戦国武将と晩ごはん

戦国さん

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第二話 明智光秀と肉じゃが

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「ほっんとに信じられないっ!」

 わたしは大変怒っています。
 それは何故かと言うと——

「仕方がないだろ? 帰りが遅いお前を迎えに外に出たら、何ともいい匂いがして。腹が減るのは?」

 言って、信長さんはたい焼きの頭をパクリとかじった。

「あ~またぁ! もう真面目に聞いてますっ!?」

 そう。
 信長さん、戦国時代の着物のまま外に出歩いて、商店街にあるたい焼き屋の前にいたのだ。

 しかもだよ?
 餡子がぎっしりと詰まった美味しそうなたい焼きを、一人で食べていたのだよ!?

「——ずるい」

「あん……?」

 お金もわたしが支払ったし。
 商店街のお店の人たちからは散々質問責めにあった。

「本当に誤魔化すのにどれだけ苦労したのか、分かってるんですか——」

「おい、ちょっと待て、倫。門の前に人が倒れてないか?」

「……人ぉ? そうやって誤魔化そうとするぅ!」

「いいから見ろ、倫」

「そもそも現代で行き倒れなんて——あ……!」


 派手な色合いをした見事な甲冑の人が倒れてる!
 
「な? 本当に倒れていただろ?」

「そんな事は今はどうでもいいですから! 早く信長さんも運ぶの手伝ってください!」

「ぐっ……まあいい。俺がこいつを運んでやるから、倫は部屋に戻って布団を敷け」

「あ、そうですね。じゃあ、お布団の用意してきますね」

 わたしは猛ダッシュで家の中に戻った。


 ◇


 敷いた布団の上に寝かせた武将さんの顔を覗き込む。

 目立った怪我はないけれど。
 一応、応急処置は済ませることができた。
 
「それにしても……この武将さん、すごく綺麗な顔立ちしてる」

 上品そうで整った顔立ちは、現代でも通用するイケメンだ。

「どうしてこんなに甲冑がぼろぼろなんだろう?」

「……合戦の後みたいだな。こいつは間違いなく敗走の将だろうな」

 信長さんは難しい表情をしている。

 しばらくして——
 行き倒れになっていた男の人が、やっと目を覚ましてくれた。

 このまま目を覚さなかったら、どうしようと不安に思っていたのだけれど。
 それに救急車なんて呼ぶ訳にはいかないからね。

「あの……本当に大丈夫ですか? 痛いところとかありません?」
 
「この傷の手当て貴女が……?」

「ええと……まあ簡単な応急処置ですけど」

 彼は布団の上に正座すると、わたしに頭を深々と下げた。

「私の名は明智光秀十兵衛。この助けていただいた恩は決して忘れはいたしません」

「——明智光秀って言いましたっ!?」

「ええ、そうですが……?」

 明智光秀という名前に、わたしは思わず信長さんの顔を見ていた。

「それで……ここは何処なのでしょうか? それにあなた方はいったい——ま、まさか殿っ!?」

 信長さんの顔を見てすごく狼狽している。
 
「……なんだ? まるで幽霊でも見たような表情をして……?」

 信長さんは訝しむように光秀さんを睨んでいる。

「あの、これはいったい……?」

 困惑した表情をして、わたしに何か言いたそうにしている。

 その表情を見て、わたしは理解した。

 この光秀さん。
 おそらくだけれど、『本能寺の変』後の明智光秀さんなんだ。

「落ち着いてください、光秀さんっ」

「……ですが、あの!?」

 まあ、混乱するのも無理はないよね。
 死んだ人間が目の前にいたりすれば。

「えーと、わたしは倫」
「り、倫殿……こちらの方は——」


「織田信長さんですよ。最近今川義元さんに勝ったばかりなんですよね」

「今川に……? もしや田楽桶狭間の戦いの事でしょうか?」

「そうなんですけどね……ちょぉっといいですか、光秀さん」

 わたしは光秀さんの耳元でそっと伝えてあげた。
 信長さんに聞こえると、いろいろ面倒だしね。

「……そうですか」

 光秀さんの納得した表情を見て、わたしは光秀さんから離れると、また信長さんの横に座った。

「……お前なぁ。いい加減誰かれ構わずに抱きつく癖をだな——」

「ええと……まあ、いいじゃないですか」

「いや、まあ確かに構わんが……で、奴と何を話していたんだ? 俺に聞こえないようにわざわざと——」

 ——ぐううううう

 それは突然訪れた。
 いきなりわたしのお腹が、『腹が減ったぞっ!』と言わんばかりにおもいっき鳴り響いた。

「……おい、倫?」

 呆れた顔で信長さんが、わたしを睨んでいる。

「うぐ……ば、晩ご飯の用意しますね」

 わたしはその場から逃げるようにして、キッチンへと行く。

 信長さんが光秀さんに余計な事しないか心配だけれども。

「でも……今はご飯を作るのが最優先! さてと作りますか!」

 食材を冷蔵庫から取り出し、キッチンに並べる。

 今日の晩ご飯は『肉じゃが』。

 まずはじゃがいもの皮剥きからだ。
 このとき芽の部分もしっかりと取り除いでおく。
 皮を剥いたじゃがいもを一口大に切る。
 煮崩れはさせたく無いので、切った角を面取りしておく。

