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063『分析』
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銀河太平記
063『分析』 越萌メイ(コスモス)
24世紀だというのに、日本は、いまだに現物貨幣を使っている。
いや、通用しているという表現が正しいだろう、実生活ではハンベによる決済がほとんどで、現実に見かけることはめったにない。21世紀中葉にスマホによるデジタル決済が定着してから、現物貨幣が流通しているのは、日本の他には数えるほどしかない。
諸外国からは、皇室の存在と並んで美しい制度だと言われることもあるけど、相撲取りのチョンマゲを賞賛していることと大差のないことだと思う。
知識としては知っていたけど、実際に目にすると新鮮な驚きがある。
高安の町には、昔ながらの……おそらく昭和の時代と変わらない駄菓子屋などの実物店舗がある。
子どもたちは、親からもらった現物貨幣を持って買い物に来る。
そして、お店に並んだあれこれを見回して、気に入った駄菓子やオモチャと現物貨幣とを交換する。
ホログラムのバーチャルショップには無い、生の感触が、そこにはある。
交換するにあたっては、ささやかな会話がある。
「おばちゃん、これちょうだい」
「まいど、40円やから、60円のお釣り」
「ありがとう」
「おおきに」
商品と共に、言葉の交流がある。おばちゃんは、小さな子どもがお釣りをこぼさないように手を添えてやる。
添えた手には温もりがあって、それは、子どもとて同じで、お釣りを温もりや大人の手の大きさとともに感じる。
駄菓子屋のおばちゃんは、一家の主婦でもあるので、その手には洗濯や料理の匂いが染みついているかもしれない。
塗りたての肌荒れクリームの匂いかもしれない。
おばちゃんは、何年もお釣りを渡して、子どもたちの手が大きくなっていくのを実感もするだろう。
そういう人と人、人とお金、お金とモノの関りを肌感覚で教えていく。
この地域では、ハンベやレプリケーターは小学校の修学旅行からという子供も多いと言う。
むろん、そういう傾向は日本のあちこちで生き残っているのだけど、地域ぐるみというのは、この高安ならではなのだろう。
「金剛山でもやっていたようね……」
OS基地から持ち帰ったデータを照合しながら社長が呟く。
「駄菓子屋?」
「お店っていうほどのものじゃないけど、基地の中に無人のコーナー作って、無人店みたいなことをやってたみたい」
「あえてアナログを楽しんでいたんですねえ、神戸や宝塚じゃ、ほとんど見かけません」
「他にもね……ゴミ箱のデータとか」
「えと、特徴があるの?」
工場や基地のゴミ箱には投棄されたゴミの記録が残る。
それは常識だから、すでに特科や北大街の社長がやり終えた形跡がある。
ゴミは、工作ゴミと生活ゴミ、そして可燃ごみや資源ごみに分類されたままにデータが残っている。
「う~ん、一般の事業所と変わりませんねえ……」
月城さんも腕組みしてモニターを見つめるが、特に発見はないようだ。
「……これなんかね」
いくつかのサンプルを詳細表示する社長。
「ストローの袋……お弁当の紐……」
「これが……?」
「いくつか、結んであるのがあるでしょ……」
「うん、女の人じゃないかな?」
わたしは、そういうものはクルクルまとめてお仕舞にするけど、女性の中にはきれいに結んで捨てる者もいる。
そう珍しいことじゃない。
「宝塚でも、行儀よく捨ててましたよ」
「ふふ、清く正しく美しくですね」
「うん、音楽学校に入学した最初に陸軍から教官が来て集団行動とかやらされるんだけどね、なにごとにも色気を付けろって言われる」
「色気?」
「なにごとも綺麗にスマートにやれってことよ」
「これ、見てごらん」
社長が示したモニターにはキレイに畳まれたストローの袋が表示されている。
「女の子が、よくやるやつですね」
