新生月姫

宇奈月希月

文字の大きさ
上 下
13 / 25
出会いと雪解け

ancient earl・1

しおりを挟む
 ナギサは心底嫌そうな表情を浮かべると、冥殿へと足を踏み入れた。
 先日訪れたこの場所で、ナギサは心の底から憎んでいる魔王と遭遇したからだ。
 ナギサにとってそれは忌むべきことであり、二度と関わりたくないのだから。
 思わず、大きな溜め息を零す。
 あの時、冥王・リキが言っていた「今日は挨拶だけだから」の言葉が蘇る。それはつまり、今度も会うことを示しているし、こんなに早く呼び出しが来るとは思ってもみなかったからだ。
「い、いや。気持ちで負けてはダメね。そうよ。ナギが連絡をしていた件かもしれないじゃない」
 ナギサはぶんぶんと首を横に振ると、自分を鼓舞するようにぐっと拳を握った。
 ナギサを案内するために、冥殿の執事長がナギサと共に歩いており、その様子をもちろん見ているが何も言わない辺りは、さすがと言うべきだろう。
 彼の案内の下、執務室へと通されたナギサが入ると、リキは大量の書類に埋もれていた。
「え?え!?ちょっと!大丈夫!?」
 思わず駆け寄ったナギサだが、「平気平気」と返事をするリキと共に、カイが「いつものことですので、お気になさらず」と笑顔で言い放つ。何とかもぞもぞと出てきたリキが「お待たせ!」と言ってきたのを確認して、ナギサは咳払いをするとゆっくりと頭を垂れた。
「月王家第一王女、ナギサ=ルシード。参じました」
 ナギサのその姿を見て、今度はリキがぎょっとした。
「え!?そんな畏まらなくっていいって!カイ、今すぐお茶用意して!」
 リキはそう指示を出しながらも、ナギサをソファへと座らせた。
「そういう訳にもいかないでしょう?私は一国の王女でしかないのだし。あなたの方が身分は上だわ」
「そうかもしれないけど……」
 そう口籠るリキだったが、ナギサは再びすっと背筋を伸ばす。
「では、先日仰っていたことを説明していただけるのかしら?」
 そうすまして言い放つナギサに、リキは思わず頭を抱える。
「う、うん。話すから、その畏まった態度やめて?調子が狂うわ。ね?俺とナギサ、一つしか歳変わらないんだし、もっとフレンドリーに行こうぜ!」
 そう笑顔で言うリキだったが、ナギサが冷たい視線を向けたままで、早くも心が折れた。
「カイー!俺、もう泣きそう!」
「はいはい。そんな戯言を言っているからでしょう?さっさと本題を話せば、ナギサ様だってそんなに冷えた目で見ないですよ」
 カイにもバッサリ切り捨てられ、めそめそとするリキだが、ここに味方はいないようでしょぼんとする。
 カイは、そんなリキの扱いに慣れているようで、ナギサに用意したお茶と同時に、リキの前にも彼が好きな菓子と一緒に置くと、リキはしょぼしょぼしながらも菓子を口に含み、やっと話す気になったようだった。
「たぶん、大神は何も話してないと思うんだけど……三大王の後継者の役割って聞いたか?」
 リキの言葉に、ナギサは「役割?」ときょとんとする。
 その様子で、大神が何も言ってないことを理解すると、リキは頭を抱えた。
「うーん、やっぱりな。じゃあ、三大王の後継者の別名称は知ってるか?」
 その問いにもナギサは首を横に振るが、見越していたリキはすぐに答えを出した。
「“代理人”。三大王の代理人」
 それにはナギサは予想外だったようで、眉を寄せる。
「代理人?何を代理するの?跡取りは、いずれ王になるために勉強するっていうのは聞いたけど」
「まあ、確かに。ある意味、勉強でもあるんだが」
 リキはそう言うと、すっと指を前に出し、空中に円を描いた。

 瞬間、ゆらりと幻影が現れる。
「この世界は、聖界、魔界、冥界、総じて三大界で成り立っている。それぞれを大神、魔王、冥王が治めている。それぐらいはわかっているな?」
「もちろん。その三人をまとめて三大王と呼ぶこともね」
 ナギサの言葉にリキは頷くと、再び手で空中を撫でる。今まで映っていた幻影は揺らぎ、たくさんの星が映し出された。
「これが、三大界と別次元にある混界だ。この全ての星一つ一つに生物が生存し、また星同士の干渉がないように、次元を弄ってある。ナギサが記憶を失くしている間、過ごしていたのも、この混界の中の一つ、ってことだな。三大王の仕事の一つとして、混界のバランスを保つことも含まれる」
「三大王が?でも、別の世界なのよね?」
「ああ。ただ、混界には“神”が存在しないし、精霊の干渉もほとんどない。さっき言ったように、特例でこちらから混界へ行くことはあるが、ほとんどない」
 リキの言葉に、ナギサは向こうで過ごした日々を思い出した。確かに、魔法なんてなかったし、そういうのはおとぎ話の中だけだった。
「導く存在がいないからこそ、三大王が導かなければならないってこと?」
「導くって言うと大袈裟だけど、滅ばないように多少の修正だけしてる、ってイメージだな」
 リキの言葉に、ナギサは考え込むように腕を組んだ。その様子を見て、リキは話を続けた。
「ただ、三大王自身も一つの世界を担う王。自分の世界に重きを置くのは当たり前だし、仕方ない」
「混界の方が疎かになってしまうということね。時間だってないでしょうし、自分の世界が優先されるのは仕方がないわね」
「そこで出てくるのが、三大王の後継者だ。“代理人”として混界の仕事を任している」
 その言葉に、ナギサはじっとリキを見つめた。
 その訝しげな表情に、リキは苦笑いを浮かべるしかない。
「さっき、ナギサだって言っただろ?“王になるための勉強”だって。いずれ、同じ仕事をするのだから、半分持ってね、ってことなんだろ」
「確かに言ったけど……何でそうなるのよ」
 ナギサは思わずため息を吐くが、リキの苦笑いは止まらないようだ。
「代理人は、混界でトラブルが起きた際に直々に向かい、調査及び解決をしてもらう。同時に、混界にいる間は三大王と同等の許可が下りる」
「同等の許可?」
 ナギサは益々眉間に皺を寄せていくが、リキは開き直ったように話し続ける。
「ああ。さっき、精霊の干渉があまりないとは言ったが、存在しない訳じゃない。三大王として精霊に干渉が可能だし、一定以上の理由がある場合のみにはなるが、戦闘も可能。その際の死傷に関しても、許可が下りている」
 あまりよろしくない言葉に、ナギサは頭を抱えるが、リキは「まあ、そんな大事な事件滅多にないけどな」とフォローは入れている。
 しかし、ナギサはそこではたと気付いたように目を開いた。
「そう言えば、冥王代理人っているの?」
「ああ、いるよ。大神や魔王と違って、冥王は世襲制じゃないから、冥王以外で“封印の神”と契約している奴が、“代理人”として立っている状態なんだ」
 リキの言葉に、ナギサも納得したのか、テーブル上のお菓子に手を伸ばした。
「それで?わざわざ今日呼ばれたのは、その仕事をこれからしてくれってことなのかしら?」
「うーん?それもあるけど、そのために紹介しなきゃいけない奴いるな、って思って。もうすぐ来るからちょっと待っててよ」
 リキの言葉に、ナギサは一瞬面倒そうな表情を浮かべるが、そのままお菓子と紅茶を堪能し始めた。
 リキも、お菓子を摘まみながら呼んだ相手が来るのを待った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...