上 下
18 / 60
一章 異世界転生(人生途中から)

18 合格

しおりを挟む
 実習も残すところあと2週間。8月も半ばのここ数日は夏の暑さも厳しく、クーラーがあればどんなに気持ちがいいか、と妄想する日々だ。

 「扇風機だけじゃ限界がありますね」
 「そうかい? 少しはマシだとは思うよ」

 私にとってはないよりかはマシって感覚だけど、クーラーの涼しさを知らない人には扇風機だけでも満足できるのかもしれない。

 「この暑さって数十年に一度って新聞なんかでは言われてますけど、この国でここまで気温が上がることってそんなに珍しいんですか?」
 「そうだね。私は生まれも育ちもこの国だけど、こんなに暑かったことは今までないね」

 特に昨日雨が降った影響で今日は湿度も高く、気温も今季一番の暑さだという。
 救急診療科の処置室に扇風機はない。ホコリが舞って衛生的ではないからだ。なので私とハーヴィー先生は誰もいない待合室で急患が来るのに備えていた。

 「……はぁ。本当に今年の夏の暑さは異常だ。最近は食欲も落ちて完全に夏バテ気味だよ」
 「医者は体が資本ですから食べないとダメですよ。特に豚肉がいいです。ビタミンB群が豊富ですから」
 「おっ、キクチくんが栄養学の講義をしてくれるのかい?」
 「まさか!」

 気だるい空気が漂う空間に急患を知らせるベルが鳴り響いた。しかも何度も繰り返しに。
 私はストレッチャーを転がすのを止めて先生を振り見た。

 「そんなに何度も鳴らさなくても聞こえるよ。さぁ行こうか」

 怪訝に思いながら2人で1つずつストレッチャーを引いて入り口に向かった。
 入り口から外に出ると、トラック3台の荷台に寝かされた人、座り込んだ人らが乗せられていた。

 「これは一体……!?」
 「先生助けてくれ!」

 呼び出しベルを押したらしい男性が先生に縋った。

 「どうされましたか?」
 「近くの建物の改装工事をしてたんだが、現場のやつらが次々倒れたんだよ! 苦しそうなんだ、早く診てくれ!」

 荷台には数えたところ12人。これは私と先生だけでは対応しきれない。

 「先生、応援呼んできます!」
 「あぁ頼んだよ」

 私は急いで魔法診療科の医局に走った。院内を走る私に何事かと医師や看護師から目線が向けられるのも気にせずに。途中で財前教授の総回診のような大名行列を見たが、先頭に立っていた人は白衣ではなかったから経営陣だったのだろうか。そんなのも無視して駆け抜け、そして医局の扉をバッと開け、

 「手の空いている先生は手伝ってください!」
 「何事だ」

 部屋にいたシーラン先生が私に鋭い視線をぶつけてきた。他に部屋にいるのはマキャベリ先生だけだ。

 「救急に12人が来院しました。自力で動けない患者が大半です」
 「原因は?」
 「まだ不明です。ただ全員が工事現場の作業員で、そこで何かがあったのだと」
 「なるほど」

 私の説明に納得してくれたのかマキャベリ先生が立ち上がり、シーラン先生もそれに続いた。



 救急の処置室には患者であふれ、3つある診療台では到底足りず、ストレッチャーを全て出しそこに患者さんを寝かせ、それでも間に合わず意識のしっかりしている患者さんは待合室の椅子に寝かされていた。

 「応援に来た。原因は判明したか?」

 処置室に入るなりマキャベリ先生がハーヴィー先生に問うた。

 「それが分からないんだ。検査スキャンで診ても全身に反応があるんだけど、ガス中毒でもなければ食中毒でも毒でもない。患者の症状もバラバラで、頭痛、吐き気、倦怠感、意識障害がある人もいる」
 「分からない? そんばバカな。行使:検査スキャン

 シーラン先生が近くの患者に触れ魔法を使った。

 「全身が赤く表示される。全身症状か。血糖は?」
 「全員正常範囲だった。そもそも似たような症状が出る疾患は心臓か循環器系に問題がある場合だけど、心臓なら検査スキャンで分かる。低血糖なら12人が一斉になるはずがない」
 「検査スキャンでは引っかからない疾患か。例えば風邪のような……」

 シーラン先生も診断できず、マキャベリ先生が他の可能性を模索し始めた。

 「頭痛、吐き気、倦怠感の症状は全員ではなく、発熱だけは共通している。しかし気になるのはこの患者の異常な発汗だ」

 発熱に発汗。私に一つの可能性がよぎった。

 「熱中症……」
 「熱中症? なんだそれは?」

 シーラン先生の視線が鋭く私に向けられた。

 「暑さのせいで体温調節がうまくできなくなって体に熱がこもってしまう病気です」

 説明しながら気づいた。熱中症は教科書で見た記憶がないことに。

 「熱射病か! 前に論文で読んだことがある。大陸南部の暑い地域に多い疾患についてだが、その中に熱射病の記述があった。症状も合致している」
 「熱射病! なるほどこれが……」

 この国では例年ここまで暑くなることがないから先生たちも熱中症、熱射病に思い当たらなかったらしい。
 シーラン先生に症例の覚えがあったことで内科医が呼ばれ__点滴などの行為は治療魔法師の権限外だからだ。治療魔法師はそれを補助するかたちで治療が進められた。



 幸い死者も出ず全員の治療を終えることができた。

 「なぜ君は熱射病を知っていたんだ? 教科書には載っていないだろう」

 聞いてきたのはシーラン先生だ。
 やはり聞かれてしまった。先生たちでも思いつかなかったのだから無理もない。

 「えぇっと……去年の夏にハリス先生と暑い日に注意する病気について軽く話したことがあって……」

 もちろん嘘だ。

 「なるほど。ハリス先生が。あの方はローム出身だからご存じだったのかもな」

 納得された! 助かった。やはり困った時はハリス先生を出しておくに限る。

 「とにかくお手柄だ! あの場面でとっさにそれを思い出し、熱射病だと気づけたのは大したものだよ」

 ハーヴィー先生は手放しに褒めてくれた。

 (日本で生きてた頃の知識が役立つなんて。生まれ変わりなんて戸惑いばっかりで、前世の記憶なんてむしろないほうが楽に生きられたんじゃないかって思ってたけど。悪いことばかりじゃなかったわね)

 私は初めて前世の記憶に感謝した。



 そして3カ月間の実習は終わった。
 実習の評価も無事に『優』をもらい、私は国家資格を得て晴れて治療魔法師を名乗ることができるようになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

処理中です...