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ファンタジー
その鬼は ――「真っ赤な鳥居の下」「ドライフルーツ」「走る」
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テーマは「真っ赤な鳥居の下」「ドライフルーツ」「走る」
作風的に、ドライフルーツは乾燥した果物として表現しています。
青年が魔物か人かは決めて居ないので、ご想像の通りに。
(個人的な感想ですが……鬼ってかっこいいですよね)
**********
苦しい。痛い。悔しい。
ガサガサと音を立てて茂みをかき分けて、その青年は走っていた。今にも叫び出しそうになる想いに胸をかきむしられながら、それでも青年は足を止める事が出来なかった。本当は今すぐにでも引き返したい。しかし、そうは出来ない理由がある。青年は喚き散らす感情を理性で必死に押さえつけ、一心不乱に走っていた。
青年はその場所から程遠くない所にある小さな隠れ里に住んでいた。規模こそ大きくはないが、自給自足で助け合って生きる里の者達は、穏やかで勤勉。少々面白味に掛ける程には平和な里で、子供を慈しみ、若者たちは切磋琢磨し合い、年長者を敬って、その生活を脈々と続けてきたのだ。その平穏は、突如として破られた。
縄張りや土地の恵みなどを巡って緊張関係にあった魔物が、突如としておそってきたのだ。力には自信のあった里の者達であったが、そこは数によってカバーされる。純粋な数の暴力には質で対抗することも出来ず、里の警備は瞬く間に無力化された。女子供までもが泣き叫んで逃げ惑うなか、青年は一縷の望みに掛けて里の者達に守られ、送り出されてきた。
だれでもいい。だれか、この状況を打開し、里を助けてくれる者を捜して連れ戻る為に。
しかし、この大規模な襲撃に恐れをなしてか、周辺の人間も、魔物も、動物ですら見かけることがなく。時折すれちがう魔物や動物は、明らかに逃げ遅れた弱者でしかなく、助力になれるようなものは一人足りとて居なかった。よしんばいたとして、この様な抗争に好き好んで分け入る物好きがいる者だろうか。
込み上げる不安から必死になって意識を逸らし、青年はひたすらに走る。周囲に目をくばり、気配を探り、どうやって助力を求めようか考えて――。
張り出した木の根に足を取られて、盛大に転んだ。前日雨の降ってぬかるんだ泥に突っ込んだ彼は、じわじわと沁み込んでくる水気を感じ、不快気に身を震わせた。そして、早く早くと急きたてられるように立ち上がろうとして、緩んだ地面に足を滑らせ、再び泥に沈み込む。もがく指先は力がなく、倒れ込んだことで一挙に疲労が体にのしかかってきたように感じた。最早からだをおこす事すらできない。
青年は、すまない、と心の中で呟いた。両親に、兄弟に、幼馴染に、ライバルに、近所の子どもたちに、親しかった先達たちに――。絶望に込み上げてきた涙が、つい、とその頬を濡らした。
その時。
「おい」
冷やかな声が、青年に掛けられた。
霞む視界を何とか瞬きして晴らし、辺りを見回す。いつの間にか、開けた場所に辿り着いていたようだ。綺麗に手入れされた芝生が広がっている。もう少し奥へと視線を向けると、そこには美しい朱色の柱が。否、それは巨大な鳥居だった。神々しさすら感じるそのうつくしい朱い鳥居に惹かれ、青年はゆっくりと身を起こした。全体像を視界に収めようと徐々に徐々に視線を上向けていくと。
その赤い鳥居の頂上に、人影が一つ。尊大そうな雰囲気を纏ったその男は、気だるげな様子で手にした酒瓶を煽った。立てた片膝に顎を置き、秀麗な目元を細める。身に纏う白を基調とした衣は、上等そうな光沢を放っており、傲岸不遜といった態度の男にも関わらずなぜか似合っていた。彼の座る鳥居の下で、茫然としたまま見上げてくる青年に、男は嫌そうに顔を顰めた。
「おい。聞いてんのか。何でもいいが、死ぬなら他所に行け。鬱陶しい」
全くもって優しさも容赦の欠片もない台詞に、青年は目を瞬かせた。ああ、そう言えばこの辺りには、古き神を祀る為の社があったはずだ、とぼんやり思いだす。無我夢中で走っているうちに、どうやらその場所まで辿り着いてしまったようだが、これまでのストレスでついに神の幻想を見るようになってしまったようだ。青年は自嘲した。
「……お助け下さい」
「は?」
