上 下
36 / 56

決心

しおりを挟む


その日は、なかなか眠れなかった。

昼間のことが頭から離れず、目が冴える。



(カティ~、授業中眠くなっちゃうよ~?)

(夜更かしはお肌によくないのねっ!)

(カティ悩んでるの~)


妖精さん達が口々にそんなことを言う。



(悩んでは、ないの。答えは今日見つかったんだから…)


だけど、自信がなかった。



(僕らはカティに幸せになって欲しいな~)

(ユーリだったらカティを幸せにしてくれるわねっ!)

(カティが笑ってたら誰でもいいの~)


なんとも私至上主義の妖精さん達に思わず笑みが零れた。


どこまでも私の幸せを願ってくれる妖精さん達には本当に感謝しかない。



少しだけ気持ちが晴れた気がした。



(ありがとう、みんな。だけど、私ばかり幸せになって、ユーリに何を返せるのか全然わからないの…)


(ユーリはカティがいれば幸せだよ~?)

(余計な心配ねっ!)

(二人だったら幸せになれるの~)


…そうだったら、いいな。


ユーリが私を愛してくれるだけ、私もユーリを愛したい。



その気持ちは本心だ。



(((おやすみカティ)))


そんな優しい声と共に、私は夢の世界へ旅立ったのだった。




そして、次の日。


ようやく決心した想いを胸に、いつものように庭園のガーデンテーブルにユーリとお昼を食べにやってきた。



何かを察したのか、ユーリは食事には手をつけず穏やかな眼差しで私を見つめていた。



「話があるの」

「どうしたの?カティ」


緊張してうまく言葉がまとまらない私の話を、せかすことなく黙って耳を傾けてくれるユーリ。

そんな優しさに触れて、少し心が和んだ。



「婚約の話なんだけれど…」

「…うん」


「私、ユーリの申し出を受けようと思うの」



ついにそう口にして、私は思わずユーリから視線を外し下を向いてしまった。


しばらく無言の時間が続き、耐えられなくなった私はそっと顔を上げる。



「っ、ユーリ?」


目に入ったユーリは、どこか辛そうな、悲しそうな、そんな複雑な表情を浮かべていた。


……どうして、そんな顔をするの?




「ごめんね、カティ」


そう口にしたユーリの言葉は震えていた。




「婚約を望んだのは僕で、喜ぶべき言葉なのはわかってるんだ~」


泣きたくなるような辛そうな声なのに、いつもと変わらない緩い口調が不釣り合いで、よくわからない苦しさが胸を締め付けた。



「だけど…ははっ、なんでだろ~」


「ユーリ?」



「今日は、そんな言葉を聞いても…全然嬉しくないかも」



明らかな拒絶を含むそんな言葉をユーリの口から聞くことになるとは思ってもみなかった。


遅すぎたのだろうか。



もう随分彼を待たせてしまった。

いつの間にかユーリの心は私から離れていたのかもしれない。


だったら私は彼を責めるこなんてできない。




「そう、ごめんなさいユーリ」


「カティはやっぱり、そんな風に簡単に納得しちゃうんだよね?」


「長い間返事をしなかったのは私だから」


悪いのは私だと、そんな意味をこめて口にした言葉だが、ユーリは一層表情を歪めた。



「僕が言ってるのはそういう事じゃないんだよ、カティ」


「…?どういうこと?」



「僕は結構欲深いから、カティの心まで欲しがっちゃったんだ~」


ユーリは、そんなことを言って、おどけたように無理やり貼り付けたような歪な笑顔を浮かべた。



「カティが婚約を決めたのは、昨日グレン様に婚約者がいると知ったからでしょ?僕は消去法で選ばれても嬉しくないかな」


「っ、そんなつもりは…」


言葉が続かなかったのは、心のどこかで否定できない気持ちがあったからかもしれない。

身勝手な自分が心底恥ずかしい。


「ごめんなさい、ユーリ。私あなたに失礼なことをしてしまったわ」


「うん、とっても失礼だよカティ」


ユーリは笑みを浮かべたまま、そう言った。




「婚約を申し込んでから、僕はずっと焦ってたんだ…ねえ、カティ…カティが気づいてない本心を、僕が教えてあげようか?」


「私の、本心?」


「本当は、いつかカティがその気持ちに気づいてしまうことを僕は恐れてたんだけどね。でも、カティがあまりにも自分の気持ちに疎いから…僕が教えてあげる」


普段よりも僅かに低い声で淡々と言葉を紡ぐユーリに、冷や汗が背筋をつたう。


自分の気持ちなんて、知りたくなかった。




「カティはね、グレン様が好きなんだよ」


「っ、そんなことないわ!」


即座に否定するが、ユーリは全く信じていないように小さくため息をついた。



「私はグレン兄様のことなんて好きじゃない。それに、グレン兄様は私のことなんて簡単に忘れて、トリスタン男爵令嬢と婚約なさったじゃない…」


「僕にはそれが拗ねてるようにしか聞こえないよ、カティ。そうやって、カティが心を乱すのはいつもグレン様のことばかりなんだけど、自分で気づいてる?」


図星をつかれたようで、言葉を飲み込む。



「僕はカティのことを誰よりも愛してるけど、僕の愛情だけじゃ君を幸せにできないことはわかりきってる…そんなの、誰も報われないでしょ~?」


「でも、私は…」


「優しいカティが僕の気持ちに応えようとしてくれたことはわかってる。だけど僕は、カティを幸せにしたくて婚約を申し込んだんだよ…こんなんじゃ、意味が無い」


どれほどユーリが私のことを想ってくれていたのかが、言葉の節々から伝わってくる。


涙が、つーっと頬をつたった。



「もがいてもがいて、それでもカティが幸せになれなかったら…その時は、僕がうんと慰めて、甘やかしてあげるから」


「…っ、どうしてそんなに優しいの」



「好きな子には優しくしなさいって、シュゼット家の男はみんなそう教えられるからね~」


そう言って笑うユーリは、もういつも通りの彼だった。



「ありがとう、ユーリ…私、グレン兄様としっかりけじめをつけようと思う」

「どうなっても、僕はカティの味方だから」


優しい手つきで私の涙を拭うユーリに、私はいっそう泣けてしまった。



グレン兄様に、会いに行こう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

夫に離縁が切り出せません

えんどう
恋愛
 初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。  妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 魔族 vs 人間。 冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。 名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。 人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。 そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。 ※※※※※※※※※※※※※ 短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。 お付き合い頂けたら嬉しいです!

処理中です...