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適材適所
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しおりを挟む「鬼だ。鬼がいる。いや、もともと鬼がいるのは知っていたけど、鬼が増殖している」
「……これは突っ込み待ちなのか?」
一旦宿屋に立ち寄り、ラフェの身支度を整えた後。三人は早速街に繰り出していた。馬を見るだに恐怖の眼差しを向けて震えるラフェに配慮して、三人揃って徒歩である。よほど簀巻きが応えたらしい。これは暫くラフェの手綱としてリートが利用するだろうなぁ、と内心同情気味のヴィディーレである。
「そもそも。お前が魔物だの、なんだのを見かける度に飛び出していくのが悪い。挙句に、同業者(冒険者)を見た瞬間に突撃していって、決闘だ!なんて叫ぶ馬鹿がどこにいる」
そう。これがラフェが簀巻きにされていた理由。動くものを目にするたびに、目を輝かせて突撃していく脳筋に、ブチ切れたヴィディーレが、笑顔で簀巻きにしたのだ。アレは巨大スズメバチの巣に突撃したラフェに巻き込まれて全身ボロボロになった時だったか。かのリートですらそっと目を逸らす程には、麗しい笑みであったとか、なかったとか。
「そこに居るな」
「リートさん。微妙な突っ込みは今はいらないです」
どこまでもマイペースな策士殿にはご退場いただき、ヴィディーレは深々とため息をついた。当の脳筋はというと、ぷぅと頬を膨らましてご立腹の様子。全く可愛さの欠片もない。
「しゃーないだろ!鍛錬だ!」
「鍛錬になる前にボコられて、後始末するのは俺だぞ。学習しろ」
「だってだってだってさ!せっかくのデュオだぜ!張り切って鍛錬するのは当然だろ!」
「いや。全く意味が分からない」
理論が破綻している戦闘狂に説明を求めた方が間違いだったか、と蟀谷を揉んでいたヴィディーレ。ついつい、と服の裾を引っ張られ、視線を流す。そして、なんとも言えない顔のリートが指し示す先を見て。デン、と張られた誇らしげな広告に書かれていたのは。
「……月に一回、デュオ名物武闘大会」
「運が良いのか悪いのか。開催は明日からだ。受付は今日まで。飛び込み参加も、明日までなら可能らしい」
「…………なるほど」
悟った顔が二つ並んだのは、無理あるまい。
翌日。三人は揃って闘技場を訪れていた。
「流石に名物って言うだけあって凄いな」
「ああ。これを目当てに腕利きが目指してくることも多いらしい。ここの冒険者ギルドも規模がデカかったしな」
「パワー自慢か、スピード自慢か。あるいは、オールラウンダー?いや、まじで楽しみだわ」
ひひひ、と不気味な笑いを零して遠巻きにされている男は無視して、サクサク進むリートとヴィディーレ。あたりには、一目見て強者と分る者達がゴロゴロと居る。どうせなら、と参加を決めたヴィディーレも、徐々に乗せられてきたのか、凄絶な笑みを浮かべ始める。何のかんのとラフェを馬鹿にはしていても、ヴィディーレ自身もなかなかの戦闘狂なのだ。ワクワクしない訳がない。そんな二人を見やるリートは呆れ気味だ。
「俺には理解できんな。どうしてそうも戦闘という行為を楽しめるのか」
「こればっかしは、実際に闘うものにしか分らんさ」
「おうともよ。戦場の高揚感、強者との一瞬の気のゆるみも許されない駆け引き、体に走る痛みが生きてる事を実感させてくれる……!」
「なるほど。戦闘狂はマゾヒストの代名詞か」
「色々と誤解を生む台詞だな!」
やんやかんやと騒いでいると。あーあー、テステス!と声が響き。あたりが静まり返った。
「拡声魔法か」
大勢の人に声を伝える時によく利用される魔法を使用し、進行係であろう女性の声が離れた者達にまで届く。暫く魔法の調子を調べていたのであろう女性は、満足したのかすぐに内容に映った。
「ただいまより、武闘大会の予選を開始いたします。選手の皆さまは、振り分けられたブロックごとに記載されたトーナメント表を確認し、準備してください!一回戦目はすぐに執り行われますので、お急ぎください!」
