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08.異臭騒ぎ
写真?
しおりを挟む「ふぅ、なんとかなりそうだね」
まつりが言い、ぼくは、そうだな、と返した。
だけど……あれ。
確か、寮の各部屋で異臭騒ぎが起こってるって話だったよな……なんだか、思ったよりも普通に入って来られたけれど、そんなに酷く無かったのだろうか。少なくとも此処からは異臭はあまり感じられない。
廊下を曲がって、階段を上がる。
奥の方に生徒用の靴箱もあったが、靴のまま上がっても良いようだった。
まぁどのみちぼくらの為の場所は無いのでこのままで良いだろう。
さて、2階はどんな様子かな――――と、踊り場に足を踏み入れると同時に誰かが階段を降りてくる音がした。
制服姿で、真っ直ぐに切りそろえた襟足の長い髪の子だ。
なんだか気まずそうに目を逸らし、さっさと走って降りていこうとして、
「ねぇ」
とやや強めの声を張り上げた。
「ん?」
ぼくとまつりを、真ん丸の目でまっすぐに見つめて
「これ、貴方のですか?」と何やら厚紙を此方に見せてくる。
――――洋館の写真だ。
「その写真が、って事なら違うけど……」
まつりがきょとんとしたまま言い、ぼくも同意の意味で頷く。
白い、柱がいっぱいある建物で、角ばった円形のような形をしている。
なんだか、何処か、見覚えがあるカタチをした家だったけど。
「あっ、そ」
彼女は彼女で唇を尖らせた。
なんだか少し怒っているようなツンとした態度だ。何かあったのだろうか。
それとも、何かあると思ったのに無かったからだろうか。
「素敵なところだね。君の知ってる場所?」
まつりがそんな事を言っていると、彼女は、なんだか気まずそうに、まぁねと答える。
「友達が、いつもこれ、持ち歩いてたのですけど、それが今日は何故か廊下に落ちていたので……」
「友達が持ち歩いて居る写真が落ちてたのと、君にはどんな関係が?」
そもそもなぜこちらに尋ねるのか。
「あぁ、いや、その……」
彼女はなんだか言いづらそうにして、やはり、ぼくたちを睨みつけた。
うーん、よくわからないな。
言いたくない事情があるようだ。
「……はぁ」
しばらく見ていると彼女はひとりでに肩を落とした。
「あ、異臭騒ぎ、君、大丈夫だった?」
ふと、思い出したようにまつりが訊ねる。
「それは、大したことないですよ」
写真の方が重要だとでもいうように彼女はぼくたちを見ていた――――ところで、
「なになに」
ぬっ、と背中から誰かが現れ、ぼくは思わず悲鳴を上げそうになった。
まつりはさりげなく避けている。
振り向くと、界瀬さんが頼んでも無いのに勝手に輪に加わっていた。
「この写真、ね」
勝手に写真を見ている。
程なくして、そっか。この写真か、と彼も納得したようだった。
…………????
「あの、この写真、なんなんですか? 彼女は、ずっと、これ見てて」
少女が、界瀬さんに訊ねる。
話が出来そうだと思ったのだろうか。
「何かあるとこの写真見て、『おじいさんがいじめられてる絵』って言うんです……よく、わからない子ですよね。此処には洋館しか映ってないのに、気持ち悪い、おじいさんがいじめられてる、と」
手元にあるのは、古ぼけたカラー写真だが、それを見るたびに『おじいさんがいじめられてる』と言う子が、それの持ち主のようだ。
「そっか」
「妄想癖のある子だったんです。これって建物ですよね?おじいさんがいじめられるところなんか何処にも……」
「それは、どうなのかな」
界瀬さんの眉がやや釣り上がる。ちょっとイラついているような、それでも態度を緩めたままでいるような────
「もう、学園に、来ないかもだけど……思い詰めていたのかな」
彼女は俯いたままでそれを見ていない。
ただ悲しさにうちひしがれるように声を潜めた。だけどなんだか心配の方向がずれているようなちぐはぐな印象なのは何故だろう。
「どうしよう、そんなに病んで居たなんて」
彼は、大ー丈夫、と根拠があるのかないのか、やけに胸を張って答える。
「つまり、その子はこの館をおじいさんだと思って接しているだけだよ」