すぐにでも何処か去っていくだろうと思っていた男は、予想の斜め上の台詞に呆気にとられた。眼下の虫の息の青年は、本気のようだ。さもありなん、青年としては最早幻想であったとしてもいい、ただその願いを誰かに聞き届けて欲しかっただけなのだ。のろのろとその場に蹲り、深々と頭を下げ、地に付ける。
「里が、襲われているのです。平和な里が、美しかった故郷が、魔物に襲われて燃えております。我らだけでは対処できず、今も若い衆が苦しみ、幼子が泣いております。どうか、どうか。ご助力願いたく」
「……意味が解らん。何故俺が。助ける理由もない。以上、帰れ」
「……」
それでもうずくまったままの青年に、男は心底嫌そうな視線を向けて、そのまますいとそっぽを向いた。グビりと酒瓶から酒を煽り。一刻、二刻と時は流れ。なんとも言い難い空気がその場に満ちて――。
「ああもう、鬱陶しいわ!なんなんだまったく!」
「どうか」
「ああ、そうかい。それなら対価としてお前の命を貰うとするか。それなら考えてやる」
どうだ、とゆるりと顔を上げた青年にニヤリと笑った男。そうは言っても己の命は惜しいだろうと思い、ちょっとでも渋る様を見せた瞬間においはらってやろうと考えて。きょとん、とした青年の台詞に再び呆気にとられた。
「それだけで宜しいのですか?」
「はぁ?」
「里を救って頂くのに、俺一つの命で済むならば。その程度で済むならば安いものです。しからば、どうかこの命で」
「まてまてまて!ちょっとまて!」
今にも自害しそうな雰囲気まで醸し出され、男は慌てて制止した。頭を抱えつつ、まじまじと青年を見つめるが、どうやら本気のようだ。むしろ、さあ早く!と言わんばかりの様子に呆気にとられ。そして。
「くっはは。なんだ、お前!」
男は吹き出した。ケタケタと腹を抱えて笑うと、目尻に滲んだ涙を拭った。たとえ、最終的に同じ結論に至るものがいたとして、その者達のどれほどが一瞬の迷いもなく、躊躇も未練もなく命を差し出せるだろうか。どれほど高潔な精神を持っていたとしても、本能は死を嫌悪する。意識的にも無意識的にも、必ず躊躇は発生するだろう。なのに、そのタイムラグが全くなかった。怖いもの知らずなのか何なのか。とにかく、青年にとって幸運な事に、代わり映えの無い日々に飽いていた男にとって久々に興味をそそられた瞬間だったのだ。
戸惑った様子で固まる青年のまえに、男は音もなく滑り降りた。ちゃぷん、と音を立てる酒瓶を肩に担ぎ直し、懐から取り出した細長いものを口に咥えると、ニヤリと傲岸に口角を上げた。つられて視線をその口元に向けると、どうやら咥えていたのは乾燥した果物のようだ。それをつまみに酒を飲んでいたのだろう。ふわりと青年の横をすり抜けた男は、ややあってゆるりと振り向いた。
「おい、行くんだろう?どっちだ」
「へ?」
動きの鈍い頭では問いが理解できず、間抜けに聞き直すと男は呆れたようにため息をついた。
「お前が言ったんだろう。助けろと。なにを惚けている馬鹿者が」
「……お出かけですか」
突然涼やかな甘い声が割って入った。その声の方を向くと、巫女服に身を包んだ美しい少女が、嫋やかに佇んでいた。優し気な笑みを男に向けた彼女は、優雅に一礼した。
「行ってらっしゃいませ」
「ああ。すぐに帰る」
先程とは全く違う角のとれたやわらかな声に混乱し、キャパオーバーを迎えた青年の頭は一周回ってようやく動き出した。いつまで惚けているんだとこづかれて、目を剥いた。
「え、本当に?!」
「あのな。行かなくていいなら行かんぞ」
半眼になられ、慌てて頭を振る。先程と違って軽い体を慌てて起こして立ち上がった青年は、深々と頭を下げた。
「感謝します。古き神よ」
「よせ。今から行くってのに早ぇだろうが、馬鹿が」
それに、と続けた男の体から、ふっと力がほとばしる。ふわりと立ち上る炎の様な力をまとった男の額には、先程なかった黒い角が二本。何処からともなく取り出した身の丈程の刀を担ぎ、獰猛に笑った。
「俺は鬼であって神ではないわ、阿呆」
ざっと音を立てて歩き出したその鬼の背中を見て、青年は身をふるわせる。怖ろしい、しかし、それ以上に魅入ってしまった。神ではないといった男ではあったが、きっとその神々しさすら感じる様に、周囲の者が神として崇めたのだろうと察した。青年に未来を占う能力も、運命を察する能力もない。だが、何故だかこの出会いが運命を大きく変える事になるだろうと確信した。
