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閑話2

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 鬼森虎丸は、慣れない手付きで、不揃いに切ったキャベツと人参、そして豚肉をフライパンの上で炒め合わせる。
 電子レンジの中では、水大さじ三と醤油を垂らしたカボチャが、ラップをかけた容器の中で順調に温まっている。やがて、チン、と加熱終了の音がした。
「卯月ぃ、できたぞ。皿と箸出せよ」
「はぁい」
 卯月が用意した皿の上に、肉野菜炒め盛り付ける。レンジからカボチャの容器を出して、ちゃぶ台の上に揃え、卯月が茶碗にご飯を盛って、夕食の準備が完了した。
「美味しい」
「そーかよ」
「幸太郎の酢豚のが美味しかったけど」
 そうにんまり笑う卯月の頭を、虎丸は小突いてやった。
「うるせぇ、一言多いんだよ。黙って食え」
 虎丸が怒った、と卯月がきゃっきゃっと笑う。
 カップ麺や惣菜ばかりだった時より、卯月の箸は進んでいる。こころなしか血色も良くなった気がして、虎丸は満足する。
 ──幸太郎に感謝だな。
 そう思って、レシピを書き残してくれた、あの変な男を思い出す。
 虎丸と同じく妖怪退治業に身を置いているようだが、あのビクビクオドオドした態度で、よく妖怪どもと対峙できるものだ。いや、彼が時々見せる変な度胸を、仕事の場では発揮するのかもしれない。
 あいつと戦ったら、結構面白い戦いになるかもしれないな。
 そんな事を考えて、虎丸は苦笑した。『鬼森』の悪い癖だ。すぐ、他の妖怪退治人と戦うことを考えてしまう。
 いつまでもこんな風ではいけない。すべてが終わったら、虎丸は妖怪退治業から足を洗い、今後は卯月のために生きていくのだから──。
 そこまで考えて、ふと、虎丸に迷いが生じる。
 別に、今すぐそうしたっていいんじゃないだろうか。『協会』に籍の抹消を願い出て、受理されなければどこかへ逃げて。卯月はまっとうに小学校に通って、妖怪退治とも呪殺とも、なんの関係もない普通の生活を営んでいく。
 だが、兄・龍彦の顔が頭に浮かぶ。虎丸と卯月に笑いかけ、『お前たちは何も心配するな』と頭を撫でてくれた、大きな温かい手。『協会』で遺体と対面した時に見た、そのあまりに無惨な死に顔。
 途端に、虎丸の胸に激しい憎しみが渦巻く。
 やっぱりだめだ。『土門』への復讐を果たすまでは、俺は絶対に止まることはできない。
 我知らず、眼光が鋭くなっていたのだろう。卯月が心配そうな顔で小首を傾げ、
「虎丸?」
 と問いかけてくる。それに安心させるように笑ってやった。かつて、兄の龍彦が浮かべていたのと、よく似た笑顔だった。
 その時、一階では、鬼森一家の郵便ポストに、一通の手紙が投げ入れられたところだったが、兄妹がそれを知るのは、まだ後のことになる。
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