79 / 280
067『氷室との出会い』
しおりを挟む
銀河太平記
067『氷室との出会い』 加藤 恵
眉毛剃ったら人相変わるよ。
火星の仲間には言われた。
緒方未来の姿が解除できないからだ。
緒方未来に成りすまして火星に潜入したけど、彼女には強い味方がいたようで、予想に反して火星に戻って来てしまった。
仕方なく、九分通り潜入に成功した扶桑城を後にして、ムーンベース経由で西ノ島にやってきた。さすがに眉は剃らないで、髪を切って、前髪を変えた。
「ひょっとして仕事を探してる?」
振り返ると、旧式の戦闘服が立っている。
戦闘服だけが立っていたら、24世紀の今日でもミステリーだ。
戦闘服の中身は、髭を剃ったら十倍はアドバンテージが上がりそうな男。
細身だけど、関節とか丈夫そうで、意外に痩せマッチョかも。西南戦争で連隊旗を奪われたころの乃木希典に似ていると思ったけど、こいつは、乃木さんのような泣き顔じゃない。
一秒で、そう感じたけど、おくびにも出さずに半分だけ正直に言う。
「わけありなんですけど」
「この島の人間はみんなわけありさ。いっそ、島の全員に訳有って苗字に改名させたら、スッキリする」
「そうね、で、あなたは?」
「南の方の世話役をやってる氷室です。きみは?」
「えと……加藤恵」
どうせバレるから「本名」を言っておく。
「そう、どっちで呼んだらいい?」
「どっちって?」
「苗字か名前か」
「恵」
「じゃ、メグミ」
「あ、それカタカナのニュアンス」
「少しだけ斜めに外した方がおもしろい」
「変な人」
「変な人に変な奴って言われてしまった」
「人って言ったの、変な人」
「うん、だから、斜めに外した方が面白い」
「で、仕事って?」
「知っていたら教えてほしい。さっき、旧式のマイドが下りて来たって通報があったんだけど、知らないかなあ?」
「さあ、わたしは船に紛れてやってきたから」
「そうか、じゃあ……」
ギッコン ズズー ギッコン ズズー
「わ!」
岩陰から突然現れたものに、リアルに驚いてしまった。
「おお、ニッパチ、動けるようになったのか!」
それは、野外作業に特化した旧式の労務ロボットだ。厳密にはロボットではなく作業機械に区分される。機械なので、ロボット保護法の適用は受けない。実数的にはヒューマロイドよりもずっと数が多いと言われている。
『PC容量ノ80%ヲ駆動系モジュールニマワシ……マシタ』
「ああ、ひどい声だなあ」
『コミニケーションヲ モニターダケニスレバ 左足動クカモ……』
言うと、そいつはマンガの吹き出しのようなバーチャルモニターを出した。
「ベースに帰ってピックアップとってくるよ、しばらく、そこで我慢しろ」
『デモ、マイド見ツケニ行カナケレバ』
「お前の方が大事だよ、ニッパチ、とにかく待ってろ。すまん、ニッパチ見てやってくれないか。誘拐されると困るんでな」
『這ッテ行ケバ、付イテイケマス』
「それじゃ、虐待になっちまう」
『ニッパチハ作業機械、虐待ニナラナイデス』
「そんなこと言うな」
「よかったら、診てみようか、ロボットの事なら少しは分かるから」
「おお、メグミはメカに強いの!?」
「多少はね」
「じゃ、ちょっと診てやってやってくれますか、メカに愛情はあるんだけど、技術はからっきしでねえ」
「じゃあ……」
『オネガイシマス』
ハンベと繋いで上半身の駆動系PCを腰から下の駆動系にまわしてやる。細かい作業だが、十分ほどで終了。
『おお、直りました! 上半身はグニャグニャですが、普通に歩けます!』
「声も戻ったじゃないか、やっぱりニッパチは温もりのあるバリトンでなくちゃなあ!」
「えと、応急処置なんで、機材の整ったところでやり直した方がいいと思う」
「よし、メグミ、きみはたった今から、氷室カンパニーの社員だ!」
「あ、やったあ!」
ズドドーーン
『あ、社長、マイドです! マイドが逃げていきます!』
岩山の向こうから発射音。どうやら修理が終わったようで、本来の五倍ぐらいの騒音をまき散らしてマイドが上昇していく。
「惜しい、あんな旧型はめったに見られないのに……」
雲間に上昇していくマイドを見上げる二人と一台の姿は、なんだか長閑で、お伽話の始まりのようにも終わりのようにも思えた。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥 地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
067『氷室との出会い』 加藤 恵
眉毛剃ったら人相変わるよ。
火星の仲間には言われた。
緒方未来の姿が解除できないからだ。
緒方未来に成りすまして火星に潜入したけど、彼女には強い味方がいたようで、予想に反して火星に戻って来てしまった。
仕方なく、九分通り潜入に成功した扶桑城を後にして、ムーンベース経由で西ノ島にやってきた。さすがに眉は剃らないで、髪を切って、前髪を変えた。
「ひょっとして仕事を探してる?」
振り返ると、旧式の戦闘服が立っている。
戦闘服だけが立っていたら、24世紀の今日でもミステリーだ。
戦闘服の中身は、髭を剃ったら十倍はアドバンテージが上がりそうな男。
細身だけど、関節とか丈夫そうで、意外に痩せマッチョかも。西南戦争で連隊旗を奪われたころの乃木希典に似ていると思ったけど、こいつは、乃木さんのような泣き顔じゃない。