「次は玉ねぎと人参ね」

 玉ねぎはくし切りにして、皮を剥いた人参は乱切りにする。

 しらたきはサッと茹で灰汁を抜く。
 インゲンは塩を入れた加えたお湯で固めに茹でる。

「牛の細切れ肉は食べやすいよう大きさに切ってと……うん、下準備完了! 次は具材をいよいよ炒めるわよぉ!」

 中火で熱したフライパンに油を入れて、細切れ肉を炒める。
 肉の色が変わってきたところで、じゃがいも、人参、玉ねぎの順に加えて炒めていく。

 全体に油が馴染んだら、水、砂糖、酒、みりんを加える。
 煮立ったら灰汁を取り除き、しらたきを投入。
 蓋をして、中火で10分ほど煮る。

 最後に醤油を入れて約8分ほど煮たら、食べやすく切ったインゲンを入れて——

「肉じゃがの完成!」

 ぷぅ~んと鼻をくすぐる、食欲を唆るいい匂い。

 炊きたてご飯とお味噌汁を添えて、テーブル上に並べる。

「くぅ~! 匂いを嗅ぐだけで腹が減ってくるな」

「でしょでしょ? んじゃあ……いただきますっ!」

 味の染みたほっくほくのじゃがいもをパクリと口に放り込む。

 ホロリと崩れるじゃがいもの優しい味が、口の中にじわぁ~っと広がる。

「ん~~~! 美味しいぃ!」

「くははは! 醤油が染み込んだ芋の旨さが、白米と合うな。これなら酒にも……くぅぅ!」

 盃に注がれた冷酒をクイっと飲み干した信長さんの顔。
 なんとも幸せそうな表情をして見せるんだろうか。

「……あれ? 光秀さん、どうしたんです?」

 光秀さんがどんな反応をしているのかが気になったわたしは、ふと視線を向けた。
 でも光秀さんは、全く肉じゃがに手をつけようよしていない。

「……私は……」

 光秀さんは辛そうな顔を浮かべて、ずっと下をうつむいている。

 まあ、殺した相手が目の前にいれば、なかなか食事なんて食べる気分じゃあないわよね。

「まだ悩んでいるのか、光秀?」

「……ええ」

「信長さん、何か知ってるんです?」

 調理の間。
 何か二人が話し合っている声が聞こえていたのよね。
 はっきりとは聞こえなかったのだけれど。

「……私は恩ある主君を手にかけたのです。それが本当に正しい事だったのかと……」

「悩んだ挙句に合戦で負けたんだそうだ」

 本能寺の変から秀吉に敗れるまで、ずっとそんな事考えていたんだ、光秀さん。

「それにしてもだ。家臣がそんな事を考えているのに気づかん主君は、とんだ『うつけ』だな」

 って高笑いしてますが。

「そうですよねぇ~」

「なんだ、倫? なぜ俺を呆れたような目で見てるんだ?」

「いや、別にぃ?」

 当事者である信長さんに言われてもねぇ。
 光秀さんも、どう反応すれば良いのか困っただろうなぁ。

「でもな、光秀。お前が理想と信念を持って主君を討ったなのならな……最後まで己が信念を貫き通せ」

「……信長さまっ!」

「そうですよ、光秀さん! 美味しいものを食べて元気になって頑張ってください」

「倫殿……!

「生きるためにも今は喰え、光秀」

