60 / 72
60『あいつのいない世界』
しおりを挟む
真夏ダイアリー
60『あいつのいない世界』
ショックだった。
学校に行ったら、省吾がいなかった。早く来ていた玉男に聞いてみた。
「省吾は?」
「え……だれ、それ?」
わたしは、あわてて省吾の席をチェックした。机の中にオキッパにしている教科書を見て、息が止まった。
井上孝之助という名前が書いてあった……。
教卓の上の座席表もチェック……省吾の席は「井上」になっており、座席表のどこを見ても省吾の苗字である「春夏秋冬(ひととせ)」は無かった。
「どうかした?」
玉男が、ドギマギしながら声を掛けてきた。
「ううん、なんでも」
友だち同士でも、これは聞いちゃいけないような気がしてきた。
「な、なにかお手伝いできることがあったら言ってね」
「うん、その時は。友だちだもんね」
そう返事して、下足室に行ってみた。
やはり、そこは「井上」に変わっていた。諦めきれずに、学年全部の下足ロッカーを見て回ったが、あの一目で分かる「春夏秋冬」の四文字はなかった。
そのうち視線を感じた。
必死な顔で、下足のロッカーを見て回っているわたしが異様に見えるようで、チラホラ登校し始めた生徒達が変な目で見ている。
――真夏、なにかあったのかな――
――アイドルだから、いろいろあるんじゃない――
そんな声が、ヒソヒソと聞こえた。
そうだ、わたしはアイドルグループのAKRの一員なんだ……そう思って、平静を装って教室に戻った。
玉男からも、変な視線を感じた。友だちなんだから、言いたいことがあれば直接言えばいいのに。そう思っていると、後ろの穂波がコソっと言った。
「真夏、玉男に『友だち』だって言ったの?」
「え……うん」
「どうして、あんな変わり者に……本気にしちゃってるわよ」
――まさか!?
悪い予感がして、C組に行ってみた。
「うららちゃん、誰かと付き合ってる?」
由香(中学からの友だち)は妙な顔をした。
「真夏、うららのこと知ってんの?」
「え……なんでもない。人違い」
「気をつけなさいよ。下足でも、あんた変だったって。アイドルなんだから、なに書かれるか分からないわよ」
「う、うん、ありがとう。ちょっと寝不足でボケてんの」
その日は、自分から人に声をかけることは、ひかえた。どうも省吾は、この乃木坂高校には進学していないことになっているようだった。そして、もう一つ悪い予感がしたけど、怖くて、共通の友だちである由香にも聞けなかった。
放課後、省吾の家に行ってみた。用心してニット帽にマフラーを口のあたりまで上げておいた。
で、もう一つの悪い予感が当たった。
省吾の家があった場所には似ても似つかぬ家があった。むろん表札も違う。
省吾は、この世界では、存在していない……。
気がつくと、公園のベンチに座って泣いていた。わたしは、自分の中で、省吾の存在がどんなに大きかったか、初めて気づいた。
中学からいっしょだったけど、こんな気持ちになったのは初めてだ。どこか心の底で分かっていたのかもしれない。あいつは未来人で、どうにもならない距離があることを。でも、でも……。
「好いていてくれたんだね、省吾のことを」
後ろのベンチから声がした。
「……(省吾の)お父さん!?」
「振り向かないで……今朝の下足室のことを動画サイトに投稿しようとした奴がいるけど、アップロ-ドする前にデータごと消去しときました。省吾は、もう高校生で通用するような年齢ではなくなってしまったので、この世界には存在しないことにしました」
「もう会えないんですか……」
「高校生の省吾にはね……でも、いつか、あいつの力になってもらわなきゃならなければならない時が来る。その時は、また力になってやってください。今度は、あんな無茶はしないはずです。それまで、真夏さんは、ここで、アイドルとして夢を紡いでいてください」
「お父さん……」
「じゃ、わたしは、これで」
立ち上がる気配がしたので、わたしは振り返った……そこには九十歳ほどの、白髪になり、腰の曲がった老人の後ろ姿があった。
「わたしも、省吾のタイムリープのジャンプ台になっているんで影響がね……じゃあ」
後ろ姿はモザイクになり、数秒で消えてしまった……。
60『あいつのいない世界』
