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077『うちの社長は』
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銀河太平記
077『うちの社長は』 加藤 恵
「うちの社長は、皇統に連なる人だと思ってるじゃが……違うかい、社長?」
「そりゃ、シゲさん、皇室はニ千九百年も続いているんだ、いろんなところで枝分かれして、日本人なら、どこかで皇室と繋がってるよ。日本人の苗字は八万以上だけど、たどって行けば源平藤橘、源平藤橘はみんな皇室の裔だからね」
「いや、そんな『僕らの先祖はお猿さん』的なものじゃなくて、もっと近いところで」
「あ、いや……」
酒の席の緩みもあるのだろうけど、シゲさんは突っ込んでいく。
「いや、それはね……」
「わたしのことから言おうか」
逡巡する社長に助け船を出すように、主席が盃を置いた。
この島のリーダーは三人とも景色のいい男なんだけど、争うとか競うとか、互いに尖がったところを見せることが無い。西ノ島に来て、まだ三日目だけど、わたしも天狗党のレギュラー、人を見る目は並み以上に持っているつもり。酒が入っていることから割り引いて見なければいけないだろうけど、片りんを窺うにはいい。
村長の横に座っている兵二も似たような目をして主席に笑顔を向けている。
「わたしの五代前は、本当の主席だった。父や祖父は、それが自慢でね。酒が入ると、人の事を『同志』と呼んで喜んでいた。『同志』っていうのは好きじゃないんだけど、もう三百年も使ってると、単なる二人称の慣用句だ。ほら、日本語の二人称で『貴様』というのがあるでしょ。貴いに様が付いていて、中華の漢字感覚ではとびきりの尊称に聞こえるんだけど、じつはひどい呼び方だ。でも、調べてみると、大東亜戦争以前では漢(おとこ)同士の尊称であったらしい」
「貴様と俺とは~同期の桜(^^♪」
「サブ、歌うのは、もうちょっと酒が入ってからにしておくれ」
「せっかくノッテきたのに~」
「まあ、サブ、俺の酒も飲んでくれぇ」
「おっと、すまねえ」
シゲさんとサブが自分の世界に入る。
「まあ、そんな感じで『主席』という呼び方も甘受しているんだけどね……ああ、『同志』の方は……ああ、面倒になってきた。わたしも飲むぞ、村長、今度は君だ」
「オレ、ナバホ族伝説、マヌエリト大戦士の子孫。だが、オレ、それ、看板にする気ない……」
「村長?」
入りかけた世界から顔を起こしたサブが唇を尖らす。
「サブ、そんな顔をするな」
「だって、なあ、シゲ。うちの村長みたいに酋長の似合う男はいねえよな。オレなんか『酋長』とか『大戦士』とか呼びてえんだけど、『村長』って呼び方しねえと、張り倒される。見かけは、どう見たってナバホの大酋長なのによ」
「ああ、それはわたしも不思議だった」
主席が徳利を手に村長に迫るが、村長は、献杯を受けただけで、口にすることなく続けた。
「ここ、西ノ島。だから。自分、アメリカ捨てた」
「迫害されていたからですか?」
兵二が折り目正しく聞いた。
「火星の若者、それ、違う」
「では?」
「アメリカに居る、ネイティブのシンボルにされる、アメリカ分裂のお先棒、担がされる。だから、アメリカに居る時。ごく普通のアメリカ人として暮らす。西ノ島、自由。だから、ナバホ風にやる。しかし『酋長』を名乗る、またどこかでオレを担ぎ出す、奴、現れる。分裂は、もうたくさん。だから『酋長』名乗らない……さあ、次は社長だ」
「え、ええ……確かに、僕の五代前は内親王、プリンセスでした。でも、民間人と結婚して皇籍を離れてアメリカに移りました。だから、僕の国籍は日本じゃありません。ただ、立ち居振る舞いは親から受け継いだ文化ですし、身に染みたものなので、まあ、こんな感じなわけです」
「ねえ、村長、社長」
「はい?」「なんだ?」
「西ノ島近海は名うての海底火山地帯、熱水鉱床は発見されたが、これまでの噴火や危険を考えると、今すぐにデベロッパーがやってくることはないだろうが、遅かれ早かれ本土の手が入って来る。対応というか対策を考えておかなくちゃと思うんだが?」
「難しい話だな」
「主席の言うことは分かります。対策を考えておこうということですね」
「うん、西ノ島一帯が安全と分かれば、かなりの規模で迫って来ると思うんだがね」
「どうだろう?」
「対策を練ることには賛成です」
「俺も思う、手、こまねく、ロングウォーク、なる」
ロングウォーク……ナバホ族が白人に追われ居留地を取り上げられた歴史的事件だ。
「しかし、酒も入っています、今日のところは危機を共通認識したということで」
「アハハ、そうだ、みんな頼もしい、つい先走ってしまう」
「まずは、気持ちよく酔ってからということにしようか」
それが合図だったのか、フートンのオバチャンたちが、新しい酒と肴を運んでくれる。
みんな人のよさそうな人たちだけど、新参のわたしと兵二が珍しく、遠慮のない笑顔を間近に向けられるのには閉口する。
「あんたたち、この島に足りないのは子どもだからね!」
「励んでちょうだいよ!」
ゲホゲホ
兵二が純情そうにむせかえって、わたしは笑うしかなかった。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥 地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
村長 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
077『うちの社長は』 加藤 恵
「うちの社長は、皇統に連なる人だと思ってるじゃが……違うかい、社長?」
「そりゃ、シゲさん、皇室はニ千九百年も続いているんだ、いろんなところで枝分かれして、日本人なら、どこかで皇室と繋がってるよ。日本人の苗字は八万以上だけど、たどって行けば源平藤橘、源平藤橘はみんな皇室の裔だからね」
「いや、そんな『僕らの先祖はお猿さん』的なものじゃなくて、もっと近いところで」
「あ、いや……」
酒の席の緩みもあるのだろうけど、シゲさんは突っ込んでいく。
「いや、それはね……」
「わたしのことから言おうか」
逡巡する社長に助け船を出すように、主席が盃を置いた。
この島のリーダーは三人とも景色のいい男なんだけど、争うとか競うとか、互いに尖がったところを見せることが無い。西ノ島に来て、まだ三日目だけど、わたしも天狗党のレギュラー、人を見る目は並み以上に持っているつもり。酒が入っていることから割り引いて見なければいけないだろうけど、片りんを窺うにはいい。
村長の横に座っている兵二も似たような目をして主席に笑顔を向けている。
「わたしの五代前は、本当の主席だった。父や祖父は、それが自慢でね。酒が入ると、人の事を『同志』と呼んで喜んでいた。『同志』っていうのは好きじゃないんだけど、もう三百年も使ってると、単なる二人称の慣用句だ。ほら、日本語の二人称で『貴様』というのがあるでしょ。貴いに様が付いていて、中華の漢字感覚ではとびきりの尊称に聞こえるんだけど、じつはひどい呼び方だ。でも、調べてみると、大東亜戦争以前では漢(おとこ)同士の尊称であったらしい」
「貴様と俺とは~同期の桜(^^♪」
「サブ、歌うのは、もうちょっと酒が入ってからにしておくれ」
「せっかくノッテきたのに~」
「まあ、サブ、俺の酒も飲んでくれぇ」
「おっと、すまねえ」
シゲさんとサブが自分の世界に入る。
「まあ、そんな感じで『主席』という呼び方も甘受しているんだけどね……ああ、『同志』の方は……ああ、面倒になってきた。わたしも飲むぞ、村長、今度は君だ」
「オレ、ナバホ族伝説、マヌエリト大戦士の子孫。だが、オレ、それ、看板にする気ない……」
「村長?」
入りかけた世界から顔を起こしたサブが唇を尖らす。
「サブ、そんな顔をするな」
「だって、なあ、シゲ。うちの村長みたいに酋長の似合う男はいねえよな。オレなんか『酋長』とか『大戦士』とか呼びてえんだけど、『村長』って呼び方しねえと、張り倒される。見かけは、どう見たってナバホの大酋長なのによ」
「ああ、それはわたしも不思議だった」
主席が徳利を手に村長に迫るが、村長は、献杯を受けただけで、口にすることなく続けた。
「ここ、西ノ島。だから。自分、アメリカ捨てた」
「迫害されていたからですか?」
兵二が折り目正しく聞いた。
「火星の若者、それ、違う」
「では?」
「アメリカに居る、ネイティブのシンボルにされる、アメリカ分裂のお先棒、担がされる。だから、アメリカに居る時。ごく普通のアメリカ人として暮らす。西ノ島、自由。だから、ナバホ風にやる。しかし『酋長』を名乗る、またどこかでオレを担ぎ出す、奴、現れる。分裂は、もうたくさん。だから『酋長』名乗らない……さあ、次は社長だ」
「え、ええ……確かに、僕の五代前は内親王、プリンセスでした。でも、民間人と結婚して皇籍を離れてアメリカに移りました。だから、僕の国籍は日本じゃありません。ただ、立ち居振る舞いは親から受け継いだ文化ですし、身に染みたものなので、まあ、こんな感じなわけです」
「ねえ、村長、社長」
「はい?」「なんだ?」
「西ノ島近海は名うての海底火山地帯、熱水鉱床は発見されたが、これまでの噴火や危険を考えると、今すぐにデベロッパーがやってくることはないだろうが、遅かれ早かれ本土の手が入って来る。対応というか対策を考えておかなくちゃと思うんだが?」
「難しい話だな」
「主席の言うことは分かります。対策を考えておこうということですね」
「うん、西ノ島一帯が安全と分かれば、かなりの規模で迫って来ると思うんだがね」
「どうだろう?」
「対策を練ることには賛成です」
「俺も思う、手、こまねく、ロングウォーク、なる」
ロングウォーク……ナバホ族が白人に追われ居留地を取り上げられた歴史的事件だ。
「しかし、酒も入っています、今日のところは危機を共通認識したということで」
「アハハ、そうだ、みんな頼もしい、つい先走ってしまう」
「まずは、気持ちよく酔ってからということにしようか」
それが合図だったのか、フートンのオバチャンたちが、新しい酒と肴を運んでくれる。
みんな人のよさそうな人たちだけど、新参のわたしと兵二が珍しく、遠慮のない笑顔を間近に向けられるのには閉口する。
「あんたたち、この島に足りないのは子どもだからね!」
「励んでちょうだいよ!」
ゲホゲホ
兵二が純情そうにむせかえって、わたしは笑うしかなかった。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥 地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
氷室 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
村長 西ノ島 ナバホ村村長
主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
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