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「7」の微笑み

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「いいから。今日教える教科、どれ?教科書出して。」
シンジにそう言われたが、ケイタはカバンから何も取り出さず、
真剣な眼差しでシンジを見つめていた。

シンジが笑っているのを初めて見た。
それは、ケイタの冗談が可笑しくて笑っているのではなく、
微かに微笑んでいるような、よく見ていないと見逃してしまいそうな小さな笑みだった。

心地よく暖かい焚火がふわりと揺れたような、
そんな感覚をケイタはシンジの微笑みの中に感じた。

セブン、笑うんだな。」
なんだか嬉しくなって、ケイタはそう言いながら、
ガサガサとカバンをあさり、数学の教科書を机の上に放り出した。

その日から、ケイタはシンジに勉強を教わり始めた。
3年生への進級が保留扱いになっており、正式に進級するには、
2年生3学期の期末テストを再受験し、進級に足る点数を取ること。
そのため、3週間は部活への参加は禁止。

野球一筋だったケイタにとって、ほとんど初めてと言っていいほど、
野球をゼロにして、その分の時間を他のことに充てる生活が始まった。

シンジは本人の意思に反して、ケイタに勉強を教えることになったのだが、
最初こそ若干の抵抗をしたものの、いざ始まってみると、
嫌な顔一つせず協力してくれている。

普段から言葉数が少ない、というかほぼ喋らないシンジだったが、
勉強を教える時も、それは変わらなかった。

期末テストの範囲内から、ケイタが解くべき問題を決め、
それをケイタに指示する。
ほとんどの場合、ケイタは回答まで辿り着かないので、
シンジはケイタが立ち止まったところを端的に解説する。
少し進んで、またケイタが立ち止まったらまた解説する。
それを繰り返して、ケイタは淡々と問題をこなしていった。

こうやってシンジの指導を受けていると、
教師たちが1時間の授業中、なぜあんなに喋り続けているのか分からなくなる。

シンジはケイタが欲しいヒントや解き方のコツを
欲しい時に欲しい量だけ与えてくれる。
自分でも不思議なほど、ケイタは問題を解くこと、
そして勉強を通してシンジと時間を共有することが楽しいと感じていた。

そして何よりも、ケイタがスムーズに問題を解けたときに見られるシンジの微かな笑みがケイタのモチベーションになっていた。

普段、他のやつの前では絶対に見せない顔。
こんなに近くにいても、注意深く見ていないと見つけられない、
わずかな表情の移り変わり。
心を不意にくすぐる優しい焚火の揺らめき。

約束通り、勉強が終わるとケイタはシンジをバイト先まで自転車で送り届けた。
その道中の会話も、少しずつではあるが、テンポが良くなってきた気がする。

ケイタが言葉のボールをシンジに投げても、最初のうちはボールが返って来なかったり、しばらくの間を置いて、突然返って来たりしていた。
まるで小さい子供にキャッチボールを教えているみたいだ。
でもその子供は着実に成長している。
それを実感するたびに、ケイタは嬉しくなるのだった。


勉強を開始してから1週間が経った金曜日の夕方。
今日もケイタはシンジを後ろに乗せて、シンジのバイト先まで自転車を走らせる。
最初は緊張気味で後ろに座っていたシンジもだいぶリラックスしてきたようだ。
両手は相変わらず、ケイタのお腹の前で結ばれているけれど。

「お前さ、メガネの度数、合ってないだろ?」
ケイタが後ろのシンジに大きな声で言うと、いつもの間があって、シンジが言った。

「なんで分かるの?」

質問の答えになってねーよ、と思いながら、ケイタは答える。
「教科書とかノート見る時、顔近づけすぎ。
あれじゃバレバレだって。」

シンジは何も言わない。
どんな表情をしているのかも分からないが、なんとなく笑っていない気はする。

「俺さ、ガキの頃から野球してきただろ?
視力って、野球する上で、スッゲー大事なんだよ。
だから、ずっと目には気を遣ってきた。
そのせいかは分かんねーけど、俺、人の視力とか気になっちゃうんだよ。」

相変わらずシンジはノーコメント。

「ずっと合わないメガネ掛けてると、もっと視力落ちるぞ。
新しいの、買えよ。」

そう言うと同時に自転車はコンビニの前に到着した。

「ありがとう。」
シンジがポツリと言って、自転車を降りる。

そのお礼が、バイト先まで送ってもらったことへの感謝なのか、
視力を気遣ってもらったことへの感謝なのか、ケイタには分からなかった。

「やっぱ分かんねーなー。」
トコトコと歩いていくシンジの後ろ姿を見送りながら、ケイタは独り言を呟いた。

シンジの気持ちを読み取るのは、国語の問題よりも難しい。
国語の問題なら、シンジがヒントをくれる。
でもシンジの気持ちは自力で理解しないといけない。
自力で理解したい。
そんな感情を抱いたが、
週末のプロ野球の試合予定を考え始めると
ケイタの頭の中はすぐに野球のことでいっぱいになってしまうのだった。
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