「わたしは、クシャクシャにした袋に水を掛けて遊ぶ派でしたね」
「普通は、五角形になるだろ?」
「あ、六角形だ」
「特殊な折り方ですね」
わたしも月城さんも、丸椅子を寄せてモニターに集中する。
「次は、これ……」
「お弁当の紐をまとまとめたものね」
何種類かあった。
東大阪のオッサンらしく、荷造りの紐かコードのように八の字結びにしたものや、蝶々結び、自転車の荷台ロープのようにしたもの、オーソドックスな輪結び、いろいろあるんだけど、特に特殊というほでではない。
「これを見て」
「蝶々結び…………あ、違う」
「これは総角結び(あげまきむすび)という奴だ、几帳の装飾、甲冑の総角、軸の風鎮などに使う特殊な結び方よ……それから、これ」
「ええ、なんですか、これぇ!?」
それは、トイレ清掃の記録だ。
男性用の小便器の洗浄記録。
「男と言うのは、混んでいなければ、使う便器は、だいたい決まってしまう」
「ああ、女子でも、使う個室は固定される傾向がありますね」
「これに、注目してほしい」
「「え?」」
モニターのホログラム記録といっても、マジマジと便器を見るのは、ちょっと恥ずかしい。
「左奥のがね、微妙に汚れが中央に集中している」
「え?」
「あ、ああ……」
「誤差の範囲と言えばそれまでなんだけど、かなり、行儀のいい男が使っていたような感じだ」
「行儀のいい……」
「例えば、古い神社に勤めていた巫女さん……」
「巫女は男子トイレは使わないでしょ」
「じゃ、禰宜とか神主」
「ああ」
「神主が秘密基地に?」
「あるいは……皇族級の男子とかね……」
「え?」
「ハハ、年寄りの勘、もうちょっと当たって見なければ何とも言えない……」
なるほど、社長(お姉ちゃん)の本性は陸軍の元帥なんだった(^_^;)。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥 地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
063『分析』 越萌メイ(コスモス)
24世紀だというのに、日本は、いまだに現物貨幣を使っている。
いや、通用しているという表現が正しいだろう、実生活ではハンベによる決済がほとんどで、現実に見かけることはめったにない。21世紀中葉にスマホによるデジタル決済が定着してから、現物貨幣が流通しているのは、日本の他には数えるほどしかない。
諸外国からは、皇室の存在と並んで美しい制度だと言われることもあるけど、相撲取りのチョンマゲを賞賛していることと大差のないことだと思う。
知識としては知っていたけど、実際に目にすると新鮮な驚きがある。
高安の町には、昔ながらの……おそらく昭和の時代と変わらない駄菓子屋などの実物店舗がある。
子どもたちは、親からもらった現物貨幣を持って買い物に来る。
そして、お店に並んだあれこれを見回して、気に入った駄菓子やオモチャと現物貨幣とを交換する。
ホログラムのバーチャルショップには無い、生の感触が、そこにはある。
交換するにあたっては、ささやかな会話がある。
「おばちゃん、これちょうだい」
「まいど、40円やから、60円のお釣り」
「ありがとう」
「おおきに」
商品と共に、言葉の交流がある。おばちゃんは、小さな子どもがお釣りをこぼさないように手を添えてやる。
添えた手には温もりがあって、それは、子どもとて同じで、お釣りを温もりや大人の手の大きさとともに感じる。
駄菓子屋のおばちゃんは、一家の主婦でもあるので、その手には洗濯や料理の匂いが染みついているかもしれない。
塗りたての肌荒れクリームの匂いかもしれない。
おばちゃんは、何年もお釣りを渡して、子どもたちの手が大きくなっていくのを実感もするだろう。
そういう人と人、人とお金、お金とモノの関りを肌感覚で教えていく。
この地域では、ハンベやレプリケーターは小学校の修学旅行からという子供も多いと言う。
むろん、そういう傾向は日本のあちこちで生き残っているのだけど、地域ぐるみというのは、この高安ならではなのだろう。