一秒で、そう感じたけど、おくびにも出さずに半分だけ正直に言う。
「わけありなんですけど」
「この島の人間はみんなわけありさ。いっそ、島の全員に訳有って苗字に改名させたら、スッキリする」
「そうね、で、あなたは?」
「南の方の世話役をやってる氷室です。きみは?」
「えと……加藤恵」
どうせバレるから「本名」を言っておく。
「そう、どっちで呼んだらいい?」
「どっちって?」
「苗字か名前か」
「恵」
「じゃ、メグミ」
「あ、それカタカナのニュアンス」
「少しだけ斜めに外した方がおもしろい」
「変な人」
「変な人に変な奴って言われてしまった」
「人って言ったの、変な人」
「うん、だから、斜めに外した方が面白い」
「で、仕事って?」
「知っていたら教えてほしい。さっき、旧式のマイドが下りて来たって通報があったんだけど、知らないかなあ?」
「さあ、わたしは船に紛れてやってきたから」
「そうか、じゃあ……」
ギッコン ズズー ギッコン ズズー
「わ!」
岩陰から突然現れたものに、リアルに驚いてしまった。
「おお、ニッパチ、動けるようになったのか!」
それは、野外作業に特化した旧式の労務ロボットだ。厳密にはロボットではなく作業機械に区分される。機械なので、ロボット保護法の適用は受けない。実数的にはヒューマロイドよりもずっと数が多いと言われている。
『PC容量ノ80%ヲ駆動系モジュールニマワシ……マシタ』
「ああ、ひどい声だなあ」
『コミニケーションヲ モニターダケニスレバ 左足動クカモ……』
言うと、そいつはマンガの吹き出しのようなバーチャルモニターを出した。
「ベースに帰ってピックアップとってくるよ、しばらく、そこで我慢しろ」
『デモ、マイド見ツケニ行カナケレバ』
「お前の方が大事だよ、ニッパチ、とにかく待ってろ。すまん、ニッパチ見てやってくれないか。誘拐されると困るんでな」
『這ッテ行ケバ、付イテイケマス』
「それじゃ、虐待になっちまう」
『ニッパチハ作業機械、虐待ニナラナイデス』
「そんなこと言うな」
「よかったら、診てみようか、ロボットの事なら少しは分かるから」
「おお、メグミはメカに強いの!?」
「多少はね」
「じゃ、ちょっと診てやってやってくれますか、メカに愛情はあるんだけど、技術はからっきしでねえ」
「じゃあ……」
『オネガイシマス』
ハンベと繋いで上半身の駆動系PCを腰から下の駆動系にまわしてやる。細かい作業だが、十分ほどで終了。
『おお、直りました! 上半身はグニャグニャですが、普通に歩けます!』
「声も戻ったじゃないか、やっぱりニッパチは温もりのあるバリトンでなくちゃなあ!」
「えと、応急処置なんで、機材の整ったところでやり直した方がいいと思う」
「よし、メグミ、きみはたった今から、氷室カンパニーの社員だ!」
「あ、やったあ!」
ズドドーーン
『あ、社長、マイドです! マイドが逃げていきます!』
岩山の向こうから発射音。どうやら修理が終わったようで、本来の五倍ぐらいの騒音をまき散らしてマイドが上昇していく。
「惜しい、あんな旧型はめったに見られないのに……」
雲間に上昇していくマイドを見上げる二人と一台の姿は、なんだか長閑で、お伽話の始まりのようにも終わりのようにも思えた。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥 地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
データワールド(DataWorld)
大斗ダイソン
SF
あらすじ
現代日本、高校生の神夜蒼麻は、親友の玄芳暁斗と共に日常を送っていた。しかし、ある日、不可解な現象に遭遇し、二人は突如として仮想世界(データワールド)に転送されてしまう。
その仮想世界は、かつて禁止された「人体粒子化」実験の結果として生まれた場所だった。そこでは、現実世界から転送された人々がNPC化し、記憶を失った状態で存在していた。
一方、霧咲祇那という少女は、長らくNPCとして機能していたが、謎の白髪の男によって記憶を取り戻す。彼女は自分が仮想世界にいることを再認識し、過去の出来事を思い出す。白髪の男は彼女に協力を求めるが、その真意は不明瞭なままだ。
物語は、現実世界での「人体粒子化」実験の真相、仮想世界の本質、そして登場人物たちの過去と未来が絡み合う。神夜と暁斗は新たな環境に適応しながら、この世界の謎を解き明かそうとする。一方、霧咲祇那は復讐の念に駆られながらも、白髪の男の提案に悩む。
仮想世界では200年もの時が流れ、独特の文化や秩序が形成されていた。発光する星空や、現実とは異なる物理法則など、幻想的な要素が日常に溶け込んでいる。
登場人物たちは、自分たちの存在意義や、現実世界との関係性を模索しながら、仮想世界を揺るがす大きな陰謀に巻き込まれていく。果たして彼らは真実にたどり着き、自由を手に入れることができるのか。そして、現実世界と仮想世界の境界線は、どのように変化していくのか。
この物語は、SFとファンタジーの要素を融合させながら、人間の記憶、感情、そしてアイデンティティの本質に迫る壮大な冒険譚である。
兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる