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始まり
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フィーユ、フィーユ。
海鳥達が愉しそうに囀りながら頭上を飛び去っていく。眩し気に目を細めたヴィディーレは眼前に広がる青海に視線を移した。
――――――――――
ふらりと前の街を飛び出して気の向くままに辿り着いた先。それが今いる港町ムーティーニ。海産物が有名な活気あふれる街である。街の奥に広がる海は碧く輝き、幻想的な光景を醸し出している。いつまでも魅入っていたい気もするが、既に数十分もの間立ち止まったままであった事もあり、これからいくらでも見れるだろうと無理やり足を動かす。
新しい街に到達した彼が真っ先にすることはいつも同じ。その街のギルドに一時滞在を登録して仕事を得るための準備をすることだ。また、冒険者は各地で金を落としていくこともあり、大抵の街では歓迎される。それゆえ、ギルドに行けば格安の宿を紹介してくれるだろうという打算もあった。
とりあえず街に入ったものの栄えている街らしく広大な面積を誇るため、なかなかギルドまで到達できない。しかし、別に急いだところで何かあるわけではない。その為、どうせなら、と街の各地で拡げられている露店を冷やかしながらのんびりと街散策をすることにする。
「いらっしゃーい。新鮮な果物はいかがかね?」
「味の沁み込んだ美味い串焼き要らんかねぇ?」
「そこの冒険者のお兄さん!ここで防具を一新するのはどうだい?」
勢いよく飛び交う客寄せの言葉。香ばしい匂に釣られたり、防具を勧められたりとなかなか楽しい。旅の直後な為、そこまで懐が温かい訳ではないがこれから稼げると思い直し、特産である魚の塩焼きを買ってかぶりつく。適度な塩気とあっさりしてはいるもののはっきりとした旨味が絶妙で舌鼓を打つ。
「そこは、魚じゃなくて肉食おうぜ兄ちゃん!」
「今着いたばっかだからとりあえず特産品食いたかったんだよ。また今度な」
食道楽の彼は各地の名産品を食べることが何よりも楽しみなのだ。ニヤニヤと笑いながら声を掛けてくるおっちゃんに苦笑を返しつつ魚にかぶりつく。
冷やかしているのか、絡まれているのか分からない様な状態になりつつ、ヴィディーレは漸くギルドに辿り着いた。そうして。
「うぇい」
その立派過ぎる佇まいにあっけに取られる。古典的かつ芸術的なその建物は一見するとただの博物館、もしくは文化的価値のある建物である。白を基準としたその建物は、冒険者ギルドの建物としては恐ろしく不釣り合いで。
「合ってんだよな?」
ヴィディーレは思わず頭を掻く。そうはいうものの、立ち竦む彼を横目に明らかに冒険者という身なりを中心とした老若男女がその館に吸い込まれていく。意を決したヴィディーレもまたギルド会館のドアを押した。
建物の中は、想像以上に明るかった。天井付近に多く取り付けられた大きな窓ガラスから光が温かく差し込み、ともすれば冷たい印象を持つはずの白い漆喰の壁を柔らかな雰囲気へと昇華させている。静かで、何処か荘厳。それでいて重苦しくないその雰囲気に呑まれつつ、完成された美を持つこのギルド会館をヴィディーレは気に入った。
「このギルド会館、綺麗でしょう?」
はっと気が付くと、ヴィディーレはギルド受付の前に立っていた。意識を現実に引き戻しつつ、受付嬢に苦笑する。
「すまない。受付でぼんやりして。ここまでの建造物は滅多に見たことがないもので」
「ふふふ。初めての方は大体同じ反応をしますのでお気になさらず」
愛嬌ある顔立ちをした受付嬢は、くすくす笑うと穏やかな瞳をヴィディーレに向ける。
「ムーティーニのギルド会館へようこそ。ご用件はなんでしょう」
「暫くこの街に滞在するのでその登録を。仕事を斡旋してもらいたい」
「かしこまりました。それでは冒険者カードを見せてもらえますか?」
ヴィディーレは頷くと外套のポケットから無造作に取り出すと受付嬢に渡した。冒険者カードは全国共通で一旦交付されればどこでも通用する万能身分証明書になる。冒険者カードに記載されているのは名前とランク、年齢、カードを申請した都市等。魔力が込められている為、偽装は不可能。また、名前と都市以外は個人情報であるとして閲覧不可にすることが可能だ。最も、ギルド会館にある機械はその情報をすべて引き出せる。そしてその情報を基にギルドの方から仕事を斡旋するシステムなのである。
「Aランクですか。凄いですね」