「金剛山でもやっていたようね……」
OS基地から持ち帰ったデータを照合しながら社長が呟く。
「駄菓子屋?」
「お店っていうほどのものじゃないけど、基地の中に無人のコーナー作って、無人店みたいなことをやってたみたい」
「あえてアナログを楽しんでいたんですねえ、神戸や宝塚じゃ、ほとんど見かけません」
「他にもね……ゴミ箱のデータとか」
「えと、特徴があるの?」
工場や基地のゴミ箱には投棄されたゴミの記録が残る。
それは常識だから、すでに特科や北大街の社長がやり終えた形跡がある。
ゴミは、工作ゴミと生活ゴミ、そして可燃ごみや資源ごみに分類されたままにデータが残っている。
「う~ん、一般の事業所と変わりませんねえ……」
月城さんも腕組みしてモニターを見つめるが、特に発見はないようだ。
「……これなんかね」
いくつかのサンプルを詳細表示する社長。
「ストローの袋……お弁当の紐……」
「これが……?」
「いくつか、結んであるのがあるでしょ……」
「うん、女の人じゃないかな?」
わたしは、そういうものはクルクルまとめてお仕舞にするけど、女性の中にはきれいに結んで捨てる者もいる。
そう珍しいことじゃない。
「宝塚でも、行儀よく捨ててましたよ」
「ふふ、清く正しく美しくですね」
「うん、音楽学校に入学した最初に陸軍から教官が来て集団行動とかやらされるんだけどね、なにごとにも色気を付けろって言われる」
「色気?」
「なにごとも綺麗にスマートにやれってことよ」
「これ、見てごらん」
社長が示したモニターにはキレイに畳まれたストローの袋が表示されている。
「女の子が、よくやるやつですね」
「わたしは、クシャクシャにした袋に水を掛けて遊ぶ派でしたね」
「普通は、五角形になるだろ?」
「あ、六角形だ」
「特殊な折り方ですね」
わたしも月城さんも、丸椅子を寄せてモニターに集中する。
「次は、これ……」
「お弁当の紐をまとまとめたものね」
何種類かあった。
東大阪のオッサンらしく、荷造りの紐かコードのように八の字結びにしたものや、蝶々結び、自転車の荷台ロープのようにしたもの、オーソドックスな輪結び、いろいろあるんだけど、特に特殊というほでではない。
「これを見て」
「蝶々結び…………あ、違う」
「これは総角結び(あげまきむすび)という奴だ、几帳の装飾、甲冑の総角、軸の風鎮などに使う特殊な結び方よ……それから、これ」
「ええ、なんですか、これぇ!?」
それは、トイレ清掃の記録だ。
男性用の小便器の洗浄記録。
「男と言うのは、混んでいなければ、使う便器は、だいたい決まってしまう」
「ああ、女子でも、使う個室は固定される傾向がありますね」
「これに、注目してほしい」
「「え?」」
モニターのホログラム記録といっても、マジマジと便器を見るのは、ちょっと恥ずかしい。
「左奥のがね、微妙に汚れが中央に集中している」
「え?」
「あ、ああ……」
「誤差の範囲と言えばそれまでなんだけど、かなり、行儀のいい男が使っていたような感じだ」
「行儀のいい……」
「例えば、古い神社に勤めていた巫女さん……」
「巫女は男子トイレは使わないでしょ」
「じゃ、禰宜とか神主」
「ああ」
「神主が秘密基地に?」
「あるいは……皇族級の男子とかね……」
「え?」
「ハハ、年寄りの勘、もうちょっと当たって見なければ何とも言えない……」
なるほど、社長(お姉ちゃん)の本性は陸軍の元帥なんだった(^_^;)。
※ この章の主な登場人物
大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
胡蝶 小姓頭
児玉元帥 地球に帰還してからは越萌マイ
森ノ宮親王
ヨイチ 児玉元帥の副官
マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
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