そして、その予感の通り運命は動き出す。神とも崇められる莫大な力を持った鬼と、青年の物語はここから始まる。
作風的に、ドライフルーツは乾燥した果物として表現しています。
青年が魔物か人かは決めて居ないので、ご想像の通りに。
(個人的な感想ですが……鬼ってかっこいいですよね)
**********
苦しい。痛い。悔しい。
ガサガサと音を立てて茂みをかき分けて、その青年は走っていた。今にも叫び出しそうになる想いに胸をかきむしられながら、それでも青年は足を止める事が出来なかった。本当は今すぐにでも引き返したい。しかし、そうは出来ない理由がある。青年は喚き散らす感情を理性で必死に押さえつけ、一心不乱に走っていた。
青年はその場所から程遠くない所にある小さな隠れ里に住んでいた。規模こそ大きくはないが、自給自足で助け合って生きる里の者達は、穏やかで勤勉。少々面白味に掛ける程には平和な里で、子供を慈しみ、若者たちは切磋琢磨し合い、年長者を敬って、その生活を脈々と続けてきたのだ。その平穏は、突如として破られた。
縄張りや土地の恵みなどを巡って緊張関係にあった魔物が、突如としておそってきたのだ。力には自信のあった里の者達であったが、そこは数によってカバーされる。純粋な数の暴力には質で対抗することも出来ず、里の警備は瞬く間に無力化された。女子供までもが泣き叫んで逃げ惑うなか、青年は一縷の望みに掛けて里の者達に守られ、送り出されてきた。
だれでもいい。だれか、この状況を打開し、里を助けてくれる者を捜して連れ戻る為に。
しかし、この大規模な襲撃に恐れをなしてか、周辺の人間も、魔物も、動物ですら見かけることがなく。時折すれちがう魔物や動物は、明らかに逃げ遅れた弱者でしかなく、助力になれるようなものは一人足りとて居なかった。よしんばいたとして、この様な抗争に好き好んで分け入る物好きがいる者だろうか。
込み上げる不安から必死になって意識を逸らし、青年はひたすらに走る。周囲に目をくばり、気配を探り、どうやって助力を求めようか考えて――。
張り出した木の根に足を取られて、盛大に転んだ。前日雨の降ってぬかるんだ泥に突っ込んだ彼は、じわじわと沁み込んでくる水気を感じ、不快気に身を震わせた。そして、早く早くと急きたてられるように立ち上がろうとして、緩んだ地面に足を滑らせ、再び泥に沈み込む。もがく指先は力がなく、倒れ込んだことで一挙に疲労が体にのしかかってきたように感じた。最早からだをおこす事すらできない。
青年は、すまない、と心の中で呟いた。両親に、兄弟に、幼馴染に、ライバルに、近所の子どもたちに、親しかった先達たちに――。絶望に込み上げてきた涙が、つい、とその頬を濡らした。
その時。
「おい」
冷やかな声が、青年に掛けられた。
霞む視界を何とか瞬きして晴らし、辺りを見回す。いつの間にか、開けた場所に辿り着いていたようだ。綺麗に手入れされた芝生が広がっている。もう少し奥へと視線を向けると、そこには美しい朱色の柱が。否、それは巨大な鳥居だった。神々しさすら感じるそのうつくしい朱い鳥居に惹かれ、青年はゆっくりと身を起こした。全体像を視界に収めようと徐々に徐々に視線を上向けていくと。
その赤い鳥居の頂上に、人影が一つ。尊大そうな雰囲気を纏ったその男は、気だるげな様子で手にした酒瓶を煽った。立てた片膝に顎を置き、秀麗な目元を細める。身に纏う白を基調とした衣は、上等そうな光沢を放っており、傲岸不遜といった態度の男にも関わらずなぜか似合っていた。彼の座る鳥居の下で、茫然としたまま見上げてくる青年に、男は嫌そうに顔を顰めた。
「おい。聞いてんのか。何でもいいが、死ぬなら他所に行け。鬱陶しい」
全くもって優しさも容赦の欠片もない台詞に、青年は目を瞬かせた。ああ、そう言えばこの辺りには、古き神を祀る為の社があったはずだ、とぼんやり思いだす。無我夢中で走っているうちに、どうやらその場所まで辿り着いてしまったようだが、これまでのストレスでついに神の幻想を見るようになってしまったようだ。青年は自嘲した。
「……お助け下さい」
「は?」
すぐにでも何処か去っていくだろうと思っていた男は、予想の斜め上の台詞に呆気にとられた。眼下の虫の息の青年は、本気のようだ。さもありなん、青年としては最早幻想であったとしてもいい、ただその願いを誰かに聞き届けて欲しかっただけなのだ。のろのろとその場に蹲り、深々と頭を下げ、地に付ける。
