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208『糸電話ひそかに』

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魔法少女マヂカ

208『糸電話ひそかに』語り手:マヂカ     

 

 
 テントに戻ると、ノンコが子どもたちと新しい遊びをやっていた。

 
 支援物資の空き箱を解体したボール紙を丸めて筒にして、いくつも糸電話を作って、子どもたちと伝言ゲームをやっているのだ。

「もしもし」

「はいはい、神保町の田中です」

「末広町の鈴木ですが、錦糸町の西田さんから『お猿のお尻は真っ赤っか』です」

「了解しました(糸電話を持ち替える)。もしもし、神保町の田中ですが末広町の鈴木さんから『お猿のお尻は甜瓜』です」

「了解しました(糸電話を持ち替える)。もしもし、紀尾井町の高橋ですが、神保町の田中さんから『お里のお芋は甜瓜』です」

「了解しました(糸電話を持ち替える)。もしもし、神楽坂の宮下ですが『お里のお芋は甜瓜』です……えと、掛けてきたのは……三宅坂? 団子坂? 乃木坂?……えと……えと……」

 という感じで、最後の子まで繋いで行って、伝言がどう変わっていくかを面白がっている。

 伝言の中身が変わってしまう子、伝えてきた子の名前や街の名前が分からなくなってしまう子がいて、たびたび中断するんだけど、そういうスカタンも含めて面白いようで、あちこちで笑い声が上がっている。

 ノンコは、こういうことに才能があるのかもしれない。

 折り畳み椅子に腰を下ろすと、前の机に黒い糸電話が置いてある。

 ノリに付き合って、耳にあてがうと聞き覚えのある声がした。

『もしもし、クロです』

 クロ?

 いっしゅん戸惑ったけど、思い出した。

 神田明神のクロ巫女。この糸電話は、神田明神の神器ひそかだ!

「クロ巫女、元気にしてた!?」

『はい、神田のみなさんが三日三晩防犯と防火に勤めてくださったので、神田の町は焼けずに済みました』

「それはなにより。将門さまもご無事なの?」

『はい、それにつきましては、明神様直々にお話したいとおっしゃっていますので、ただいま替わります……』

 ひそかの向こうでゴニョゴニョとあって、直に大声が響いた。

『おお、マヂカ! 元気でなによりじゃ!』

「将門さまも、お元気な様子で安心しました」

『おまえも大変だな。令和の日本も手がかかるが、こんな関東大震災の手伝いまでしてもらって』

「いやはや、ま、これも運命かと……」

 思いながら、この時代に飛ばされたのは、ひょっとしたら神田明神の陰謀? ふとよぎったが、口には出さない。

 言葉を継ごうとしたら、ひそかの向こうで風の音がする。

「将門さま、外に出ておられるのですか?」

『アハハ、いまの神田明神には外も内もないんでな』

「え、それは?」

『地震で、本殿も拝殿も壊れてしまってな。いまは、青空明神じゃで、ガハハハハ』

 そうだったのか、帝都の総鎮守。クロ巫女も神田の町は無事だと言っていたので安心したが、神田明神自体は、相当な被害が出ているようだ。

『今度はな、神主たちが鉄筋コンクリートで社殿を復興すると張り切っておるよ。なあに、江戸っ子は、この程度ではへこたれん』

 そうだったんだ。

 神田明神の鉄筋コンクリートの社殿は戦災で焼けたものと思い込んでいたが、あれは震災後に建て替えたものだったんだ。

 この時代は、ヨーロッパやロシアに居続けだったので、国内の事には、ほとんど構っていられなかったんだ。

「それは何よりです。しかし、わざわざ電話をしてこられたというのは?」

『そうなんじゃ、社殿もこのありさま。今のところは、神田の町を護るのが精いっぱいで、東京全域にわたっては目が届きかねる。すまんが、見通しがつくまでは、この大正時代に留まってくれんか』

「はい、それは構いません」

 とっくに覚悟していることなので問題は無い。

『ここに居る間は、西郷が出来る限りの事はしてくれる。西郷も、黄昏時には動き出せると思うので、話を聞いてやってくれ』

「承知しました」

 承知しながら、上野公園に来てから、西郷さんの姿を見かけていないなあと思い返す。

『それから、摂政の宮に危機が迫る』

「それなら、先ほど……」

 言問橋で摂政の宮に襲い掛かる妖どもをやっつけたばかりだ。

『それは、まだまだ序の口だ。来年、虎ノ門で大変なことがおこるが、これは、直接には妖どもは関わっておらん。人間どもの所業なので、魔法少女と言えど、直接には手が出せん、手が出せんように震災直後から人も妖も動き始めておる』

「それは……」

『これに対抗できるのは、高坂のおてんば娘しかおらん』

「霧子が……」

『よく導いてやってくれ。西郷と相談して、霧子を励まし、鍛えて難局に立ち向かってくれ』

「はい」

『すまんな、苦労ばかり掛けて……令和の時代に戻ったら訪ねてきてくれ、労をねぎらいたい』

「承知しました、また、ジャーマンポテトを作ってお伺いします」

『ああ、楽しみにしているぞ』

 ひそかの向こうに『お上、お体に……』クロ巫女の囁きが聞こえた。将門さまも無理をしておられるようだ。

 ひそかを切ると、いつのまにか糸電話大会は終わって、鬼ごっこに代わっていた。

 むろん、先頭に立っているのはノンコだ。

 わたしでは、あそこまで子どもの遊びに付き合ってはやれない。

「すまん、オレにはこれぐらいの労いしかできんが」

 ブリンダが、巣に戻って、そっとコーヒーのマグカップを置いてくれた。

「ありがとう」

 持ち上げて、口元に持っていくと、コーヒーの香りと温もりがとても愛おしく感じられ、不忍池の向こうに差し掛かる日輪が上野の山を淡い茜色に染めはじめた。

 

※ 主な登場人物
•渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
•要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
•藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
•野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
•安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
•来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
•渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
•ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
•ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物
•高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
•春日         高坂家のメイド長
•田中         高坂家の執事長
•虎沢クマ       霧子お付きのメイド
•松本         高坂家の運転手 

 

 
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