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始まり

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 結果から言えば、少年の母、マーテルは徐々に回復していった。渋々ではあったものの、リートはきっちりと仕事をしたようだ。薬を精製し、量が少ない事を理由に、治療法を変えたり何なりと色々やっていたようだ。

 その間、ヴィディーレはギルドに今回の事を報告したり、ギルドからの依頼を受けたりとそこそこ忙しくしていた。暇だからとラフェがくっ付いて回ったのは予想外だったが。

 因みに、ギルドからプエルやパテルに厳重注意が下った。プエル自身も反省しているようだし、噂話でダンジョンの危険性が囁かれたり、ギルドからの情報公開などもあり、住民達も街を出る際は警戒するようになった。結果オーライと考えてもいいだろうとヴィディーレは思った。


 ――――――――――

 「ったく、折角の剣を潰す気かこのガキ」

 ダンジョンから戻り、大分刃毀れしたデュランダルを例のドワーフの元へと持ち込むと、剣の有様に押し黙り、次の瞬間大きな雷を落とされた。事情を話すとどうにか分かってもらえ、手入れもして貰えることになったが、ダンジョン以外であそこまで冷や汗をかいたのは初めてだったとヴィディーレは振り返る。そうして暫く預けていたのだが、約束の日が来たので、受け取りに行くことにしたのだ。

 今度も朝早く店に行くと、店主はヴィディーレの顔を一瞥して奥へ引っ込んだかと思うとデュランダルを手に現れた。勿論、小言兼愚痴をこぼすのも忘れない。言い返す言葉も無い、と苦笑して受け取る。一旦鞘を払い確認すると、礼を述べ報酬を払おうとする。だが、其れよりも先に、手に持っていたもう一振りを無言のままラフェに突き出す。

 ヴィディーレがデゥランダルを手入れして貰う為この店に行くと告げたら、案の定興味津々で付いてきたのだ。その背には立派な大剣が下げられており、絶対に渡すなよ返ってこないぞ、と散々脅しラフェも引きつった顔で頷いていたのだが、いざ店に入り交渉している最中、目を輝かせ室内を見ているラフェの大剣に目敏くも目を止めた店主が置いていけ、と凄まじい力で引き剥がし、鼻息荒く奥へ放り込んだのだ。

 慌てて返せと言ったのだが、そのまま二人してペイっと外に捨てられ今に至るのである。因みに言うと、何度も店に通ったが、closeの看板の前に撃沈し、今日の受け取りに同行することで落ち着いたのだ。

返してもらうにはどうしたらいいかと散々案を練って来たのだが、それを実行する前に剣を返され、ぽかんとする二人。

 「要らんのか、ええ?」

 業を煮やして店主が低い声を出す。慌てて受け取ったラフェは、自分の剣が手入れされていることに気付き、困惑する。

 「ええと、ありがとう、ございます?」

 それでもひとまず礼を言う所がラフェらしい。リートであれば、何の真似だと噛みついていただろう。青年二人は顔を見合わせ、店主を振り返る。どこからか煙管を取り出して吸っていた店主が、ふわりと煙を吐き出して呟く。

 「クラウ・ソラス」

 刹那、ラフェの気配が一変する。ヴィディーレは反射的に飛び退りデュランダルの柄に手をかける。ラフェの今の気配は、クエレブレに対し最後に見せた気配そのもので、ヴィディーレですら、命の危険を感じるものだった。混乱しつつ何時でも動けるようにしていると、店主が気配に気づいているだろうに動じることなく、再び煙管を吸って長く吐く。

 「そう警戒しなさんな。誰にも言いやしねぇよ」
 「……」

 それでも気配が元に戻らないラフェにヴィディーレは言い知れない不安感を抱く。初めから二人は何処か、と言うより何か隠していた。それに関する何かなのか。飄々とした温和なラフェを一変させる何かが。

 「この目で伝説級の代物を見れる日が来ようものとはな。ドワーフ冥利に尽きるぜ」

 やれやれと頭を振って、店主が煙管の先でラフェを指す。

 「おいそれと手にできない名剣だ。普通なら威張り歩いても不思議じゃねぇ。だが、それをする所か認識阻害の魔法までかかってる。加えて」

 スッと目を細めた店主が重々しく言う。

 「お前さん自身、そうとう厄介なモン抱えてんな」

 ジャキと音を立ててラフェの手が大剣、クラウ・ソラスの柄にかかる。とっさにヴィディーレが叫ぶ。

 「止めろラフェ!」
 「そうさな、止めとけ。無駄だ」
 「……無駄とは?」

 今まで聞いた事の無い低い声。ピリピリとした空気を纏い青年が問う。対するドワーフは一切揺らぐことなくニヤリと笑う。

 「簡単なこった。俺たちは人間と違って約束はぁ守る。お前さんが知られたぁ無いってなら俺は喋らん。手入れを見られない様に店だって閉めた」

 その言葉にラフェが押し黙る。ドワーフの頑固さは有名な話。信用できると思ったのだろう。しかも、店まで閉めたのだから本気なのは嫌でも理解できる。ラフェの体から力が抜けるのをみてヴィディーレはほっと息をつく。とは言え、今だ柄から手の離れないラフェに対応出来るよう、彼も剣の柄から手は離さないが。

 「俺たちドワーフだってな、エルフとまでは行かねぇが人間よりゃあ魔法だのに鼻が効く。それで分かっただけだ。そう警戒すんな」

 再び煙管を加えた店主が煙を吐く。

 「理由も訳も聞かねぇ。ソイツ自身がお前さんを主に選んでるみたいだし、お前さん自身も使いこなせるだろうから言うこたぁ無ぇ。俺に出来る事をやっただけだ。後は自分でどぉにかしな」

 そう言って背を向けるとシッシッと手を振る店主。ややあって、完全に力を抜いたラフェが頭を下げる。

 「悪かった。ありがとう」

 ヴィディーレの置いた金の入った袋の横にラフェもまた同じように置くと踵を返す。戸惑っているヴィディーレの横を抜け扉に手をかけたとき。

 「その手の武器持ってるヤツは大概何か成し遂げなきゃなんねぇ奴だ。剣は持主の思いに応える。せいぜい頑張んな」

 素っ気ない激励に肩を揺らしたラフェ。ふっと振り返ると、ニヤと笑顔を見せる。

 「あんがとな、店主」

 何処か憑き物が落ちたような笑顔にヴィディーレが毒気を抜かれている間にさっさと出ていくラフェ。動けないヴィディーレに、店主がぼそりと呟く。

 「置いてかれてんぞ、兄ちゃん」

 はっと我に返ると慌ててラフェを追う。

 「すまん、また!」

 店を飛び出すと、いつかの様に朝霧の中、ヴィディーレは走り出した。

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