目を丸くして呟く受付嬢にヴィディーレは再び苦笑する。Aランクに昇格してからというものの、どこへ行ってもその反応をされる。慣れはするが、こそばゆいのはどうしようもない。
「何かあるか?」
「あ、はい。少々お待ちください」
そう言って受付嬢は奥へ入っていく。Sランクは勿論、Aランクの数は少ない為、受付に相当の依頼書何ておいていない、と以前ダグラスが言っていたのを思い出しクスリと笑う。ギルド会館や出入りする人達を観察しつつ待っていると、受付嬢が戻ってくる。
「こちらはいかがでしょう」
そう言って手渡された紙に書いてあったのは。
「ダンジョン攻略?」
「はい。このファデルシタットはごく最近発見されたダンジョン何です」
小さく頷く受付嬢。その声に憂いの色を聞き分け顔を上げると、緊張と畏れの入り混じった瞳をしている。そのうえ、ファデルシタットの名が出た瞬間、ギルド会館内が一瞬ざわめいた。それとなく視線を走らせたヴィディーレは姿勢を正し、聞く体制に入る。
「現段階で攻略率は百パーセント。推定ダンジョンランクはBとなっています」
それを聞いたヴィディーレが首を傾げる。
「百パーセントなのにダンジョン攻略?それにBランクならそれほど珍しいモノではないだろう?」
ダンジョンのランクもまたCランクが一番多い。とは言え、BランクやDランクはそれに次ぐ発見数である。それに、攻略が百パーセントも進んでいるのであれば、攻略済みと言って良い。特に問題があるとは思えない。にもかかわらず、受付嬢の様子といい、先程のざわめきといい、少し妙である。
「ただのBランクダンジョンであれば問題は無いのですが……」
受付嬢が言いにくそうに口ごもった後、意を決したように口を開く。
「ダンジョン攻略に挑んだ冒険者に行方不明者が出ているんです。それだけならばハッキリ言って問題はありません。そういう職ですから。問題はその数です」
冷徹ともとれる言葉を吐いた受付嬢はヴィディーレをキッと見上げ告げる。
「初期から行方不明者は多少おりましたが、攻略が進むにつれてその数が爆発的に増えてるんです。今となっては攻略に挑んだ全体数の約四割以上が行方不明となっています。それも、割合的には高ランクの冒険者が中心的に行方不明になっていまして」
ヴィディーレは思わず息をのむ。自分の冒険者ランクに対応するランクのダンジョンであれば、よっぽどのことがない限り途中で力尽きるということはない。ダンジョンランクも、冒険者ランクも冒険者ギルドの方で厳格に審査され、少しでも死傷者を出さない様にという配慮がされているのだ。それ故に、ランクを守る限り、ダンジョンにおける行方不明者はゼロに近くなるはずであるし、身の程をわきまえない愚か者が斃れた所で、三割も行かないだろう。にもかかわらず四割以上という数字が出るということは。
「仮とはいえ、ランク設定が間違っているのでは?」
ヴィディーレは前提を確認する。受付嬢はというと、深刻な顔で頷く。
「ギルドもまたその可能性を鑑みて攻略に挑み、帰還した冒険者に話を聞いたのですが、出現する魔獣のランクといい、ダンジョン内部の様子といい、Bランクが精一杯なんです」
「要するに原因不明、と」
ヴィディーレは成程と頷く。だからこそ、先程の反応か。納得していると受付嬢が続ける。
「現在では、Aランク以上の冒険者を中心に、少なくともパーティーの半数はBランク以上という制約を設けています。それでもなお行方不明者が出ている状況なので制約を更に引き締めつつ、他の街の冒険者ギルドに応援要請をすることを検討されています。ヴィディーレさんはソロの様ですので、ギルドとしてはあまりお勧めできないのは確かなのですが……」
「そうは言っていられないか」
「はい」
確認するように呟くヴィディーレ。受付嬢は固い面持ちで頷く。
「とはいえ、この依頼もまた拒否できます。どうしますか?」
「いや、これでいい」
流石に冒険者を守る為に作られた組織。冒険者の安全や意志を尊重してくれる言葉をそっと付け足してくれたが、ヴィディーレは微笑んで依頼書を受け取る。
「とりあえず行ってみてから、だな。無理はしない」
「そうですか。ありがとうございます。手続きをしますので少々お待ちください」
ほっとした顔をする受付嬢に、よろしくと声を掛けると手の中の紙に視線を落とす。
「冒険者が吸い込まれるダンジョン、か。正しく迷宮ってとこか」
面白い。
久々に血が滾るのを感じ、その整った顔に好戦的な笑みを刻む。これからの予定を頭の中で組み立てつつ、受付嬢が手続き完了の声を掛けてきたのを合図にギルド会館を後にした。