「里が、襲われているのです。平和な里が、美しかった故郷が、魔物に襲われて燃えております。我らだけでは対処できず、今も若い衆が苦しみ、幼子が泣いております。どうか、どうか。ご助力願いたく」
「……意味が解らん。何故俺が。助ける理由もない。以上、帰れ」
「……」
それでもうずくまったままの青年に、男は心底嫌そうな視線を向けて、そのまますいとそっぽを向いた。グビりと酒瓶から酒を煽り。一刻、二刻と時は流れ。なんとも言い難い空気がその場に満ちて――。
「ああもう、鬱陶しいわ!なんなんだまったく!」
「どうか」
「ああ、そうかい。それなら対価としてお前の命を貰うとするか。それなら考えてやる」
どうだ、とゆるりと顔を上げた青年にニヤリと笑った男。そうは言っても己の命は惜しいだろうと思い、ちょっとでも渋る様を見せた瞬間においはらってやろうと考えて。きょとん、とした青年の台詞に再び呆気にとられた。
「それだけで宜しいのですか?」
「はぁ?」
「里を救って頂くのに、俺一つの命で済むならば。その程度で済むならば安いものです。しからば、どうかこの命で」
「まてまてまて!ちょっとまて!」
今にも自害しそうな雰囲気まで醸し出され、男は慌てて制止した。頭を抱えつつ、まじまじと青年を見つめるが、どうやら本気のようだ。むしろ、さあ早く!と言わんばかりの様子に呆気にとられ。そして。
「くっはは。なんだ、お前!」
男は吹き出した。ケタケタと腹を抱えて笑うと、目尻に滲んだ涙を拭った。たとえ、最終的に同じ結論に至るものがいたとして、その者達のどれほどが一瞬の迷いもなく、躊躇も未練もなく命を差し出せるだろうか。どれほど高潔な精神を持っていたとしても、本能は死を嫌悪する。意識的にも無意識的にも、必ず躊躇は発生するだろう。なのに、そのタイムラグが全くなかった。怖いもの知らずなのか何なのか。とにかく、青年にとって幸運な事に、代わり映えの無い日々に飽いていた男にとって久々に興味をそそられた瞬間だったのだ。
戸惑った様子で固まる青年のまえに、男は音もなく滑り降りた。ちゃぷん、と音を立てる酒瓶を肩に担ぎ直し、懐から取り出した細長いものを口に咥えると、ニヤリと傲岸に口角を上げた。つられて視線をその口元に向けると、どうやら咥えていたのは乾燥した果物のようだ。それをつまみに酒を飲んでいたのだろう。ふわりと青年の横をすり抜けた男は、ややあってゆるりと振り向いた。
「おい、行くんだろう?どっちだ」
「へ?」
動きの鈍い頭では問いが理解できず、間抜けに聞き直すと男は呆れたようにため息をついた。
「お前が言ったんだろう。助けろと。なにを惚けている馬鹿者が」
「……お出かけですか」
突然涼やかな甘い声が割って入った。その声の方を向くと、巫女服に身を包んだ美しい少女が、嫋やかに佇んでいた。優し気な笑みを男に向けた彼女は、優雅に一礼した。
「行ってらっしゃいませ」
「ああ。すぐに帰る」
先程とは全く違う角のとれたやわらかな声に混乱し、キャパオーバーを迎えた青年の頭は一周回ってようやく動き出した。いつまで惚けているんだとこづかれて、目を剥いた。
「え、本当に?!」
「あのな。行かなくていいなら行かんぞ」
半眼になられ、慌てて頭を振る。先程と違って軽い体を慌てて起こして立ち上がった青年は、深々と頭を下げた。
「感謝します。古き神よ」
「よせ。今から行くってのに早ぇだろうが、馬鹿が」
それに、と続けた男の体から、ふっと力がほとばしる。ふわりと立ち上る炎の様な力をまとった男の額には、先程なかった黒い角が二本。何処からともなく取り出した身の丈程の刀を担ぎ、獰猛に笑った。
「俺は鬼であって神ではないわ、阿呆」
ざっと音を立てて歩き出したその鬼の背中を見て、青年は身をふるわせる。怖ろしい、しかし、それ以上に魅入ってしまった。神ではないといった男ではあったが、きっとその神々しさすら感じる様に、周囲の者が神として崇めたのだろうと察した。青年に未来を占う能力も、運命を察する能力もない。だが、何故だかこの出会いが運命を大きく変える事になるだろうと確信した。
そして、その予感の通り運命は動き出す。神とも崇められる莫大な力を持った鬼と、青年の物語はここから始まる。
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