緋色頭巾

神凪凛薇

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青年と少女は出会い、

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 護衛任務は、大した問題もなく、いっそつつましやかに始まった。依頼主の希望で、夜明けと共に出立した総勢20数名。どこか緊張感を孕みつつも、適度にリラックスしたメンバーの様子から察するに、護衛任務になれている腕利きたちの集団である事が知れる。

 「いいね。最高だ。アイツも、そっちの奴も、……あの重装備のヤツも手合わせしたいもんだぜ」
 「ちょっとやめてよね。口を開けば脳筋発言しかしないのもアレだけど、傷作っても手当てしないから」
 「てめぇは一言多いんだよ性悪女!つか、仕事放棄か?!」
 「依頼中の怪我については手当してあげるわよ。それ以外については貴重な薬草の無駄遣い。嫌よ」
 「薬師ってのは傷ついた人間を手当てするのが使命じゃないのか?!」
 「人と怪我の理由によるわよ」

 粛々と進む一行に混じりつつ、好戦的に目を輝かせて早速物色を始めたロランジュ。相変わらず冷やかな返答を律儀に返すヴェルテゥ。どうやら出発前の不機嫌を引きずっているらしい。八つ当たりの矛先となったロランジュについては、何時もの事とは言え哀れである。容赦ない罵倒と共に、容赦ない見捨て発現。パーティの中で、弓を使った後方支援と薬草を使った回復薬たる薬師の役を担う彼女に見捨てられるのは、命とりとなりかねない。

 ぎょっと目を見開いたロランジュ。せせら笑うように鼻を鳴らしたヴェルテゥは、そのままそっぽを向く。見事にご機嫌斜めな彼女に、はた、と思いついて聞いてみる。

 「……もし、その辺の奴らとジュールが手合わせして怪我したらどうする?」
 「決まってるじゃない。速攻で手当てするわよ」
 「理不尽?!」
 「攻撃力が低下するのを防ぐっていう正当な理由あるわよ」

 潔いほどの差別発言である。一応言い訳はするらしいが、何ともやる気のない言い訳である。なにせ、防御の要であるロランジュが抜けるのもまた痛いはずである。すぱっと無視しての発言に、馬の上でがっくりと項垂れるロランジュ。いささか周囲の視線が身に染みる。

 「ちょっち助けろジュールぅ」
 「知るか。つうか、じゃれ合うのも大概にしろ馬鹿ども」
 「はぁい」
 「なんか理不尽?!」

 せめて、と助けを求めるもちらと視線を向けてきたアジュールの瞳は冷たい。全く興味なしと言わんばかりの彼に、撃沈する。むしろ、考え事を邪魔するな、とばかりである。どうやらロランジュの味方はいないらしい。哀愁漂う大きな背中が、笑いを誘う。真面目な顔で軽快なコントを続ける奇妙な三人組に、周囲の緊張が紛れたというのは余談である。




 そんなこんなで旅路を進む一行だったが、予想に反して全くと言っていいほど危険が迫ってくる様子はなかった。非常に平穏な旅路に、警戒を解くとまではいかずとも、護衛の腕利きたちも少しばかり余裕を見せていた。
 そんなある日の昼下がり。昼休憩として足を止めた一行は、各々思いのままに休息をとっていた。一部の脳筋は、せっせと休憩時間に誰ぞに声を掛けて手合わせしては、パーティの女性に怒鳴られるという光景を飽くことなく繰り返していたが。

 「うっしゃぁ!行くぜぇ!」
 「おうよ、来いや兄ちゃん!返り討ちにしてやるぜぇ!」

 今日も今日とて始まった騒ぎを背後に、アジュールはキョロキョロと周囲を見回しつつ歩いていた。暫く探していたものの、目当てのものが見つからず、ふと立ち止まった彼は顎に手をあてて思案した。

 「……ふむ」

 おもむろに商隊の所有する荷馬車の裏を覗き込んでいく。三つ目の馬車の裏に、目当てのもの――人はいた。

 「おっとやっぱりここに居たか」
 「……」

 馬車に寄り掛かるようにして俯きがちに立っていたのは、赤い頭巾の少女。声を掛けるも、聞こえていないのか無視しているのか全く反応がない。やれやれと息をついたアジュールは、ニヤリと笑ってぱっと少女に手を伸ばした。

 「?!」

 鍛えられた者特有の無駄のない素早い動きだったにもかかわらず、相手もさるもの。触れる直前で反応したかと思うと、ぱっと身を翻し避ける。それだけではなく、そのままアジュールの伸ばされた手を掴んだかと思うと、その勢いを利用して投げ飛ばそうとする。アジュールは、投げ飛ばされる事に逆らうどころか、むしろ勢い付けると、そのまま器用に宙で回転して身軽に降り立つ。

 「流石」

 注意を己に惹きつける事に成功したアジュールが拍手をしつつ褒め称える。無理やりにもペースに乗せられたことが気に食わなかったのだろう。フードの影から覗く秀麗な顔が嫌そうに歪んでいる。まるでムシケラを見るかのようなまったく温度の無い視線に、やれやれと肩を竦めて見せる。

