戦国の鍛冶師

和蔵(わくら)

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第73話 安心と接吻

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その声のする方を見てみると、そこに居たのはアントンだった。ヤーコブの
従兄弟で、ベールプコヴァールト村の村長の息子でもある。そんな彼が何故
此の場所に居るのか、俺は呼んだ覚えはないのだが、もしかすると、ヤーコブ
を連れて来たときに、ダーンが一緒に連れて来たのかもしれないな?

ヤーコブとアントンには、シーランド銃の取り扱い講習の講師を臨時だが、
して貰っている。講習会に来た人達に、親切に教えてくれると評判も良く
俺は安心して、2人に講師を任せている。3人娘は、実践的な訓練を担当
して貰っており、取り扱いはヤーコブとアントンであった。

そのアントンが、講習会をせずに此処に居るのが不思議だったのだが、直ぐに
アントンは俺に、自分が何故に此処に居るのかを説明してくれた。講習会の方
は、休憩時間にしているので短時間ならば、問題は無いそうだ!

まだ射撃訓練に入っている受講生も少ないので、3人娘も暇を持て余している
だが、それも後2~3日までの事だろう。それを過ぎれば、射撃訓練や隊列の組
み方や、戦場での銃の運用方法などを学ぶだろうから、3人娘も俺にかまって
は居られなくなるだろう!

3人娘の事は今は考えなくても良いのだ。兎に角、アントンが何を言いたいのか
それをまずは、訊かなければならない!そうしなければ話が進まないのだから、
そうするしか無い。

「ヤーコブが許婚を亡くして、悲しみと怒りで生きているのは知っている。だが、
それだけでは人間は生きていけない。そこの貴女も、大事な人を亡くされたとか
大事な人を亡くす辛さは僕は解ります!それだけで、その人が死ぬまで生きて行
く事は無い!何故ならば、人生の半分は幸せで出来ているし、もう半分は辛さで
出来ているのだから、今は辛さが勝っていても、それだけで、人生を終えるのは
勿体無いとは思いませんか?勿体無いと思うのならば、自分から幸せになれば良
いいだけの事ですよ。自分の居場所は自分で作らなければ、誰も作ってくれない
それと一緒です!自分が不幸だと思えば、何処までも不幸にもなるし、自分が幸
せだと思えば幸せになります。だから、もう不幸は忘れて前に進みましょうか!
時間が解決するのを待っていては、人間は進歩しません!自分から変えるのです
変えなければ、死んだ人が悲しみますよ!それで良いのであれば、そのまま悲し
み続けなさい。亡くなられた許婚の方も浮ばれないでしょうね!」

「な....なんなのよ貴方!貴方に何が解るのよ!勝手な事を言わないでよ。彼が
悲しむですって?何故に悲しむのよ!」

「それは、貴女に幸せになって貰いたいからです!貴女が幸せになれば、亡く
なってしまった彼は、安心して天国に行けるでしょう!彼を安心させてあげる
それも供養の1つです!」

「彼を.....安心させてあげる?......貴方って.....死んだ彼みたいな事を言うのね!
そこまで言うのならば、貴方が私を安心させてくれるのでしょうね?それも、
出来なくて私に御託を並べたのならば、許さないわよ!」

アントンの話を訊いた妹は、アントンに自分を安心させてみろと言っている。
どうやって安心をさせるつもりなのだアントン!

「僕の遣り方は、少し強引ですよ?それでも良いのですか?」

「強引?何をする気かは知らないけど、多少、強引でも安心させてくれるのならば
それでも構わないわ!」

頭の妹さんは、いったい何を言っているのだ?俺には付いていけない話になっているぞ!

「では失礼しますが、怒らないでくださいね?貴女が言った言葉なのですから!」

そうアントンが言いながら、妹さんの前まで早足で歩いて行くと、アントンは
妹さんの顎を強引に上げて、唇を人前なのに奪ってしまったのだった。これが
接吻と言うものなのか、他人のするのを始めてみたが、心が激しく動いている
そして、人事なのに自分がしてる様に思えて、恥ずかしくなる。

それにしても、長い接吻であるな!ふっと隣に居る芳乃を見ると、芳乃は両手で
目を隠しているのだが、指の隙間からマジマジと2人が接吻をする姿を見ている
のが、見て取れているのだ。俺が芳乃を見ている事に、気が付いたのだろうな!
芳乃の顔が真っ赤になっていたのが、更に真っ赤になってしまい、今にも頭から
湯気が立ち上りそうな勢いだったのだ。

「好成様、私達にも接吻をして下さいね」

芳乃は俺にだけ聞こえる声で、呟いてきたのだが、そんな事を言われたら俺も
顔が真っ赤になってしまうだろうが!この場の雰囲気を誰かどうにかしてくれ
そうしないと、話が変な方向にいってしまう!俺と芳乃だけの話だがな!

「どうですか?少しは安心してくれましたか?僕に出来る事とと言えば、こんな
事でしか貴女を安心させてあげれない。少し強引だった事はお詫びしますが、そ
れでも、貴女には薬となる事と信じてます」

アントンは、妹さんの唇を奪った事を詫びながらでも、自分の考えを曲げずに
妹さんに必要だから行った事を主張していた。

「てめぇ!誰の妹か解っているのか!妹の大事な唇を奪いやがって、只では済まさ
ないからな!殴られても文句を言うんじゃねぞ!」

頭が怒り心頭で、アントンに殴り掛かろうとしたのを俺が、後ろから羽交い絞めに
して、怒りを納める様にと言ったのだった。頭は妹さんを見ても、まだ怒るのかと
俺は頭に言ったのだった。

妹さんを見ると、目が完全に向こうの世界に逝っており、此方の世界に引き戻す
事がいかに困難な作業か、考えただけでも頭が痛くなりそうであった。

「貴方のお名前を訊いても良いですか?私はイーナと言います。家は代々漁師を
しており、兄は船団を率いる頭です。」

「僕の名は、アントンと言います。ベールプコヴァールト村と言う今は無い村の
村長の息子でした。今は領主様にお願いして村の復興を目指して働いております
ゆくゆくは、村も再建されて穏やかに暮らせるでしょうが、今は家も無いです!
お恥ずかしい話ですが、全ては本当の事なのです」

「アントンさんは、好きな人は居るのですか?」

「はい!実は好きな人が居ます!」

《えっ~~~~~!?》

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