アナウンスが流れるや否や、人が殺到し、掲示板に群がっていく。巨大な掲示板に大きく書かれているため、すぐに名前は見つけられるようになっている。
「おっと俺は午後だな」
「うっし!第三試合だから、かなりすぐだな!」
ヴィディーレが先に自分の名前を見つけ、頷いた。その隣で、やる気満々のラフェが、既に大剣――クラウ・ソラスに手をかけ暴れ回る寸前である。このまま最終試合まで待つ事になっていたら、面倒な事になっていたかも知れない。
「ラフェ。落ち着け。落ち着かない場合は簀巻きにするぞ」
「すみませんでした」
……前言撤回。絶対零度の空気を纏ったリートが、美しい笑みで威圧し、ラフェを震え上げさせる。いいコンビだよ、と他人ごとに思いつつ、ヴィディーレは苦笑した。
武闘大会といっても、ピンからキリである。特に、予選の最初の方は、左程洗練された熱い試合が行われる方が少ない。その分、サクサクと進んでいき。
「うっしゃあ!行ってくらぁ!」
「はいはい。いってこい」
あっという間に順番の来たラフェが、勢いよく飛び出していった。自分の試合まで時間のあるヴィディーレと、参加するどころか興味の欠片もないリートは、時間つぶしも兼ねて観戦する事にした。ひらひらと手を振って面倒そうに送り出したリートは、既に膝に肘をつき、つまらなさそうに見つめている。相手を見ると、素人に毛が生えた程度の、駆け出し冒険者のようだ。経験値も浅そうだ。ふぅん、と呟いたヴィディーレは、ふと思いつきリートに声を掛ける。
「なんか運がよさそうだな」
「ああ。半分素人だろう。普通に考えれば簡単に勝てる相手だ。ラフェのやつ、無駄に運だけはいいからな」
これまでの短い間を振り返って、ヴィディーレはその意見に頷いた。あれ程までに戦闘音痴の癖に、やたらと逃げ延びているのだ。運が良くなければとっくに死んでいただろう。
「何回戦まで行くか賭けないか?」
「乗った」
面白半分に提案してみると、思った以上に簡単に諾の返事が。一瞬虚を突かれて隣の青年を見下ろすと、片眉を上げられる。
「なんだ」
「いや。トーナメント表を見る事はあったが、知らない名前ばっかりだし、簡単に予想はつかないのではと思ったからな。乗ってくるとは思わなかった」
「ああ。負け戦には興味ないからな」
つまり、今回は確実に勝てる確信があるという事。一体どこに根拠を見たのか、と考え込む。この腹黒策士に頭脳で挑んでも厳しいことは知っているが、この程度の遊びである。しばし考え込み、顔を上げる。待っていただろうリートと呼吸を合わせ。
「一回戦負け」
「二回戦負け」
どちらにせよ、情け容赦ない予想に二人して遠い目をする。いやいや、と引きつった顔でヴィディーレが必死にフォローを入れる。
「相手は素人だぞ!いくらラフェとてそれに負けるとは」
「馬鹿め。いいか、よく考えろ。何を隠そう、あのラフェだぞ。どう計算したところで……」
その時丁度試合開始の鐘が鳴り。
「カッコつけて名乗りを上げている間に倒されるに決まっておろう」
「……」
名乗りを上げている間に、がむしゃらに突っ込んできた相手に驚き、たたらを踏んだ結果。思い切り尻もちをついて首筋に剣先を貰って瞬殺。がっくり項垂れるラフェと、嬉しそうに雄たけびを上げる対戦相手の対比が面白かったのだろう。拍手とともに、笑い声が響いている。
「……相棒を信じてやれよ」
「信じているとも。信じているから、即答でヤツの行動が読める。いいから金よこせ。俺の勝ちだ」
そうしてヴィディーレから金を巻き上げてうはうはなリートだったとさ。
それとは別の場所で、別の時間。とある男が気だるげに試合の様子を見ていた。そして、有る一点を何気なく見やり。
「?!」
椅子を蹴飛ばして立ち上がった。大きな音がしたにもかかわらず、愕然とした面持ちで録画の様子に食い入っていた。
「あ、れは。クラウ・ソラス……?!間違いない、それにあの顔……」
その男は、ぐっと眉間にしわを寄せ考え込んでいた。そしてやおら踵を返すと、部屋を出て行った。
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