ショックだった。
学校に行ったら、省吾がいなかった。早く来ていた玉男に聞いてみた。
「省吾は?」
「え……だれ、それ?」
わたしは、あわてて省吾の席をチェックした。机の中にオキッパにしている教科書を見て、息が止まった。
井上孝之助という名前が書いてあった……。
教卓の上の座席表もチェック……省吾の席は「井上」になっており、座席表のどこを見ても省吾の苗字である「春夏秋冬(ひととせ)」は無かった。
「どうかした?」
玉男が、ドギマギしながら声を掛けてきた。
「ううん、なんでも」
友だち同士でも、これは聞いちゃいけないような気がしてきた。
「な、なにかお手伝いできることがあったら言ってね」
「うん、その時は。友だちだもんね」
そう返事して、下足室に行ってみた。
やはり、そこは「井上」に変わっていた。諦めきれずに、学年全部の下足ロッカーを見て回ったが、あの一目で分かる「春夏秋冬」の四文字はなかった。
そのうち視線を感じた。
必死な顔で、下足のロッカーを見て回っているわたしが異様に見えるようで、チラホラ登校し始めた生徒達が変な目で見ている。
――真夏、なにかあったのかな――
――アイドルだから、いろいろあるんじゃない――
そんな声が、ヒソヒソと聞こえた。
そうだ、わたしはアイドルグループのAKRの一員なんだ……そう思って、平静を装って教室に戻った。
玉男からも、変な視線を感じた。友だちなんだから、言いたいことがあれば直接言えばいいのに。そう思っていると、後ろの穂波がコソっと言った。
「真夏、玉男に『友だち』だって言ったの?」
「え……うん」
「どうして、あんな変わり者に……本気にしちゃってるわよ」
――まさか!?
悪い予感がして、C組に行ってみた。
「うららちゃん、誰かと付き合ってる?」
由香(中学からの友だち)は妙な顔をした。
「真夏、うららのこと知ってんの?」
「え……なんでもない。人違い」
「気をつけなさいよ。下足でも、あんた変だったって。アイドルなんだから、なに書かれるか分からないわよ」
「う、うん、ありがとう。ちょっと寝不足でボケてんの」
その日は、自分から人に声をかけることは、ひかえた。どうも省吾は、この乃木坂高校には進学していないことになっているようだった。そして、もう一つ悪い予感がしたけど、怖くて、共通の友だちである由香にも聞けなかった。
放課後、省吾の家に行ってみた。用心してニット帽にマフラーを口のあたりまで上げておいた。
で、もう一つの悪い予感が当たった。
省吾の家があった場所には似ても似つかぬ家があった。むろん表札も違う。
省吾は、この世界では、存在していない……。
気がつくと、公園のベンチに座って泣いていた。わたしは、自分の中で、省吾の存在がどんなに大きかったか、初めて気づいた。
中学からいっしょだったけど、こんな気持ちになったのは初めてだ。どこか心の底で分かっていたのかもしれない。あいつは未来人で、どうにもならない距離があることを。でも、でも……。
「好いていてくれたんだね、省吾のことを」
後ろのベンチから声がした。
「……(省吾の)お父さん!?」
「振り向かないで……今朝の下足室のことを動画サイトに投稿しようとした奴がいるけど、アップロ-ドする前にデータごと消去しときました。省吾は、もう高校生で通用するような年齢ではなくなってしまったので、この世界には存在しないことにしました」
「もう会えないんですか……」
「高校生の省吾にはね……でも、いつか、あいつの力になってもらわなきゃならなければならない時が来る。その時は、また力になってやってください。今度は、あんな無茶はしないはずです。それまで、真夏さんは、ここで、アイドルとして夢を紡いでいてください」
「お父さん……」
「じゃ、わたしは、これで」
立ち上がる気配がしたので、わたしは振り返った……そこには九十歳ほどの、白髪になり、腰の曲がった老人の後ろ姿があった。
「わたしも、省吾のタイムリープのジャンプ台になっているんで影響がね……じゃあ」
後ろ姿はモザイクになり、数秒で消えてしまった……。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる