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お土産「4」つ
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「ほら、入れよ。」
先に玄関に入ったケイタが片手で扉を押さえたまま言った。
部屋の中から空気が漏れ出し、美味しそうな料理の香りが漂ってくる。
「お、お邪魔します。」
シンジは石張りの玄関の床に視線を落としたまま、中へと歩みを進めた。
先週、学校での昼食中にケイタに誘われた。
ケイタの家に夕食を食べにくるように、と。
ケイタの母親もシンジに会いたがっているのだ、とも言われた。
3週間、ケイタに勉強を教えたことのお礼をしたいということだった。
いや、、、と反射的に断ろうとした。
他人の家に呼ばれたことなどないし、
ましてや食事をご馳走になるなど、想像もつかないことだ。
それに、この2ヶ月ほどケイタと関わる中で、
自分とケイタとの間には、
正確には二人の住む世界、育った環境の間には
随分と大きな差があることをシンジは実感していた。
ケイタの父親の仕事、住んでいる背の高いマンション、
休みの日にしているゲームや漫画。
どれもシンジの日常にはない要素でケイタの生活は構成されている。
共通点は同じ学校に通っているというだけ。
その学校も、ケイタは野球のスポーツ推薦で入学しており、
学力で入学したシンジとは、毛色の違う学校生活を送っていた。
そんな、生活の質も基盤も違う自分がケイタの家に行くことに、
言葉では言い表すことのできない引け目を感じ、やめとく、と言ったのだった。
だが、ケイタは頑なで、昼休みを目一杯使って、シンジを説得した。
シンジの固辞を折れさせたのはケイタが言った2つの言葉だった。
1つ目は、学校以外でもお前に会いたいんだよ。
2つ目は、最近、うちの母ちゃん、元気ないんだ。
1つ目はシンジの気持ちを高揚させたが、2つ目は複雑な気持ちを引き起こした。
元気のない人に会って、自分になにが出来るのだろう。
結局その答えはわからないまま、ケイタの家まで来てしまった。
今日はバイトのない日だが、母にはバイトがあることにしてある。
玄関から続く廊下をケイタがスタスタと歩いていく。
出されたスリッパのフワフワした踏み心地に戸惑いながら、
シンジはその後に続く。
いつも靴下か素足で歩く自分の家との違いに、早速心が下を向く。
「ただいまー。」
ケイタがそう言いながら、廊下の奥の扉を開けると、
広々としたリビングダイニングに続いていた。
暖かみのある柔らかなLED照明の光が部屋の隅々まで満ちている。
ドーナツ型の蛍光灯がぶら下がる団地の部屋とは大違いだ。
ダイニングの奥に壁付けされたキッチンで料理をしていた女性が振り返った。
顎のラインで切り揃えられた栗色の髪がふわりと揺れる。
剥きたてのゆで卵のようにツヤっとして、光の玉が浮かぶ頰。
ごわごわしたマスカラなどしていなくても、すらりと伸びて、
まぶたの動きに合わせて軽やかに動く長い睫毛。
嫌味のない淡い白色のシャツの袖は几帳面に折られて、肘の下まで上げられている。
驚くほど色白で、向こう側が透けて見えてしまいそうなほど透明感のある肌に
シンジは見とれてしまう。
「おかえり。あなたがシンジくんね。」
シンジは口を真一文字に結んで、ピクリとも動かない。
「ケイタの母のユイです。
ケイタがお世話になっているみたいで、ありがとうございます。」
そう言って、ユイは軽く頭を下げた。
背丈はシンジより少し小さいくらいで、ケイタの胸のあたりまでしかない。
ケイタはそんなユイと、何も言わないシンジとを交互に見て、慌てて言った。
「そ、そんな挨拶いいから。ご飯は?」
ユイはニコリと笑い、
「ちょっと待ってて。もう出来るから。」
と言い残して、キッチンへと戻った。
「座ってようぜ。」
ケイタはそう言い、
シンジの肩を押してダイニングテーブルの方へと連れていき、椅子に座らせた。
自分もシンジの隣に腰を下ろす。
シンジは両手を膝の上に置いたまま、頭だけを左右に動かし、部屋の中を観察した。
自分たちが座るダイニングテーブルを挟んで、ベランダ側にキッチンがあり、