海鳥達が愉しそうに囀りながら頭上を飛び去っていく。眩し気に目を細めたヴィディーレは眼前に広がる青海に視線を移した。
――――――――――
ふらりと前の街を飛び出して気の向くままに辿り着いた先。それが今いる港町ムーティーニ。海産物が有名な活気あふれる街である。街の奥に広がる海は碧く輝き、幻想的な光景を醸し出している。いつまでも魅入っていたい気もするが、既に数十分もの間立ち止まったままであった事もあり、これからいくらでも見れるだろうと無理やり足を動かす。
新しい街に到達した彼が真っ先にすることはいつも同じ。その街のギルドに一時滞在を登録して仕事を得るための準備をすることだ。また、冒険者は各地で金を落としていくこともあり、大抵の街では歓迎される。それゆえ、ギルドに行けば格安の宿を紹介してくれるだろうという打算もあった。
とりあえず街に入ったものの栄えている街らしく広大な面積を誇るため、なかなかギルドまで到達できない。しかし、別に急いだところで何かあるわけではない。その為、どうせなら、と街の各地で拡げられている露店を冷やかしながらのんびりと街散策をすることにする。
「いらっしゃーい。新鮮な果物はいかがかね?」
「味の沁み込んだ美味い串焼き要らんかねぇ?」
「そこの冒険者のお兄さん!ここで防具を一新するのはどうだい?」
勢いよく飛び交う客寄せの言葉。香ばしい匂に釣られたり、防具を勧められたりとなかなか楽しい。旅の直後な為、そこまで懐が温かい訳ではないがこれから稼げると思い直し、特産である魚の塩焼きを買ってかぶりつく。適度な塩気とあっさりしてはいるもののはっきりとした旨味が絶妙で舌鼓を打つ。
「そこは、魚じゃなくて肉食おうぜ兄ちゃん!」
「今着いたばっかだからとりあえず特産品食いたかったんだよ。また今度な」
食道楽の彼は各地の名産品を食べることが何よりも楽しみなのだ。ニヤニヤと笑いながら声を掛けてくるおっちゃんに苦笑を返しつつ魚にかぶりつく。
冷やかしているのか、絡まれているのか分からない様な状態になりつつ、ヴィディーレは漸くギルドに辿り着いた。そうして。
「うぇい」
その立派過ぎる佇まいにあっけに取られる。古典的かつ芸術的なその建物は一見するとただの博物館、もしくは文化的価値のある建物である。白を基準としたその建物は、冒険者ギルドの建物としては恐ろしく不釣り合いで。
「合ってんだよな?」
ヴィディーレは思わず頭を掻く。そうはいうものの、立ち竦む彼を横目に明らかに冒険者という身なりを中心とした老若男女がその館に吸い込まれていく。意を決したヴィディーレもまたギルド会館のドアを押した。
建物の中は、想像以上に明るかった。天井付近に多く取り付けられた大きな窓ガラスから光が温かく差し込み、ともすれば冷たい印象を持つはずの白い漆喰の壁を柔らかな雰囲気へと昇華させている。静かで、何処か荘厳。それでいて重苦しくないその雰囲気に呑まれつつ、完成された美を持つこのギルド会館をヴィディーレは気に入った。
「このギルド会館、綺麗でしょう?」
はっと気が付くと、ヴィディーレはギルド受付の前に立っていた。意識を現実に引き戻しつつ、受付嬢に苦笑する。
「すまない。受付でぼんやりして。ここまでの建造物は滅多に見たことがないもので」
「ふふふ。初めての方は大体同じ反応をしますのでお気になさらず」
愛嬌ある顔立ちをした受付嬢は、くすくす笑うと穏やかな瞳をヴィディーレに向ける。
「ムーティーニのギルド会館へようこそ。ご用件はなんでしょう」
「暫くこの街に滞在するのでその登録を。仕事を斡旋してもらいたい」
「かしこまりました。それでは冒険者カードを見せてもらえますか?」
ヴィディーレは頷くと外套のポケットから無造作に取り出すと受付嬢に渡した。冒険者カードは全国共通で一旦交付されればどこでも通用する万能身分証明書になる。冒険者カードに記載されているのは名前とランク、年齢、カードを申請した都市等。魔力が込められている為、偽装は不可能。また、名前と都市以外は個人情報であるとして閲覧不可にすることが可能だ。最も、ギルド会館にある機械はその情報をすべて引き出せる。そしてその情報を基にギルドの方から仕事を斡旋するシステムなのである。
「Aランクですか。凄いですね」
目を丸くして呟く受付嬢にヴィディーレは再び苦笑する。Aランクに昇格してからというものの、どこへ行ってもその反応をされる。慣れはするが、こそばゆいのはどうしようもない。
