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04.まつりとささぎ

登頂

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今朝。まつりが出掛ける為にドアを閉め、背を向けた――――ときだった。
夏々都を背負って歩こうとしていると上着の端末が元気よく鳴り響いた。


「もしもーし」
内心で舌打ちしながら応答ボタンを押すと、

「やぁマック! 特捜最前線してる?」
電話の向こうから陽気そうな『彼女』の声が響いて来る。
「……いつだって特捜最前線ですよ」
 まつりは端末を耳に当て、淡々と返す。
特捜最前線は結構前にやっていた刑事ドラマのはずだ。

「それにマックさんじゃなくて、まつりさんですよ」
「そうなの?マック」
「……」
 何故マック。何故拘る。
確かに学校ではなく屋敷から外に出てはいるが、その事をシャープに見えるとか、フラットに見えるとか言って欲しい訳でも無いしそもそもファストフードじゃない方だよな――――
……と普段なら突っ込んでもいいのだが、なにせ今は時間が無い。
「今、忙しいんだけど」と、やや不機嫌気味に言う。
ごめんごめん、と彼女は笑った。
「忙しかった? どうしても今伝えたい事があって」
伝えたい事?気心の知れた彼女の事なので、まつりも深く考えたりはしなかった。
「ふうん。何?」
訊ねると単刀直入に、『彼女』は、言う。
「実はこっちであんたらの話が風の噂で回って来てるの」









「回る?」
「貴方たち、生活の実情とか何処かに晒したりしてないでしょうね」

  そこで、まつりは少し驚く。いつものくだらない雑談とは違うようだ。
「ど、どういう意味?」

現実に影響を及ぼすような公私を混同する事はやって居ない。
個人情報だって個人の範囲でしか話す事は無いし……他人にも口外しないように厳しく言っていた。
調べものをするにも変に目立っていない方がやりやすかったし、実際の事件に合っているのだから目を付けられたくなかった。

――――なのに誰かが世界中に自分たちの出ている話を

何か悪い噂にでもなっているのではないかとドキドキしながら訊ねると、
「だから、もしかしたらまた傍にスパイがいるって事よ」と、彼女は言った。
「あぁ……」
そう言う事。
まつりは妙な確信があった。

    例えば、有名人や作家がまつりや彼の事を自分達の経験やストーリーの下地にして先に利用しておく。
その後外に出ても同じネタが出せなくなる、みたいな魂胆か……その為に今のうちに必死になって自分たちと同じ内容を広げて、カードを配っているというのは考えられることだった。
   そうやって世間に広めた後で、此方を否定する。
企業等が反社会的勢力と手を組んで行ってきたことで、その結果何処かの市民が他人の二次創作のように扱われるのだった。
(セフィロスかな……?)







  まつりは生れたときから組織的に『監視』されていた。
直接関わって来る事はほぼないが、遠くにいつも誰かの視線があり、誰かが自分の生活を見張り続けて居る。
―――『彼ら』は勝手に「保護観察」なんて不名誉極まりない名前を付けたりもしているけれど、別に何かやらかしたという訳ではなく、出自的な理由というか……

いやそれにしたところでプライバシーを侵害しているのだが。
とにかく、以前にもそういった「敵」が潜んでいた事があった。


「いや安心してる場合じゃないでしょ」

やや安堵の息を零した事を耳聡く聞きつける彼女に言われながらも、
「……何聞いたの?」とまつりは平坦な声で訊ね返す。

「ん?何か、引っ越したの知って無きゃ言わないような近況」
 ――と、彼女は語る。

ある子どもが『ある事件』に巻き込まれた事。それによって家族が居ない事。
口封じに狙われる目撃者の少年を引き取って暮らしている事。

以前、階段から転げ落ちた事。それにまつりが好きなポテトチップスの味に、
おじさんが無断で使い込んだ資金の事まで――――?
「どう? この前バーにいた女から聞いたんだけど」
聞けば聞くほどに確かにそれらはほとんどまつりや知人のことだった。
監視した中身や、それに嘘を盛ったような内容を、知らぬ間に誰かに吹聴されている。
「……な、なんで、誰から」
「犬、って名乗ってたわね」
「犬?」
「そう、確かヤハタの犬だって」
「――」
使用人を犬と呼ぶ主人は珍しくないが、自ら名乗っていると話は違ってくる。有り体に言えば「関わってはいけない種類の人間」、人権を放棄した下層のことが多いのである。
犬、と公衆の場で名乗っている自体が異様なのだ。
まぁそもそも現代ではSM以外に殆ど使う人もいないので、
もし名乗っている、あるいは犬という呼び方での対応を強要されているとなるとかなり治安の悪いところなのか、暴力の線がある。


「話に関してはあんたから聞いたそうよ。内情とか……大っぴらに話して大丈夫なの? 探されてるんでしょ」
「いや、知らないけど。入院してたし」
「……そう。やっぱりあの女……」

「え?」
まつりは、思わず聞き返す。
「いや、屋敷が無くなってから、がめつい奴が後見人捜しに奔走してるって噂もあるのよね」
「後見人、って。屋敷はもう――」
まつりが何か言おうとするのを遮るように彼女は一方的に説教を続ける。
「とにかく無事なのはいいけど、気を付けてね。あんた顔だけは良いんだから、どうせそっちでも変な男か女に言い寄られたり」
「ない事も無いけど」
「どうせならどっちかに決めなさいよ。じゃないと余計、変なのが寄って来る」
「えー、仮に男を選んでも、見た目は変わらないし。男の娘とか、そういう癖と『これ』を、混同する奴が出るだけでは?」
「女の子になれば変わらないんじゃない?」
「でもさー、それだと……って、そうだ、時間!」



「ふぅ、びっくりした」

 慌てて通話を切ると、片手でメールを送信。
『今何処(*'ω'*)? 外出たよ』
相手からの返信はすぐに来た。
『近くの駐車場』
 近くの駐車場は一つしかない。シティバス乗り場の裏、にあるそれのことだろうと踏んで、まつりは歩き出した。



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