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会いたい

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Side グレン

■□▪▫■□▫▪■□▪▫


カワイティルに来て、もうすぐ一年が経とうとしている。


雨が降らず満足な作物すら育たないこの土地に来てから、怒涛の日々を送っていた。


一年前、


王都から追放され、馬車の中から初めて見たカワイティルは、酷く荒れ果て、家とも呼べない粗末なあばら家が並び、時折窓から除く領民達は例外なく皆やつれていた。



「…課題は多そうだな」


馬車の中で、そんなことを独りごちた。




カティと離れ、カワイティルを任されることになっても、今日までどこか他人事で地に足が着いていないような感覚だった。


しかし、いざ現状を目の当たりにすると、嫌でも自分の義務を自覚する。

ノブレス・オブリージュだ。



以前までの侯爵領の運営は正直俺でなくとも、多少の見識がある人間ならば取るに足らないものだったと思う。


だが、ここカワイティルではそうはいかないだろう。

生きていくために最低限必要なものがここにあるとは思えなかった。



雨が降らないというだけで、こうも土地は荒れ果てるのかと驚く。



荷解きも放り出し、新たな侯爵邸に着くとすぐ、俺はそのまま何日も調べ物に明け暮れた。


カティへの想いを振り切るように、カティのことなど考えなくて済むように。



会いたくなど、ならないように。




浮かび上がった課題は、その難易度とは矛盾して単純なものだった。


作物が育たないこと。


その日食べるものさえままならない生活では、領民の気力も体力も衰えてしまう。


当面は食料問題の解決に努めよう。




そう考え、たくさんの文献を読み漁った。


主にこの領と同じ環境の地域について調べたが、ここまでひどく降水量の少ない場所は隣国まで範囲を広げる必要がある。



しばらくして見つけた一抹の希望は、隣国にある一つの植物だった。

この国では見かけないそれは、乾いた地域でも十分に育ち、食料としても、加工品の素材としても役に立つ貴重な木である。



ゴムの木という。



「…隣国との国交は、確かバート伯爵家に任されているのだったか」


彼らに協力を頼めば何とかなるかもしれない。

思い立ってすぐに使者を送ると、思いの外協力的な印象だった。



ゴムを輸入し、植樹がうまくいけば、この領地の状況はガラリとかわるだろう。


成木と苗木をそれぞれ輸入しよう。


加工方法を調べ、職人も雇わなければならない。


予算はあらかじめ用意していたもので足りるだろうか。


考えることはまだまだある。


とりあえずの見通しがついたことに一安心したが、易しい道のりではない。



いつか、


この領地が、見違えるほど心地よい場所になった時は、


…カティにも、見せてあげたいな。

そんな馬鹿なことを考えてしまった自分に嘲笑的な笑みがもれた。




■□



ゴムの木の輸入はうまくいって、町の外れに広大な森を作ることが出来た。

加工方法はまだまだ改良の余地があるものの、十分売り物となるレベルにはなっている。


規格外の速さで作業を進めたこともあり、埋めなければならない穴はまだまだあるが、ようやく経済を回せる市場も完成し始めた。


バート伯爵家はゴムの加工品に随分と注目してくれているようで、一番の取引相手となってくれた。



それに伴い、林業や工業は領民の職にもつながり、領地に活気がついてきた。


概ねうまくいっている。




相変わらず領民経営の仕事は忙しいが、心には随分と余裕ができたように感じる。


しかし、それは俺にとってあまり歓迎できない事態だった。



見ないふりを続けた気持ちが、嫌でも目に入ってくるのだ。



…カティに会いたい。


だが、それが叶わないことは嫌でもわかっていた。



全てが全て自分のせい以外の何物でもないというのに、未練がましく思い続けてしまう自身に嫌気がさす。



…苦しい。



慕ってくれる領民に、栄えていく領地。

王都を追放された汚名も今や消えつつあることはわかっていた。



恵まれた環境に満足できない自分はきっとおかしいのだろう。


望むものなんて一つしかない。

一つだけでいい。


ずっとずっと、俺が傍で守りたかったのは、カティだけだった。

そんな彼女を誰よりも傷つけたのは自分だというのに。



想うことさえきっと罪だ。


本当に自分という人間は図々しい存在だと、乾いた笑みが零れた。



もう、二度と会う日は来ないだろう。


そう思っていたんだ。



だから、


自宅の応接間で、愛しい彼女の姿を見かけた時は、これは夢なのではないかと自分を疑ってしまった。




「…グレン兄様、お久しぶりです」


エメラルドの瞳がじっとこちらを見つめている。

ああ、なんだか、泣いてしまいそうだ。




「か、てぃ」



そう彼女の名前を呼ぶと、自分の頬に冷たい何かを感じた。


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