「は? いや、これは建物で」
少女が目を丸くしながら何言ってんだこいつという態度を見せる。
彼は、それは違うと言った。
「それは違う! 俺にもそういうの、あったからわかるよ。
そうだな、あれは昔住んでた町の道端にあったなんかわからない像なんだが、子どもの頃、あれを俺はカニカお姉さんと呼んでいた」
「それはそれで大丈夫なんですか!?」
「お姉さんって、近所のとかそういう意味だけど、でも彼女が撤去されるとき、ちょうどそれをモチーフにした小説が出てな……カニカ姉さんが惨劇の凶器として使われていたもんだから、役目を終えてお疲れ様って見送ってるときに。気分悪かったな……」
それは確かに、これまで培ってきた自分の想いや、そのときの楽しい思い出を一方的に踏みにじられるようで、嫌な気分になるのかもしれない。
「戦慄! とかキャッチコピー付けて売り出すだろ? いくらただの素材に過ぎないって言っても、なんつーか、まぁ見なきゃいいんですけどね……ってあれ」
静かだなと辺りを見渡すといつのまにか女子生徒が居なくなっている。話に夢中になるうちに、上の階に戻って行ったみたいだ。
ぼくらが界瀬さんたちと盛り上がっているので邪魔になると気を利かせたのかもしれないし、用を思い出したのかもしれない。
「もー! ホスト! いきなり湧いてくるな!」
まつりはまつりで少し不機嫌そうである。沸くって虫かなんかみたいだな。
「だーから!ホストじゃねぇ!」
界瀬さんも雑に対応している。
「俺は、これから不審者確認とか、怪我人が居たら運んだりとかしなきゃなんねーの! 調査! オーケー?」
すぐ横には、青みがかった黒髪と白い肌の男性?が立っている。寝不足なのか目の下に隈があり、眠そうだ。
あれが、もしかしてあいづさんだろうか……
「写真が落ちていた……か」
と小声でぼそっと呟いている。
「見回ってきたが、粗方撤収している。異臭についても、非常時だがやむをえないからな。換気をさせているところだ」
そう言いつつ、彼はじっと、ぼくとまつりを見た。
――――?
何か言いたい事でもあるのだろうか。
しかし界瀬さんが、「そろそろ行こうぜ」と彼に促すと、藍鶴さんもそうだな、と頷いて階段を上って行……こうとして、一度立ち止まった界瀬さんが言う。
「あぁ、そうそう。その小説なんだけどさ。それ以外の違和感もあったんだよ」
と、なぜかぼくたちに視線を合わせたままで言う。
「普通、小説や漫画のキャラクターってのは見た目と中身がどこかちぐはぐっていうか、見た目のキャラクターと、作者の中身の心理状態が視えるのが普通なんだ。美少女書いてても、おっさんが喋るように視えるっていうかな……」
サイコメトリーの話だ。
そう思ったけど、何も言わなかった。彼が何処まで生徒に公表しているのかわからないし。
「これでも、小さい頃は、自分の才能の自覚が無かったから、本とか読んだんだぜ」
まるで今は読まないと言ってるようなことを付けたしながら、なんだか悲し気に彼は言う。
「違和感って言うのが……その館の作者の本はいつもキャラクターと中身の情報が、貼り付けられたみたいに揃っていたんだ。まるで『本物の人間の情報を切り取って貼り付けている』みたいにキャラクターの中に正確に……
それもあって、それで惨劇を描いているのが不気味だった。『あんな個人情報を他人に易々と提供するとは思えない』。俺にとっては恐ろしい体験だった」
一体何故今そんな話をするのだろう。
今、ぼくたちに聞いて欲しい話だというのか。
「なーんて。俺が言う事じゃないけど。大事なことは目に見えないって言うからな」
先に上って行った藍鶴さんの後を追って、彼も上の階に行く。
「……なんだか、暗示的だな」
二人になってからぼくが言うと、まつりはきょとんと、首を傾げた。
「そうだね」
と、なんだか別の考え事でもしているように、心ここにあらずというように、どこか遠くを見つめている。
まぁ、とりあえず。ぼくたちも上に行こう。
2023年7月17日3時57分
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