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116『漢明の領海侵犯と政府の嫌がらせ』

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銀河太平記

116『漢明の領海侵犯と政府の嫌がらせ』加藤恵 




「バカか、あいつら」


 舵輪を取舵にきりながらシゲ老人が吐き捨てるように言う。

 次の瞬間、盛大な水しぶきがボートを呑み込むように襲い掛かって来る。

 ザッパーーン!

「ワップ! 勘弁してくれよ、同志シゲ老人!」

「ああん……防水してなかったのか、主席?」

「ビックリしっぱなしで、スイッチ入れ忘れてたよ」

 パルス防水で完全に水しぶきを無効にした村長と社長は無口なままだ。

「どうぞ……」

 西之島市のロゴの入ったバッグから、タオルを渡しながら、市長も口数が少ない。

 かく言うわたしも、開いた口がふさがらないでいる。



 西之島南方海上に、漢明の宇宙船五隻が不時着水したと連絡が入ったのが四十分前。

 わたし(加藤恵・ラボ主任研究員)を含む島の代表者五人は、ただちにカンパニーのボートに乗って調査に来たのだ。

「旧式だが、堂々の一等巡洋艦だ。あんなもの、何カ月も水に漬けていたらスクラップになっちまうぞ」

 二十三世紀の今日、船と言えば宇宙船のことで、宇宙船は海に着水することもできるし、浅い海なら潜水することも可能だ。

 だけど、それは昔の飛行艇が着水出来て、短距離なら着水したまま走れる程度の話。

 飛行後の飛行艇は丘に上げて必ず水で洗った。たとえフロートでも、長時間水に浸けておくのはまずかった。飛行艇や水上飛行機というのは、離着水可能な飛行機であるに過ぎなかった。

 軍の巡洋艦とはいえ、宇宙船は飛行艇の何百倍もデリケートだ。

―― ここは、西之島より三海里の海上で、日本国の領海である。ただちに退去せよ ――

 二度目の警告を発する。

―― エンジン不調による緊急着水である、機関復旧まで当海域に留まるもので、これは国際海洋法で認められている避難行動である ――

 さっきと同じ回答が返って来る。

「なにが避難行動だ! パイルまで打ち込んでるじゃねえか、クソッタレ!」

 シゲ老人の鼻息は、ますます荒くなって、ボートは最速で、五隻の巡洋艦の間を疾走する。

―― 領海内での海洋調査は認められない、ただちに中止せよ ――

―― 当海域は海底火山の噴出物が溶け込んでいるので、船体への影響を調べるために採取しているに過ぎない、これも国際海洋法で認められている調査権限の範囲である ――

 ああ言えばこう言う、要は舐められている。

「わたしが乗り込む!」

 主席が拳を振るう。

 誰も、目の前の漢明艦と主席を同一視なでしていないんだけど、主席は、同じ中華民族の理不尽さに憤っているのだ。

「マヌエリト、船に乗り込んで、頭の皮を剥ぐ」

 村長のマヌエリトも物騒だ。

「市長、政府は、なにか言ってきてますか?」

 社長は、こういう事態でも冷静だ。

「事実確認の上、必要ならば対策を考えると言ってきています」

「確認は、どのように?」

「小笠原の巡視艇が、明日到着します」

「「「「明日!?」」」」

「事を荒立てたくないんでしょう、国交省の『省エネに関する指針』を言い訳にしていました」

「ああ、官公庁の経費削減を要求する世論のために、十年ほど前に出された……」

「政府のアリバイじゃろが」

「……あの指針を作ったのは、当時局長をしていたわたしなんです。申し訳ありません」

 ああ、西之島の発展を快く思っていない政府の嫌がらせなんだ……。

 役人を辞めて、西之島の市長になった及川さんへの面当てでもあるんだろうけど、まるで女子高のイジメみたいだ。



 けっきょく、シゲ老人の絶妙な操縦で、水しぶきや騒音をたてまくって、ほんの少し調査の邪魔をしただけでカンパニーの港に帰ることになった。



 漢明国は露骨に西之島の資源に腕を伸ばし、開発特措法を盾に中央の方針に従わない西之島を快く思わない政府の無策ぶりと相まって、ひどくなりそうな気配だ。

 わたしは、ココちゃんに本気で火星に行くことを勧めた。

 

 
※ この章の主な登場人物

大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶                小姓頭
児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
森ノ宮親王
ヨイチ               児玉元帥の副官
マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン             太陽系一の賞金首
氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
須磨宮心子内親王(ココちゃん)   今上陛下の妹宮の娘

 ※ 事項

扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)

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