明はどうするだろうか。



 おそらく、俺の予想は当たっている。

 それを確かめるために、俺は少しだけ目立つことにしてみたというわけだ。

 

☆彡この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
及川 軍平             西之島市市長
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘
劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス

 

 
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