反対側にはソファ、リビングデーブル、薄くて大きなテレビ。
そして、ソファの後ろ、部屋の隅に置かれた小さな棚。
棚の中では、ツルッとした白い陶器の入れ物が部屋の光を反射している。
棚の上に置かれた丸い木製の器の中には、個包装された飴やクッキーが入っている。
それを眺めていたシンジが、あっと小さく声を出した。
そして、カバンの中からコンビニの袋を取り出す。
袋の中には、バイト先のコンビニで売っているプリンが入っている。
友達の家に行くと言ったシンジに、バイト先のケイコさんが持たせてくれた。
誰かの家にお邪魔するときは、お菓子か何か持っていくもんよ、と言いながら。
あちらは何人いるの?と聞かれて、シンジは答えた。
3人。
それじゃあ、と言って、ケイコさんはプリンを4つ入れた袋を持たせて言った。
一緒に食べましょうって言うのよ。
「こ、これ、一緒に食べようと思って。」
小さな声でシンジが言うと、ケイタは驚いた顔で言った。
「マジかよ!気使わなくていいのに。
これ、シンジが持ってきてくれた!」
ケイタが大声でユイに言うと、ユイは濡れた手をタオルで拭いて近づいてきた。
ケイタから笑顔で袋を受け取りながら楽しそうに言う。
「あらあら。ありがとうね。
何かしら。」
プリンです、とシンジが言い終わると同時に、ユイが小さな声で言った。
「4つ?」
シンジが慌てて目線を上げ、ユイの顔を見ると、
袋の中を覗き込むその顔から表情が消えていた。
一瞬たじろぎながらもシンジは説明する。
「あ、あの、お、弟さんにも、良ければ。」
一瞬の間があってから、パッと笑顔に戻ったユイは、
部屋の奥の棚の方へ歩きながら、明るい声で言った。
「嬉しい。ありがとう、シンジくん。」
シンジのことも、ケイタのことも見ていない。
シンジがケイタの方をちらりと見ると、ケイタは真顔でユイの姿を目で追っていた。
何だか余計なことをしてしまった気分になり、シンジはまた下を向いた。
それから、間も無く、テーブルの上に料理が並べられるまで、
シンジはケイタの話に曖昧に返事をしながら、
ずっと自分が履いているスリッパの爪先を眺めて時間を過ごしていた。
先に玄関に入ったケイタが片手で扉を押さえたまま言った。
部屋の中から空気が漏れ出し、美味しそうな料理の香りが漂ってくる。
「お、お邪魔します。」
シンジは石張りの玄関の床に視線を落としたまま、中へと歩みを進めた。
先週、学校での昼食中にケイタに誘われた。
ケイタの家に夕食を食べにくるように、と。
ケイタの母親もシンジに会いたがっているのだ、とも言われた。
3週間、ケイタに勉強を教えたことのお礼をしたいということだった。
いや、、、と反射的に断ろうとした。
他人の家に呼ばれたことなどないし、
ましてや食事をご馳走になるなど、想像もつかないことだ。
それに、この2ヶ月ほどケイタと関わる中で、
自分とケイタとの間には、
正確には二人の住む世界、育った環境の間には
随分と大きな差があることをシンジは実感していた。
ケイタの父親の仕事、住んでいる背の高いマンション、
休みの日にしているゲームや漫画。
どれもシンジの日常にはない要素でケイタの生活は構成されている。
共通点は同じ学校に通っているというだけ。
その学校も、ケイタは野球のスポーツ推薦で入学しており、
学力で入学したシンジとは、毛色の違う学校生活を送っていた。
そんな、生活の質も基盤も違う自分がケイタの家に行くことに、
言葉では言い表すことのできない引け目を感じ、やめとく、と言ったのだった。
だが、ケイタは頑なで、昼休みを目一杯使って、シンジを説得した。
シンジの固辞を折れさせたのはケイタが言った2つの言葉だった。
1つ目は、学校以外でもお前に会いたいんだよ。
2つ目は、最近、うちの母ちゃん、元気ないんだ。
1つ目はシンジの気持ちを高揚させたが、2つ目は複雑な気持ちを引き起こした。
元気のない人に会って、自分になにが出来るのだろう。
結局その答えはわからないまま、ケイタの家まで来てしまった。
今日はバイトのない日だが、母にはバイトがあることにしてある。
玄関から続く廊下をケイタがスタスタと歩いていく。
