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03.イン・ポスター
好意と三日月のミネストローネ
しおりを挟む廊下でたまにすれ違う人たちが居たが、あれからみんな当然のように、まつり(の演じるささぎお姉様)に頭を下げて、道を譲っていた。勿論好意的な視線ばかりではなかったけれど、
(すれ違ったショートヘアの子などは露骨に睨みつけてきたし)
※どうも、まつりとお姉さまは、本当に似ているらしい。
という辺りで、
やっと長い廊下が終わり、生徒会室が見えてくる。
位置からすると……えーっと、さっき入った側が……この辺だから、と脳内で地図を思い出してみる。
うーん、難しいな。
描こうとすると、立体と平面が混じりぐちゃぐちゃになってしまう。
「そういえば、私まだこれ、書いてないんですよね……」
不意に三日月さんがぼくの方を向いた。
「?」
よう見えたが、廊下の掲示板を見ていたらしい。
途中の掲示板に「お願いします!」と貼られ、その下に長机、生徒会のアンケートボックスが置いてある。
パーティに出す食事に関するアンケート。
人気のメニューを予算内で揃えるようだ。
「ナナトさんは――好きなものって、ありますか?」
目が合う。真剣な目で、真面目に聞かれている。適当な事は言いづらそうだ。
「好きなもの?」
意味のない時間を稼ぐべく、オウムのように聞き返す。
それから昔、ある人に同じことを聞かれたっけ。と、思い出した。
「あっ、彼女が居るかとかじゃなくて」
焦って彼女が付け足してくれる。
「なんでもいいんです。日常的、普遍的な拘り、執着、これが自分だ!って胸を張って言えるようなもの。自分を、自分足らしめるもの……そういう」
「拘りかぁ」
1秒ほど、悩むフリをしてみる。
わからない。正直そんなもの、考えたことが無かった。
ずっと昔は考えて居たのかもしれないが、もはや遠い夢みたいな現実味の薄い話だ。
日常に拘りや執着ばかり持って居ては発狂した毎日を過ごさねばならない。
唯一、まつりが笑ってくれることだけがぼくの全て。
そう言うわけにもいかないから、ぼくは 「塩味かな。スナックで言うと」
と捻った。
「浅漬けとかも好き」
モニターの奥には、塩味は映っていない。
観賞には含まれない、ぼくの内面。
「でも、塩味が好きな人は沢山居るからな」
それだけでぼくをぼく足らしめるものには足りない、発狂しそうだ。
このざわざわと心をゆさぶるような会話は、三日月今日子への仕返しだろうか。ぼくがぼくがどうか。
そんな悍ましい事――とは、言えないけれど。
「根源的な意味で好きな物が無いって事がどんな気持ちかは、ぼくも知ってる」
もし学園の外から来た人から、そういうアドバイスが欲しかったのだとしたら、ぼくもまた何か参考になるような事を言えないだろう。その興味に答えてあげられる答を持って居ない。
彼女は首を横に振る。
「あ。ごめんなさい。責めてる訳では無くて、ただその、周りが何に関心を持つのか気になったというか……単純に、なにかあるかなっていうか」
関心?
彼女はなんだか気まずそうに視線を逸らした。
「――……その。実は最近誰かに見張られてるみたいで。クラスメイトだと思うんですが……周りは私に好意がある方だと言う。
けど、好意があると、『それは、何なのだろう?』って……思考が止まってしまって」
好意がある、が意味するもの。分からない。
ぼくにもよく分からなかった。
「突然強い感情が対処出来ないまま襲い掛かって来る、それが余計に怖くなってしまって。それで……参考になればと思ったのです」
きっと何の感覚をどう抱くべきなのかも、見張る事が何を意味するのかも、靄が掛かったように思考が停止してしまうのだろう。
実際、誰かが好きだから誰かをどうこうしたいってのは、結構成熟した考えだと思う。今の年頃だとマナーとか、ルールとか、そういうののほうが慣れている人も多い筈だ。
彼女の声が、微かに震える。
「その……外から来た人、と此処は違うと、いうか」
「違う?」
「いえ、あの。私自身、親にすら、ろくに遂げられなかったことに自信がなくて……」
「あぁ」
それは、ぼくにもよくわかった。
うちもあまり良い関係ではなかったし、この場合「自分は親と違う」とはっきり言える自主性から養う必要があるけど、学生と言う立場上、親に基準を感じる事も多いだろう。
それにこんなところに暮らしているのもあって、余計に内側に籠ってしまうのかもしれない。
「……はい、まぁ。それで好意を踏みにじるばかりで。この前も友達に『自分は優しい言葉をかけたのに勝手に発狂した』とか言われちゃうし……ほんと駄目で」
「そっか」
ぼくは慎重に、言葉を選ぶ。
「好意に好意を返すって、本当に難しいよね」
言葉は音の響きと文字があるだけで、自分たちの価値観と記憶の中から『優しい』に分類されるデータに照合している。
だけどその基本的なベースになるべきデータが、ぼくらにはまだ少ないのだろう。
「ぼくも未だに全然正解に辿り着けないよ」
間違いも正解も判らなかった。
みんな、何処で学んだんだろう?
どうして確信しているんだろう?
発狂もせずに、何故。
「なぜ優しい言葉をかけているときにその時間が攻撃にならないと言えるのかとか、なぜ優しいと判断出来るのか」
本当は聞きたい。どんな人生を送ってきたら『好き』が褒め言葉になるんだ?
「正直な事言って、ごめんって謝られても、余計モヤモヤするし」
好きなんだ、わかってくれ。 そう言ったあの人はいつも、それが一方的な謎の感情でしかないことを実感させる。
「一々、存在自体が無い感情を外から変えようとするの、五月蠅くて、鬱陶しくて、余計追い込まれて」
「――ね」
と、声がするのと
後ろ手で、まつりの腕を掴むのは同時だった。
まつりはにっこりと笑みを浮かべながらぼくの頬を摘む。
「ふにふに」
こいつは好意を返そうが悪意を返そうが居るけれど。
逆にさっきより黙って聞いていたまつりが口を開く。
「気になるけど、その件は、手伝いの後で聞こうか」
やっと長い廊下が終わり、生徒会室に着いた。
2024年4月8日加筆
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