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「6」と「8」
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「んー・・・」
広瀬シンジは隣の席の女子生徒に聞こえるか聞こえないか程度の声でうなった。
そして、数学の教科書に鼻先がくっ付きそうなほど、机に顔を近づけた。
よく晴れた木曜日の昼休み。
シンジが気だるそうにうなったのは、数学の問題が分からないからではない。
むしろ、教科書の問題は、シンジにとっては簡単すぎる。
では、なぜうなったのか。
数字がよく見えないのだ。
「6」と「8」の区別が付かないことが、最近増えてきた。
結果、最後に割り切れないといけない計算問題で、中途半端に割り切れないことがある。
その度に、シンジは問題文を読み直す。
そして、「6」だと思った数字が「8」であったこと、またはその逆であったことに気づき、最初から計算し直す羽目になるのだった。
何しろ、小6の時に買って以来、一度も調整していないメガネをかけているのだ。
高3になったシンジが「6」と「8」を見分けられなくなるのも無理はない。
母はシンジの視力がこの6年間で低下したことなど気づいてはいないだろう。
シンジが放課後にコンビニでのバイトを終えて、夜遅くに帰宅する時間に母は出掛ける。
(それが「お水の仕事」のためであると、意地の悪い顔をした同級生の親から聞かされたのは、小4の冬、父が突然家を出てから間も無くだった。)
寝る前に勉強をしているシンジの姿を母は見たことがなく、彼の視力の低下に気づくことなど、土台無理な話なのだ。
それに、シンジはメガネを買い替えたいと母に頼んだことは一度もない。
そんなことを言って、母の機嫌を損ねると、かえって面倒なのだ。
時折、酒に酔って朝方に帰宅した母は、寝ているシンジを叩き起こし、「この金食い虫!」と罵倒することがあった。
そんな母にメガネを変えたいなどと言えるはずがない。
コンビニバイトの少ない給料は、すべて家に入れることになっていたため自由に使うこともできず、シンジは仕方なく、「かけないよりはマシ」程度のメガネをかけ続けているのだった。
ようやく問題を解き終え、シンジは顔を上げた。
それと同時に、教室の扉が激しく開き、数人の男子生徒が駆け込んでくる。
なにやら訳の分からないことを叫びながら、教室の前で騒ぎ始めた。
その叫び声に混じる卑猥な言葉を聞いて、女子生徒たちが眉をひそめた。
シンジは一つ短いため息をつき、再び教科書に視線を落とした。
周囲の騒音は無視し、数学の問題に集中しようとする。
けれど、相変わらず騒ぎ続ける男子の中心にいる、川田ケイタの声だけは、シンジの集中を妨げ続けた。
野球部で声を出し続けているせいか、無駄に大きなケイタの声は嫌でも耳に入る。
でも、シンジの集中力が妨げられるのは、ケイタの声がでかいからだけではない気がした。
その声は、割り切れない割り算の「余り」のように、いつまでも心に引っかかり続けるのだった。
広瀬シンジは隣の席の女子生徒に聞こえるか聞こえないか程度の声でうなった。
そして、数学の教科書に鼻先がくっ付きそうなほど、机に顔を近づけた。
よく晴れた木曜日の昼休み。
シンジが気だるそうにうなったのは、数学の問題が分からないからではない。
むしろ、教科書の問題は、シンジにとっては簡単すぎる。
では、なぜうなったのか。
数字がよく見えないのだ。
「6」と「8」の区別が付かないことが、最近増えてきた。
結果、最後に割り切れないといけない計算問題で、中途半端に割り切れないことがある。
その度に、シンジは問題文を読み直す。
そして、「6」だと思った数字が「8」であったこと、またはその逆であったことに気づき、最初から計算し直す羽目になるのだった。
何しろ、小6の時に買って以来、一度も調整していないメガネをかけているのだ。
高3になったシンジが「6」と「8」を見分けられなくなるのも無理はない。
母はシンジの視力がこの6年間で低下したことなど気づいてはいないだろう。
シンジが放課後にコンビニでのバイトを終えて、夜遅くに帰宅する時間に母は出掛ける。
(それが「お水の仕事」のためであると、意地の悪い顔をした同級生の親から聞かされたのは、小4の冬、父が突然家を出てから間も無くだった。)
寝る前に勉強をしているシンジの姿を母は見たことがなく、彼の視力の低下に気づくことなど、土台無理な話なのだ。
それに、シンジはメガネを買い替えたいと母に頼んだことは一度もない。
そんなことを言って、母の機嫌を損ねると、かえって面倒なのだ。
時折、酒に酔って朝方に帰宅した母は、寝ているシンジを叩き起こし、「この金食い虫!」と罵倒することがあった。
そんな母にメガネを変えたいなどと言えるはずがない。
コンビニバイトの少ない給料は、すべて家に入れることになっていたため自由に使うこともできず、シンジは仕方なく、「かけないよりはマシ」程度のメガネをかけ続けているのだった。
ようやく問題を解き終え、シンジは顔を上げた。
それと同時に、教室の扉が激しく開き、数人の男子生徒が駆け込んでくる。
なにやら訳の分からないことを叫びながら、教室の前で騒ぎ始めた。
その叫び声に混じる卑猥な言葉を聞いて、女子生徒たちが眉をひそめた。
シンジは一つ短いため息をつき、再び教科書に視線を落とした。
周囲の騒音は無視し、数学の問題に集中しようとする。
けれど、相変わらず騒ぎ続ける男子の中心にいる、川田ケイタの声だけは、シンジの集中を妨げ続けた。
野球部で声を出し続けているせいか、無駄に大きなケイタの声は嫌でも耳に入る。
でも、シンジの集中力が妨げられるのは、ケイタの声がでかいからだけではない気がした。
その声は、割り切れない割り算の「余り」のように、いつまでも心に引っかかり続けるのだった。
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