出されたスリッパのフワフワした踏み心地に戸惑いながら、
シンジはその後に続く。
いつも靴下か素足で歩く自分の家との違いに、早速心が下を向く。
「ただいまー。」
ケイタがそう言いながら、廊下の奥の扉を開けると、
広々としたリビングダイニングに続いていた。
暖かみのある柔らかなLED照明の光が部屋の隅々まで満ちている。
ドーナツ型の蛍光灯がぶら下がる団地の部屋とは大違いだ。
ダイニングの奥に壁付けされたキッチンで料理をしていた女性が振り返った。
顎のラインで切り揃えられた栗色の髪がふわりと揺れる。
剥きたてのゆで卵のようにツヤっとして、光の玉が浮かぶ頰。
ごわごわしたマスカラなどしていなくても、すらりと伸びて、
まぶたの動きに合わせて軽やかに動く長い睫毛。
嫌味のない淡い白色のシャツの袖は几帳面に折られて、肘の下まで上げられている。
驚くほど色白で、向こう側が透けて見えてしまいそうなほど透明感のある肌に
シンジは見とれてしまう。
「おかえり。あなたがシンジくんね。」
シンジは口を真一文字に結んで、ピクリとも動かない。
「ケイタの母のユイです。
ケイタがお世話になっているみたいで、ありがとうございます。」
そう言って、ユイは軽く頭を下げた。
背丈はシンジより少し小さいくらいで、ケイタの胸のあたりまでしかない。
ケイタはそんなユイと、何も言わないシンジとを交互に見て、慌てて言った。
「そ、そんな挨拶いいから。ご飯は?」
ユイはニコリと笑い、
「ちょっと待ってて。もう出来るから。」
と言い残して、キッチンへと戻った。
「座ってようぜ。」
ケイタはそう言い、
シンジの肩を押してダイニングテーブルの方へと連れていき、椅子に座らせた。
自分もシンジの隣に腰を下ろす。
シンジは両手を膝の上に置いたまま、頭だけを左右に動かし、部屋の中を観察した。
自分たちが座るダイニングテーブルを挟んで、ベランダ側にキッチンがあり、
反対側にはソファ、リビングデーブル、薄くて大きなテレビ。
そして、ソファの後ろ、部屋の隅に置かれた小さな棚。
棚の中では、ツルッとした白い陶器の入れ物が部屋の光を反射している。
棚の上に置かれた丸い木製の器の中には、個包装された飴やクッキーが入っている。
それを眺めていたシンジが、あっと小さく声を出した。
そして、カバンの中からコンビニの袋を取り出す。
袋の中には、バイト先のコンビニで売っているプリンが入っている。
友達の家に行くと言ったシンジに、バイト先のケイコさんが持たせてくれた。
誰かの家にお邪魔するときは、お菓子か何か持っていくもんよ、と言いながら。
あちらは何人いるの?と聞かれて、シンジは答えた。
3人。
それじゃあ、と言って、ケイコさんはプリンを4つ入れた袋を持たせて言った。
一緒に食べましょうって言うのよ。
「こ、これ、一緒に食べようと思って。」
小さな声でシンジが言うと、ケイタは驚いた顔で言った。
「マジかよ!気使わなくていいのに。
これ、シンジが持ってきてくれた!」
ケイタが大声でユイに言うと、ユイは濡れた手をタオルで拭いて近づいてきた。
ケイタから笑顔で袋を受け取りながら楽しそうに言う。
「あらあら。ありがとうね。
何かしら。」
プリンです、とシンジが言い終わると同時に、ユイが小さな声で言った。
「4つ?」
シンジが慌てて目線を上げ、ユイの顔を見ると、
袋の中を覗き込むその顔から表情が消えていた。
一瞬たじろぎながらもシンジは説明する。
「あ、あの、お、弟さんにも、良ければ。」
一瞬の間があってから、パッと笑顔に戻ったユイは、
部屋の奥の棚の方へ歩きながら、明るい声で言った。
「嬉しい。ありがとう、シンジくん。」
シンジのことも、ケイタのことも見ていない。
シンジがケイタの方をちらりと見ると、ケイタは真顔でユイの姿を目で追っていた。
何だか余計なことをしてしまった気分になり、シンジはまた下を向いた。
それから、間も無く、テーブルの上に料理が並べられるまで、
シンジはケイタの話に曖昧に返事をしながら、
ずっと自分が履いているスリッパの爪先を眺めて時間を過ごしていた。
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