 なんていいタイミング。
 信長さんは、肉じゃがの入った小皿を光秀さんの鼻先に突き出した。

「これは……美味い!」

 肉じゃがを口に入れた光秀さんの表情が、ぱあっと和らいでいく。

 驚いた表情のまま、光秀さんは肉じゃがをパクパクと無知になって食べている。

「えへへ~美味しいでしょ、肉じゃが」

「ええ……これほど美味い料理は、京の都でも食べた事がありません」

「そうだろ、そうだろ。この倫の料理を食えば、小さな悩みなど吹き飛ぶぞ」

 信長さんは、くはははっと自慢そうに大声で笑っている。

「本当に……どこかほっとする味ですね」

 肉じゃがを食べている光秀さんの表情。
 ここに来たときよりも、なんとなく陰りが晴れたような表情してる。

「——ご馳走さまでした」

 肉じゃがを食べ終えた光秀さんがわたし達に向けた顔には、もう迷いなんてものは一切ないみたいだ。

「いい面構えになったな、光秀」

「ええ……今日ここに訪れることができて、私の迷いはもう消えました」

「ふっ……ならば最後の最後まで信じた道を進めばいい、光秀」

「——はい。必ず貫きとおしてみせます……それと倫殿」

「ええと……はい?」

 光秀さんは目を細めて、優しい笑顔をわたしに向けた。

「貴女にはずいぶんと助けられた気がします……光秀、この恩は一生忘れることはしません」

 言う光秀さんの表情。
 最初ここに来たときより、迷いが吹っ切れたような表情をしてる。

「恩……それじゃあ——」

 わたしはまた光秀さんにハグをしてみせた。

「約束してください。絶対に死なないって」

「ええ。私は死にはしませんよ」

 光秀さんは微笑えんでスゥッと消えてしまった。


「……消えたか。奴とはもう少し話していたかったんだがな」

 信長さんは少し残念そうに呟いた。

「最初に来たときより、なんか明るい表情してましたね、光秀さん」

「それはな……倫の料理を食って、奴の小さな悩みなど吹っ切れたんだろうよ」

「か、買い被りすぎだよ。わたしの料理なんて大したことないですって」

「いや。お前が作る料理はな……お前が思ってる以上に人の心に響くんだよ」

「わたしの料理が……? そうなのかなぁ……?」

「そんな事よりもだ、倫! 早く肉じゃがとやらをジャンジャン持ってこい。俺はまだまだ食い足りんぞ!」

「あ~はいはい。おかわり、今持って来ますから」

 自分で意味深なこと言っておきながら、肉じゃがのおかわりを要求するなんて。
 なんて勝手な人なのだろうか、この若い織田信長さんは。
 
 わたしが知る歴史じゃ、光秀さんは秀吉との戦いの後に農民に襲われて命を落とすことになっている。

 でも、信長さんが言うように、光秀さんがわたしとの約束を守ってくれたのなら——

「——天海さんか。それも有り得るのかな」

 きっとそうだとわたしは考えていた。


 
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