上 下
12 / 14
カイゼル・ハディソン視点

お似合いな二人

しおりを挟む


「しんどいなら目を瞑っているといい。多少はましになるだろう」

馬車の中、調子の悪そうなハンナ嬢にそう言うと、彼女は素直に瞳を閉じる。


抱き抱えられたまま私に身を任せる彼女が愛おしい。

彼女の憂いなんて私が全て拭い去ってしまいたい。


「体調が悪いこと、気づけなくてすまなかったな。私は自分のことにばかり気を取られて、君のことを考えてやれなかった」

「違います、公爵様は何も悪くありません」


自分の不甲斐なさを詫びると、ハンナ嬢は慌てたように私の言葉を否定する。

体調が悪いというよりも、どこか思いつめたような彼女が気がかりだった。


もしもハンナ嬢が私のせいで心を悩ませているのだとしたら、ここで解消しておかなければならない。


「私は君に負担をかけてしまったのだろうか。私はハンナ嬢にたくさん助けられたというのに、思えば君に何かをしてあげたことなんて一度もないんだ」

「…それは違います」


彼女はまたもや否定の言葉を述べると潤んだ瞳でじっと私の顔を覗き込んだ。


「私、公爵様と話している時間が本当に楽しかったんです。こんなことを言うのは烏滸がましいですけど、あなたは初めてできた私の友人でしたから…」


私と過ごすことを楽しいと言ってくれる彼女に嬉しさを感じながらも、はっきりと友人だと告げられ複雑な思いだ。

小さく苦笑をもらす私に彼女が口を開く。


「ごめんなさい、公爵様」

そう言ってハンナ嬢はぽろぽろと涙をこぼし始めたのだった。


「っ、どうして泣くんだ!」


腕の中で肩を震わせる彼女に狼狽えながらも、私はなんとかハンカチを差し出しした。

もはや私の方がパニックだ。


「どうしたら泣き止んでくれるんだ?私は君が泣いたらどうしていいかわからない…」

「迷惑、かけてっ、ひっく…ごめ、なさ」

「違う!言い方が悪かった。迷惑なんかじゃないから、もう好きなだけ泣いてくれ」


どうすることもできず、せめてもと彼女の頭を優しく撫でるが、ハンナ嬢はより一層ぼろぼろと大粒の涙を流す。

綴るように私を見つめる瞳に、勘違いしてしまいそうになる。

彼女にとって私はいったい…



…このまま彼女を素直に家に送り届けるなんてとてもじゃないができなかった。


「やはりそのまま我が邸に向かってくれ」

御者に向かってそう告げ、家に着くまでずっとハンナ嬢の頭を撫で続けていた。



「あの、公爵様…」

「まだ顔色がよくない、しばらく大人しくしていてくれ」

「……はい」


馬車が止まっても、私は彼女を手離すことなく腕の中に閉じ込めたまま屋敷に足を踏み入れる。


いつもの応接室ではなく、客間のベッドにその華奢な体をゆっくりと下ろした。



「何か、嫌なことでもあったのか?」

「え?」

「確かに冷えてはいたが、体調が悪いというわけではないのだろう?」


何か思い悩んでいた様子が気になる。

彼女の悩みやわだかまりならすぐにでも解消してあげたかった。


「…公爵様は、今日のパーティー楽しかったですか?」

「ん?ああ、いつもよりも有意義な時間を過ごすことができた。ホーリィ嬢も君の話していた通り、随分と親しみやすい女性だった」


そう答えるとハンナ嬢は少しだけ傷ついたような表情を浮かべる。


____君はいったい、今何を思っている?


ホーリィ嬢と親しくなったことに少しでも胸を痛めてくれているのなら、私は期待してしまってもいいのだろうか。


ごくりと息を飲んで私はそっと口を開いた。



「だが…私はやはり社交界なんかよりもハンナ嬢と話している時間の方が好きだ」


「…公爵様」


私の言葉が余程意外だったのか、彼女は驚いたように目を見開いた。


しかし、すぐに不安げに視線を彷徨わせる。


「ホーリィと緊張しながら話すよりも、私と過ごす方が気を使わなくて楽だということですか?」


私なりに勇気を出して伝えた言葉だったが、彼女にはまだ決定打にはならなかったらしい。


「違う」

「…では、どういう意味ですか」


真っ直ぐにそう問われて一瞬だけ息が詰まった。

負けるな、男を見せるんだ。



「私はこれからもハンナ嬢のそばにいたいということだ」

「…ホーリィの相談なら聞きますよ」


ぐっ…これでもダメだと言うのか。

今のは最早プロポーズと捉えられても仕方ない言葉ではないのか…!?


