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突撃訪問

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私と殿下の乗った馬車がカワイティルに入ったのは、普段ならもう湯浴みをしてベッドに入っている頃だった。


こんな夜更けに会いに行くなんてとてつもなく非常識なのだが、殿下が平然としていたから気にしないようにする。

…これが王族の余裕なのだろうか。

楽しげな鼻歌まで聞こえてきた。



「…緊張しているのか?」


「緊張というか、こんな時間に訪問しても大丈夫なのか気になって…」


「ああ、それは問題ない。王太子の訪問を拒否できる人間なんて余程の阿呆でなければまず存在しない」


…職権乱用だ。


「それに私とグレンは親友だからな」

「ずっと言ってますけど、それ、グレン兄様も同意しているんですか?」

「あいつは所謂天の邪鬼というやつだからな。認めはしないが私にはわかっている」


…はぁ、そうですか。


もう何も言うまいと、私は窓の外に視線を逸らす。



「ここが、カワイティル」

「雨が降らないと聞いていたが、そんな土地にもこれ程の木々が生い茂るものなのだな」


殿下の言葉に大きく頷いた。

もっと荒れ果てた土地を想像していたが、私達が通る道はしっかりと舗装されているし、少し遠くには広大な森が広がっている。



「見えてきたな」


「あれが、グレン兄様の…新しい家」


豪華さなんて少しもない質素な屋敷だった。

…これはこれで、グレン兄様らしいかも。



門の前に馬車を止めると、気づいた門番が馬車に近づいてくる。



コンコンと扉をノックされると、殿下が窓を開けて言葉を返した。


「私はフィリップ・ロズベルグ。ロズベルグ王家の王太子だ。こんな夜更けではあるが、グレンに用があって会いに来た」

「っ!?王太子様ぁ!?いやいやいやこんな辺鄙なところに王太子様なんて…」


わかりきっていたことだが全く信用していないようだった。



「生憎目立たぬよう家紋を入れていない馬車で来てしまった。ふむ、困った…証明できるものと言えばこの代々王家に伝わるリングくらいだが…こんなもので信用してくれるだろうか?」


「っ、それはもしかして…王太子様に持たされるという妖精の加護付きの…!なんて美しいリング…申し訳ございませんが、私は実物を見たことがないのでなんとも…ですがその美しさは偽物とも言い難い…侯爵様にお取次ぎ致しますのでしばしお待ちください!」


…なんとかなってしまった。

王家に伝わるものといっても、見た事のない人間の前ではただのリングに思えても仕方ないのだろうに。



しばらくして先程の門番が戻ってくる。


「中にお通しいたします!」

「…グレンはやけにあっさり信じてくれたのだな?」


殿下がそんなことを言うと、門番は気まずそうに言葉を返す。


「失礼ながら、こんな夜更けにやってくる非常識な人間は殿下ぐらいだと…侯爵様はそうおっしゃられておりました」


「…相変わらずなようで安心したよ」


殿下のこめかみがピクピクしている。


こんな風に身分を越えてお互い軽口を叩けるあたり、二人が親友であるという言葉もあながち間違いではないのかもしれない。



案内されたのは応接間だった。



しばらく待つとゆったりとした少し重たい足音が聞こえてくる。

……面倒くさそうなのがヒシヒシと伝わってくるような、そんな音だった。




扉が開かれる。



「殿下、こんな夜更けにいったい何のようですか。一日のうち唯一疲れをとることができる就寝時間に訪問なんて、王太子というのは随分お気楽な役割であるようですね」


グレン兄様はそう言うと、呆れたように顔を片手で覆ってため息をついた。


…私の存在には気づいていない。



「ああ、荒れ果てた領地を勝手に任され王都を追放されたお前よりは何倍も気楽だな。そんなに怒るな。疲れているんじゃないかと、グレンの喜ぶものを運んできたんだぞ?」

「喜ぶもの…?」


殿下の言葉に、彼は顔から手をはなして、こちらを見る。



____目が合った。



「っ!?」


「…グレン兄様、お久しぶりです」



久しぶりに見る彼の藍色の瞳に、自分の胸がどこまでも高鳴っているのがわかる。


緊張のせいか、心臓がドキドキとうるさかった。



「…か、てぃ」


呆然とした様子で、彼は私の名前を口にする。


…少し、やつれた?


以前よりも痩せ、表情に疲れの色が見える。



カワイティルの領地経営は、やはりそれなりの苦労があるようだった。


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