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「7」までの道のり
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「お前の7ってあだ名、俺は好きだな。」
シンジはケイタのその言葉を頭の中で何度も反芻しながら、
春のやわらかな夕日に染まった校門の脇に立っていた。
つい先ほど聞かされたばかりの自分のあだ名、「7」。
自分のバイト先の相性でもあるその数字。
これまで何の感情も抱いたことのない漠然としたその数字に、
今ではくっきりとした輪郭が生まれ、立体感さえ生まれた気がする。
この1時間あまりの間に決まったことを思い返しながら、
足元に落ちていた石ころを適当に転がす。
これから3週間、ケイタに勉強を教える。
そのお礼として、バイト先まで自転車で送ってもらう。
結局、今日はケイタがほとんどの時間を喋り続けて使ってしまったので、
勉強は明日から。
なぜ、こんなことになっているのか、自分でも分からないが、
嫌な気持ちが全くしていない自分を不思議に思うシンジだった。
キーっと耳障りな音がして、シンジが顔を上げると、
ケイタが自転車にまたがり、夕日を背にして右手を軽く上げていた。
校舎脇にある駐輪場まで自転車を取りに行っていたのだ。
「早く乗れよ。バイト、遅れるぞ。」
ケイタにそう言われ、シンジは慌てて自転車の後ろに回った。
一瞬ためらったが、ゆっくりと自転車の格子状で座りづらい荷台にまたがる。
思えば、自転車の後ろに乗るのは、
小3の時に父に乗せられて近所の小児科クリニックに行った時以来だ。
その日、シンジはひどい熱を出し、歩くこともままならなかった。
車を持っていない父は困り果て、やむなく自転車でクリニックまで連れて行くことにしたのだった。
タバコの煙を吐きながら、ぐったりとしたシンジを感情のこもらない目で見ていた母とは対照的に、
父はまるで壊れやすいガラス細工を扱うように、シンジを抱きかかえ、自転車の後ろに座らせてくれた。
その父は、それから1年経たないうちに、突然いなくなってしまい、
いまだにどこにいるかも分からないのだけれど。
「なんかお前、緊張してない?」
ケイタが振り向いてシンジに尋ねた。
シンジは小さく首を振って、自分の太ももと太ももの間にある、荷台の格子を握りしめた。
ケイタに、やっぱやめとこう、と言われるのがどうしても嫌だった。
なぜ、そんな風に思うのか、考えないように、さらに強く荷台を握る。
「大丈夫かよ。ほら。」
そう言うと、ケイタはシンジの両手を軽々と荷台から外し、
自分のへその前まで持ってくると、そこで組ませた。
ケイタの背中がぐっと顔に近づき、戸惑っているシンジの様子が伝わったのか、
「お前が落っこちて怪我したら、困るんだよ。勉強、教えてもらえなくなるだろ。」
とケイタは前を向いたまま早口で言い、ゆっくりと自転車をこぎ始めた。
ケイタがペダルを踏むだびに、シンジの手の平にケイタの腹筋の動きが伝わる。
薄い脂肪の柔らかさの内側で、分厚くて硬い腹筋が伸縮を繰り返す。
徐々にスピードを上げていく自転車の後ろで、シンジの心臓の鼓動も段々と早くなっていく。
シンジは口をキュッと結んで、ケイタの大きな背中を見つめていた。
流れてくる風に乗って、ケイタの学ランから洗濯洗剤か柔軟剤のいい香りが流れてくる。
それはシンジの家で使われている、格安の粉末洗剤とは全く違う種類の香りだった。
そして、そのふわりとした石鹸のような香りの中に、
ほんの少しだけケイタの汗の匂いが交じっていて、
シンジはどうしようもなくドキドキしていた。
それからバイト先に着くまでの間、ケイタはプロ野球の話をし続けた。
しかし、シンジの頭の中はケイタの腹の感触と、