 「……何か御用ですか?」
 「そう邪険にするなよ。飯貰ってきたんだ。食おうぜ?」
 そう言った彼の腕には、確かにパンが幾つか器用に抱えられている。気前の良い依頼主が、パンを支給してくれているのだ。夜になると、スープがつく事もある。依頼主の妻が作るそのスープが絶品だと、ひそかな人気があったりするのだが、まあいい。機嫌よくパンを一つ放ってくるアジュール。思わず受け取ってしまったのだが、即座に返却しようとする。

 「ん?うまいぞ?」
 「……それはどうも」

 しかし、既に抱えていた別のパンにかぶりついて夢中なアジュールに押し付ける事も出来ず。しぶしぶ彼女は受け取る事にしたようだ。そのまま暫く逡巡していたようだが、諦めたように一口齧り。

 「!」
 「うまいだろう。日持ちする様にしつつも、味気なくならないようにする手腕。最高だね」

 口いっぱいに溢れる甘酸っぱいソース。挟まれた燻製肉は、香ばしいが特有な臭みがない。パン自体も、最初から固くなりにくいように作ってあるのだろう。噛み応えはあるが、食べにくい感じがない。少しあぶった穀物の香りがふわりと揺蕩い、食欲をそそる。しっかりと腹に溜まるものの、非常に食べやすいので食が進む。ついつい惹きつけられるように齧りつく少女をみて、満足そうに笑ったアジュールも、美味い食事を堪能することにした。

 剣や盾のぶつかり合う甲高い音。闘う二人をはやし立てる歓声。森の中の小さな空き地に、賑やかな音が満ち溢れる。明るい光景を見るとはなしに眺めながら、さて、この難攻不落な少女からいかにして声を引き出そうか、と思考を巡らせていた時。

 「あの人達はいいのですか?」

 思いがけず少女の方から声を掛けられ、一瞬パンを喉に詰まらせそうになる。内心焦りつつも、面に出すと即座に話を切り上げられるであろうことは手に取るようにわかるので、さり気なく咳払いして意識を整える。のんびりと残り僅かになったパンをかじりつつ、苦笑する。

 「ほっとけ。何時もあんな感じなんだ」
 「……随分と賑やかですね」
 「正直に言ってくれていいぞ。煩いってな。ついでに暑苦しくて鬱陶しいと言われても、全力で同意するだけだ」

 よくもそんな人と一緒に居るわね。と、そこまで言っていない。というのが同居したような微妙な視線を向けられる。俺もなんでアイツらと組んでるのか、疑問に思うとケラケラ笑うと、理解できないものを見る目で見られる。

 「ま、そうはいいつつも、アレがアイツなりのコミュニケーションなんだろうさ。実際、手合わせして呼吸を掴むのは仕事で組むうえで重要だしな」

 だから放ってるんだと付け足すと、ようやく納得したようだ。おもむろに手元のパンへと意識を戻した少女に、ニヤリと笑いかける。

 「なんだ?俺たちもやるか?アブナイコミュニケーション」
 「結構です」
 「連れねぇな。もっと気楽にしたらどうだ?赤ずきんちゃんよ」
 「……」

 なんとも白けた目である。流石に悪乗りし過ぎたか、と後悔しつつ髪を掻き揚げたアジュール。もともと、こういう軽薄なキャラは似合わないのだ。今日はここまでにするか、と残りの日数を数えつつ辞去しようとしたその時。

 「……ナ」
 「あ?」

 ためらいがちにぼそっと声を掛けられ、動きを止める。チラリとフードの下から視線が投げられ、ややあって不貞腐れたようにふいっと明後日の方向を向きつつ、告げられたのは。

 「グルナ」
 「グルナ……ってお前の名前?!」
 「……赤ずきんはやめて」

 何処か苦渋の決断を思わせるような苦々しさを乗せて、少女――グルナはぼそぼそと呟く。よっぽど赤ずきん呼びが気に食わなかったらしい。呆気に取られて間抜け面を披露したままの男を前に、ため息をつく。

 「名前を名乗れと言ったり、名乗ったら名乗ったで惚けるとか。別に必要ないなら好きに呼んでください」
 「い……や、なんか、教えてくれるまでまだかかるかと思っていたというか、警戒心マックスの野良猫に急に懐かれた気分というか……って待て、悪かったって!」
 「……」

 果てしなく失礼な発言に、グルナがすっと背を向け、アジュールが慌てて現実に復帰し引き留めようとする。そんな呑気な時間が流れていた次の瞬間。

 「!」
 「何だ?!」

 急激にびりびりと背筋を何かが駆け抜け、周囲に視線を走らせる。視界の隅に見えたグラナも何か感じたのか、ぱっと腰の細剣に手を当てて、周囲の様子を伺っている。他の何名かも同様で。

 「……」

 そんな彼らの様子に気付いた者達も警戒し始めたその時。

 「敵襲!数……40強!」

 見張りをしていた者が声を張り上げたと同時に、ざっという音を立てて不穏な影が湧き上がる。

 「おいおい、40って勘弁してくれよ」
 「単純に一人あたま2人と言ったところですか。大したことないですね」
 「頼むから急な脳筋発言よしてくれ。萎える」

 さっと背中合わせに並んだ二人。冷静なのか何なのか良く分からない発言に頽れそうになるも、どうにか持ち直し敵を睨みつける。

 大きな馬車を中心に、冷たい空気が吹き荒れていった。
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