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09.吉崎先生と知念先生

ママなら……

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背後では生徒たちの群れがぼそぼそと、今度の話を始めているのが聞こえる。

「ママ呼んで来る?」
「警察に通報するのが先でしょ」
「救急車は?」
「てかさ、物理的にあたしらじゃ、重くて運べないと思うんだけど」
「やっぱやるんなら共犯だよね」
「だからばらばらになっているんだって」
「いや、ママなら運べるんじゃない? ずっと寮に居るし。体格良いし」
「チャンママが、痴情の縺れって事!?」
「でも、ママならモニタールームのカメラに映らないように出来そうだよね」
「しーっ! 聞こえるよ」


 さすがに完全に血抜きをしてから切ったんでもなければ、殺害して血痕が残らないのはほぼ不可能だと思うし、そうしたところで何処かには血が残る筈だ。

校舎側、事務室には夥しい血痕があった。あれがそうだとするなら――
 ずっと寮に居た場合、物理的に犯行に及べない。
切り落とすのも、燃やすのもそもそも難しいように感じる。
そう言えればアイコさんの疑いは晴れそうだが、現場の詳細情報を話すと別の混乱が起こりそうなので言えそうにない。
 まだ見つかっていない身体の部位で察する人が出てくる前に引き上げた方がいい。


「あれ……?」
 よく見ると、像の中に紙が挟まれていた。まつりが何処かから持って来た手袋をはめて、横から引き抜く。
「会員制有料クラブのレシートだ……」
有料なんだ……
それには文字が、横に流れるような筆跡でこう書かれていた。


『――虐待はあったか? ヤマタツからは、なんと聞いている?』





 虐待はあったか。なんて先生が何の目的で描いてるんだ?
脳裏に浮かぶのは、さっき3階辺りでKの話――異臭事件の事を話していた生徒たちの事。
小室さんが死亡したときの話で、虐待という単語が出ていたっけ。





――やっぱり嫌だったんだよ……『私のことまで無理矢理決める人と幸せになれるわけがない』って、前に言ってたし

――酷いよね、しかもあれ、表面上仲が良い風で、味方みたいなこと言ってる風だけどアレ全部事情知らないと出来ないよ。虐待の話とか

――許可なしで興信所で全部調べ上げてたってやつでしょ?監視だけじゃなくて、日記とかも全部勝手に見てたんだって。虐待の話とか勝手に調べたこと近所中に話してたらしいし

――聞いたことがある。こういうやつなんだーって、自分の事みたいに、勝手に調べた過去とかベラベラ話してからそういうやつと結婚するんだーって近づいたらしいよ。それでも俺は味方だから、キリッ的な、家族とかにも話をしていたみたい

――許可してもないことを勝手にやってるの? 家族にまで話を通して? 鬼かよ





確かに、こんな感じだった筈。我ながら上出来だ。
(皮肉だよな……)
と、自嘲気味に思う。
 覚えたくないことも、事件の手掛かりも、覚えている。
馬鹿みたいに傷ついて、誰よりも苦しんで――だけどそれが無かったら推理なんかしてられない。
ずきずきと心臓が脈打つ度に気が狂いそうで、指先が冷えて、声が震えても、ぼくは
「しんどくなったら言ってね」
 まつりが少し心配そうにぼくを見つめていて、そう囁かれるだけで、
「……大丈夫」
まだやれるような気がする。
けれど、だけど、今日のまつりは、なんだか変だ。いつも以上に過保護というか。
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