「何かあるか?」
「あ、はい。少々お待ちください」
そう言って受付嬢は奥へ入っていく。Sランクは勿論、Aランクの数は少ない為、受付に相当の依頼書何ておいていない、と以前ダグラスが言っていたのを思い出しクスリと笑う。ギルド会館や出入りする人達を観察しつつ待っていると、受付嬢が戻ってくる。
「こちらはいかがでしょう」
そう言って手渡された紙に書いてあったのは。
「ダンジョン攻略?」
「はい。このファデルシタットはごく最近発見されたダンジョン何です」
小さく頷く受付嬢。その声に憂いの色を聞き分け顔を上げると、緊張と畏れの入り混じった瞳をしている。そのうえ、ファデルシタットの名が出た瞬間、ギルド会館内が一瞬ざわめいた。それとなく視線を走らせたヴィディーレは姿勢を正し、聞く体制に入る。
「現段階で攻略率は百パーセント。推定ダンジョンランクはBとなっています」
それを聞いたヴィディーレが首を傾げる。
「百パーセントなのにダンジョン攻略?それにBランクならそれほど珍しいモノではないだろう?」
ダンジョンのランクもまたCランクが一番多い。とは言え、BランクやDランクはそれに次ぐ発見数である。それに、攻略が百パーセントも進んでいるのであれば、攻略済みと言って良い。特に問題があるとは思えない。にもかかわらず、受付嬢の様子といい、先程のざわめきといい、少し妙である。
「ただのBランクダンジョンであれば問題は無いのですが……」
受付嬢が言いにくそうに口ごもった後、意を決したように口を開く。
「ダンジョン攻略に挑んだ冒険者に行方不明者が出ているんです。それだけならばハッキリ言って問題はありません。そういう職ですから。問題はその数です」
冷徹ともとれる言葉を吐いた受付嬢はヴィディーレをキッと見上げ告げる。
「初期から行方不明者は多少おりましたが、攻略が進むにつれてその数が爆発的に増えてるんです。今となっては攻略に挑んだ全体数の約四割以上が行方不明となっています。それも、割合的には高ランクの冒険者が中心的に行方不明になっていまして」
ヴィディーレは思わず息をのむ。自分の冒険者ランクに対応するランクのダンジョンであれば、よっぽどのことがない限り途中で力尽きるということはない。ダンジョンランクも、冒険者ランクも冒険者ギルドの方で厳格に審査され、少しでも死傷者を出さない様にという配慮がされているのだ。それ故に、ランクを守る限り、ダンジョンにおける行方不明者はゼロに近くなるはずであるし、身の程をわきまえない愚か者が斃れた所で、三割も行かないだろう。にもかかわらず四割以上という数字が出るということは。
「仮とはいえ、ランク設定が間違っているのでは?」
ヴィディーレは前提を確認する。受付嬢はというと、深刻な顔で頷く。
「ギルドもまたその可能性を鑑みて攻略に挑み、帰還した冒険者に話を聞いたのですが、出現する魔獣のランクといい、ダンジョン内部の様子といい、Bランクが精一杯なんです」
「要するに原因不明、と」
ヴィディーレは成程と頷く。だからこそ、先程の反応か。納得していると受付嬢が続ける。
「現在では、Aランク以上の冒険者を中心に、少なくともパーティーの半数はBランク以上という制約を設けています。それでもなお行方不明者が出ている状況なので制約を更に引き締めつつ、他の街の冒険者ギルドに応援要請をすることを検討されています。ヴィディーレさんはソロの様ですので、ギルドとしてはあまりお勧めできないのは確かなのですが……」
「そうは言っていられないか」
「はい」
確認するように呟くヴィディーレ。受付嬢は固い面持ちで頷く。
「とはいえ、この依頼もまた拒否できます。どうしますか?」
「いや、これでいい」
流石に冒険者を守る為に作られた組織。冒険者の安全や意志を尊重してくれる言葉をそっと付け足してくれたが、ヴィディーレは微笑んで依頼書を受け取る。
「とりあえず行ってみてから、だな。無理はしない」
「そうですか。ありがとうございます。手続きをしますので少々お待ちください」
ほっとした顔をする受付嬢に、よろしくと声を掛けると手の中の紙に視線を落とす。
「冒険者が吸い込まれるダンジョン、か。正しく迷宮ってとこか」
面白い。
久々に血が滾るのを感じ、その整った顔に好戦的な笑みを刻む。これからの予定を頭の中で組み立てつつ、受付嬢が手続き完了の声を掛けてきたのを合図にギルド会館を後にした。
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