大きな背中のたくましさと、汗の匂いの爽やかさで満ち満ちていて、
それ以外の情報が入る余地は全くなかったのだった。
シンジはケイタのその言葉を頭の中で何度も反芻しながら、
春のやわらかな夕日に染まった校門の脇に立っていた。
つい先ほど聞かされたばかりの自分のあだ名、「7」。
自分のバイト先の相性でもあるその数字。
これまで何の感情も抱いたことのない漠然としたその数字に、
今ではくっきりとした輪郭が生まれ、立体感さえ生まれた気がする。
この1時間あまりの間に決まったことを思い返しながら、
足元に落ちていた石ころを適当に転がす。
これから3週間、ケイタに勉強を教える。
そのお礼として、バイト先まで自転車で送ってもらう。
結局、今日はケイタがほとんどの時間を喋り続けて使ってしまったので、
勉強は明日から。
なぜ、こんなことになっているのか、自分でも分からないが、
嫌な気持ちが全くしていない自分を不思議に思うシンジだった。
キーっと耳障りな音がして、シンジが顔を上げると、
ケイタが自転車にまたがり、夕日を背にして右手を軽く上げていた。
校舎脇にある駐輪場まで自転車を取りに行っていたのだ。
「早く乗れよ。バイト、遅れるぞ。」
ケイタにそう言われ、シンジは慌てて自転車の後ろに回った。
一瞬ためらったが、ゆっくりと自転車の格子状で座りづらい荷台にまたがる。
思えば、自転車の後ろに乗るのは、
小3の時に父に乗せられて近所の小児科クリニックに行った時以来だ。
その日、シンジはひどい熱を出し、歩くこともままならなかった。
車を持っていない父は困り果て、やむなく自転車でクリニックまで連れて行くことにしたのだった。
タバコの煙を吐きながら、ぐったりとしたシンジを感情のこもらない目で見ていた母とは対照的に、
父はまるで壊れやすいガラス細工を扱うように、シンジを抱きかかえ、自転車の後ろに座らせてくれた。
その父は、それから1年経たないうちに、突然いなくなってしまい、
いまだにどこにいるかも分からないのだけれど。
「なんかお前、緊張してない?」
ケイタが振り向いてシンジに尋ねた。
シンジは小さく首を振って、自分の太ももと太ももの間にある、荷台の格子を握りしめた。
ケイタに、やっぱやめとこう、と言われるのがどうしても嫌だった。
なぜ、そんな風に思うのか、考えないように、さらに強く荷台を握る。
「大丈夫かよ。ほら。」
そう言うと、ケイタはシンジの両手を軽々と荷台から外し、
自分のへその前まで持ってくると、そこで組ませた。
ケイタの背中がぐっと顔に近づき、戸惑っているシンジの様子が伝わったのか、
「お前が落っこちて怪我したら、困るんだよ。勉強、教えてもらえなくなるだろ。」
とケイタは前を向いたまま早口で言い、ゆっくりと自転車をこぎ始めた。
ケイタがペダルを踏むだびに、シンジの手の平にケイタの腹筋の動きが伝わる。
薄い脂肪の柔らかさの内側で、分厚くて硬い腹筋が伸縮を繰り返す。
徐々にスピードを上げていく自転車の後ろで、シンジの心臓の鼓動も段々と早くなっていく。
シンジは口をキュッと結んで、ケイタの大きな背中を見つめていた。
流れてくる風に乗って、ケイタの学ランから洗濯洗剤か柔軟剤のいい香りが流れてくる。
それはシンジの家で使われている、格安の粉末洗剤とは全く違う種類の香りだった。
そして、そのふわりとした石鹸のような香りの中に、
ほんの少しだけケイタの汗の匂いが交じっていて、
シンジはどうしようもなくドキドキしていた。
それからバイト先に着くまでの間、ケイタはプロ野球の話をし続けた。
しかし、シンジの頭の中はケイタの腹の感触と、
大きな背中のたくましさと、汗の匂いの爽やかさで満ち満ちていて、
それ以外の情報が入る余地は全くなかったのだった。
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