「ああもう!どうしてこうも伝わらない!やっぱり君はコミュニケーション能力が不足しているぞ!!!」

「なっ!?公爵様にだけは言われたくありません!」


ぐしゃぐしゃと頭をかく私をキッと睨むハンナ嬢に肩をすくめる。

はあ、私は大変な人を好きになってしまったのかもしれない。


「っ、よく聞くといい」

「…?」


大きく深呼吸して口を開く。



「私は君が好きだ!!!」



言った。言ってやった。

さすがのハンナ嬢もこれだけストレートな言葉だったら理解してくれるだろう。



「いや、あの…公爵様?あなたはホーリィのことが好きだったはずでは?」


「以前は、確かにホーリィ嬢に恋をしていた。いや、恋をしていると思い込んでいた」

「思い込んでいた…?」


ホーリィ嬢は愛らしい容姿をしていて、私は彼女に亡き愛犬の面影をみた。

正直すごく惹かれた。


忙しかった両親の代わりにどんな時も寄り添ってくれたのが小さな小さなあの子だったから。



「だが、君と過ごす中で気づいた。私のホーリィ嬢への想いは、今まで私に向けられていた偏見と何も変わらないと。私は彼女の容姿が小動物の様で気に入り、恋をしていると勘違いしてしまったんだ」



「見た目から入る人だっています」

「確かにそうだが、私は本当の恋をしてしまったのだから、彼女への思いが恋愛のそれではないことくらいわかる」

彼女をじっと見つめて言葉を続ける。


「私は君に恋をしている」

「っ…」


そう言うと真っ赤に頬を染めて気恥しそうに口元に手を当てるハンナ嬢。

あまり可愛い反応をしないでほしい。


胸に抱いた希望が打ち砕かれた時、私はきっとそのショックに耐えられない。



「…君が涙を流していた理由を教えて欲しい。君が私を見つめる瞳に愛おしさが篭っているように感じるのは私の自惚れだろうか」


祈るような気持ちでそんなことを尋ねる。


どうか、今だけは私のことを否定しないでくれまいか。

バクバクと煩い胸の鼓動に、自分がどれだけ緊張して、不安を感じているのかが嫌という程自覚できた。


彼女の苺のように赤い唇がゆっくりと開かれる。



「自惚れじゃ、ありません…っ、公爵様が、ホーリィと結ばれてしまうと思ったら…悲しくなって」


…きっと君は知らないだろう。


「私も、公爵様が…好き」

「そうか、両想いだな」


この時私がどれだけ幸せを感じて、信じてもいなかった神に感謝したか。



ベッドに座る彼女を強く強く抱きしめた。



「っ、ふっ、うぅ」

「どうしてまた泣くんだ」


「嬉しくて…」


そんな可愛いことを言う彼女の背を優しく摩ってやると小さな笑い声が聞こえた。


「私、毒華ですけど、いいんですか?公爵様のタイプのふわふわして可愛らしい女の子なんかじゃありません…」

「ハンナ嬢は可愛いよ。確かに容姿だけ見ると凛々しい美人だが、私はもう君が意地っ張りで涙脆く、誰よりも可愛らしい人だと知ってしまった」

そう言うと肩口に隠れるように額をくっつけるハンナ嬢。

照れているのがわかり思わず表情が緩む。


「そういうところも可愛い。それに、それを言うなら私の方こそ、社交界の悪魔だが?」


「ふふっ、私達結構お似合いですね」



クスクスと笑いあって、なんだかすごく幸せだと感じた。



「愛してます、公爵様」

「ああ、私もハンナ嬢を愛している」



_____微笑みあって、どちらからともなく唇を合わせた。




毒華などと、全く相応しくない異名を持つ彼女のこんなにも可愛い姿を見られるのは、この先もきっと私だけだろう。




■□▪▫■□▫▪■□▪▫



ということで、やっと公爵様視点まで完結することができました!(;▽;)

読んで頂いた皆様ありがとうございます!

