上 下
1 / 23

「6」と「8」

しおりを挟む
「んー・・・」
広瀬シンジは隣の席の女子生徒に聞こえるか聞こえないか程度の声でうなった。
そして、数学の教科書に鼻先がくっ付きそうなほど、机に顔を近づけた。

よく晴れた木曜日の昼休み。
シンジが気だるそうにうなったのは、数学の問題が分からないからではない。
むしろ、教科書の問題は、シンジにとっては簡単すぎる。
では、なぜうなったのか。

数字がよく見えないのだ。
「6」と「8」の区別が付かないことが、最近増えてきた。
結果、最後に割り切れないといけない計算問題で、中途半端に割り切れないことがある。

その度に、シンジは問題文を読み直す。
そして、「6」だと思った数字が「8」であったこと、またはその逆であったことに気づき、最初から計算し直す羽目になるのだった。

何しろ、小6の時に買って以来、一度も調整していないメガネをかけているのだ。
高3になったシンジが「6」と「8」を見分けられなくなるのも無理はない。

母はシンジの視力がこの6年間で低下したことなど気づいてはいないだろう。
シンジが放課後にコンビニでのバイトを終えて、夜遅くに帰宅する時間に母は出掛ける。
(それが「お水の仕事」のためであると、意地の悪い顔をした同級生の親から聞かされたのは、小4の冬、父が突然家を出てから間も無くだった。)
寝る前に勉強をしているシンジの姿を母は見たことがなく、彼の視力の低下に気づくことなど、土台無理な話なのだ。

それに、シンジはメガネを買い替えたいと母に頼んだことは一度もない。
そんなことを言って、母の機嫌を損ねると、かえって面倒なのだ。
時折、酒に酔って朝方に帰宅した母は、寝ているシンジを叩き起こし、「この金食い虫!」と罵倒することがあった。
そんな母にメガネを変えたいなどと言えるはずがない。
コンビニバイトの少ない給料は、すべて家に入れることになっていたため自由に使うこともできず、シンジは仕方なく、「かけないよりはマシ」程度のメガネをかけ続けているのだった。

ようやく問題を解き終え、シンジは顔を上げた。

それと同時に、教室の扉が激しく開き、数人の男子生徒が駆け込んでくる。
なにやら訳の分からないことを叫びながら、教室の前で騒ぎ始めた。
その叫び声に混じる卑猥な言葉を聞いて、女子生徒たちが眉をひそめた。

シンジは一つ短いため息をつき、再び教科書に視線を落とした。
周囲の騒音は無視し、数学の問題に集中しようとする。

けれど、相変わらず騒ぎ続ける男子の中心にいる、川田ケイタの声だけは、シンジの集中を妨げ続けた。

野球部で声を出し続けているせいか、無駄に大きなケイタの声は嫌でも耳に入る。

でも、シンジの集中力が妨げられるのは、ケイタの声がでかいからだけではない気がした。

その声は、割り切れない割り算の「余り」のように、いつまでも心に引っかかり続けるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

真冬の痛悔

白鳩 唯斗
BL
 闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。  ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。  主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。  むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。

たとえ性別が変わっても

てと
BL
ある日。親友の性別が変わって──。 ※TS要素を含むBL作品です。

愉快な生活

白鳩 唯斗
BL
王道学園で風紀副委員長を務める主人公のお話。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

処理中です...