引き続き番外編を書いていきたいと思っておりますので、そちらもぜひお読みいただけたら幸いです。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平民と恋に落ちたからと婚約破棄を言い渡されました。

なつめ猫
恋愛
聖女としての天啓を受けた公爵家令嬢のクララは、生まれた日に王家に嫁ぐことが決まってしまう。 そして物心がつく5歳になると同時に、両親から引き離され王都で一人、妃教育を受ける事を強要され10年以上の歳月が経過した。 そして美しく成長したクララは16才の誕生日と同時に貴族院を卒業するラインハルト王太子殿下に嫁ぐはずであったが、平民の娘に恋をした婚約者のラインハルト王太子で殿下から一方的に婚約破棄を言い渡されてしまう。 クララは動揺しつつも、婚約者であるラインハルト王太子殿下に、国王陛下が決めた事を覆すのは貴族として間違っていると諭そうとするが、ラインハルト王太子殿下の逆鱗に触れたことで貴族院から追放されてしまうのであった。

やさぐれ令嬢は高らかに笑う

どてら
恋愛
前世のほとんどを病院で過ごした真田栞、転生したのはゲームの世界だった!? 兄アイザックを溺愛するあまり悪役令嬢と呼ばれた妹アイリーン。処刑エンドバッドエンドを避けたかったはずが優しすぎるアイザックの為に裏工作しているうち見事悪役令嬢が誕生してしまう。 自ら汚名を被ってまで兄の幸せを願うアイリーンに名目上の婚約者ブラウンは違和感を覚え.......

俺の娘、チョロインじゃん!

ちゃんこ
ファンタジー
俺、そこそこイケてる男爵(32) 可愛い俺の娘はヒロイン……あれ? 乙女ゲーム? 悪役令嬢? ざまぁ? 何、この情報……? 男爵令嬢が王太子と婚約なんて、あり得なくね?  アホな俺の娘が高位貴族令息たちと仲良しこよしなんて、あり得なくね? ざまぁされること必至じゃね? でも、学園入学は来年だ。まだ間に合う。そうだ、隣国に移住しよう……問題ないな、うん! 「おのれぇぇ! 公爵令嬢たる我が娘を断罪するとは! 許さぬぞーっ!」 余裕ぶっこいてたら、おヒゲが素敵な公爵(41)が突進してきた! え? え? 公爵もゲーム情報キャッチしたの? ぎゃぁぁぁ! 【ヒロインの父親】vs.【悪役令嬢の父親】の戦いが始まる?

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

死んだはずがイケメン王子に転生!?だけど僕が選ぶのはヒロインでも悪役令嬢でもありません。

宵闇 月
恋愛
死んだはずのイケメンはやはりというべきか乙女ゲームのイケメン王子に転生。 だけどこのイケメンとある事情により可愛いヒロインも綺麗な悪役令嬢も振り切ってモブ令嬢に夢中になります。 *想像の世界のお話です。 *誤字脱字や拙い文章は大きな心で受け止めてください。 *一応最後まで書き終えています。

正妃に選ばれましたが、妊娠しないのでいらないようです。

ララ
恋愛
正妃として選ばれた私。 しかし一向に妊娠しない私を見て、側妃が選ばれる。 最低最悪な悪女が。

わたくし、聖女様ではございませんっ!〜最低悪役令嬢ですので、勘違いはやめてください〜

Rimia
恋愛
 目が覚めたらなんと前世でプレイしていた乙女ゲームの世界に転生していた!  しかもよりによって、【最低悪役令嬢】という断頭台へまっしぐら!のロゼット・カーライン侯爵令嬢というゴミキャラに・・・。  青春を謳歌したい彼女は処刑なんてまっぴらごめんっ!  あれ?ならゲームの舞台の魔法学園に行かなければいいじゃん!冒険者になっちゃえば処刑回避できるかも?だけど“侯爵令嬢”の肩書きが邪魔だなぁ・・・。    「 ! そうだ、誘拐されよう!」  処刑回避したい悪役令嬢が保身のために奮闘していたら、ことごとく勘違いされて聖女認定!? 天然無自覚のタラシこみのせいで、いつのまにか周囲から愛されるように! だが、それにも気がつかない鈍感なのが、ロゼット、クオリティー!!  「私、最低悪役令嬢ですからね!?聖女様ではございませんよっ!!」 ※ 結局様々な処刑フラグもちの攻略対象とガッツリ絡んでいきます(笑) ☆ 自己評価が限りなく低い悪役令嬢と、 逆に異常なほど高い評価をつける周囲(この世界)の人々。丁度いい人間(常識人)が絶滅危惧種です。   ロゼットの受難は続く・・・・   ⚠️超絶亀更新です  ※リンクで別のページに飛んで読むのと、こちらで読めるの、2つ公開しております。

処理中です...