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05.理事長
対面
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そして──
そのまま、まっすぐ歩いてきて、まつりを見て、微笑んだ。
「いいえ。ささぎさんに、そっくりな、誰かさんね?」
その、穏やかさの中にある射るような目は、やはり彼女もただ者ではないと、ぼくに痛感させる。まつりをちらりと見ると、にっこり笑ってはいるが、さりげなく、後ろに回された指先が震えていた。
それは寒いからなのか、恐怖ゆえなのか怒りからなのか、それとも、というのは、ぼくにはわからない。けれど、何かあれば、ぼくがこいつを守るんだと、密かにぼくは決意する。たとえなにがあっても、ぼくはまつりを庇い、受け入れるつもりだ。
「もう片方は────」
彼女の目が、ぼくに向く。思わずびくっと反応してしまう。
まつりは簡潔にぼくを説明する。
「こいつは、被害者だ」
「そう……」
彼女は、多くは聞かないらしかった。いや、今ここで聞かないだけだろうか。
「では来なさい、直々に話を、して差し上げます」
言うとすぐに彼女はぼくらに背を向けて歩きだした。
ぼくらも黙ってついていく。まつりをちらりと見た。怖い顔をしている。
なんというか無表情を極めたというような──今にも襲い掛かり、無感情に刺し殺してしまいそうな、目。
まつりは人間を殺害するという趣味はないと思うが──
まつりがあんな目をぼく以外の人間に向けるところなんて、久しぶりに見た。
それだけでも二人の間になにかがあったことは、充分うかがい知れる。
それからしばらく、あちらこちらと廊下を目まぐるしく歩き、やがて随分と入り組んだ廊下の曲がり角の真ん中──
理事長室へ通された。
中は広い。
ローテーブルと、ソファーのセットが入ってすぐにあり、両脇に本棚やトロフィーが飾られた棚、金庫などが並び、さらに奥に、社長などが座るようなイメージの深い椅子や、大きな机。
「では、入って」
彼女に言われ、ぼくらはそれぞれ中に入る。
すぐに扉が閉められた。
目の前にある、コンサートホールみたいな、木の重たい両開き戸が自動ドアだったわけではなく──秘書か何かのような女性(黒髪、おかっぱ頭、スーツ)が、ドアを押さえてくれていたようである。
こちらに、と、彼女にソファーの片側に案内されたのでたどたどしく座る。
理事長は特になにも言わないし、いちいち静寂が、突き刺さる。
空気はなんだか緊迫している。和ませようとぼくが、なにか口を開こうとするのを遮るように、まつりが口を開く。
「──なんだかやけに、ピリピリしてるね。それに、こちらを呼ぶのは不本意だっただろうに……意外とすんなり通されて驚いた。わけでもあるのかな? 理事長」
「わけでもなかったら、不法侵入者を連れて来ないですよ」
ホホホ、と理事長────つまり、あの初老の女性が微笑んだ。
「……あなた、ささぎさんの知り合い?」
面白いものを見るような目が、まつりを射抜く。
「そんなとこ」
まつりはひょい、とかわすように肩をすくめて笑う。
目は、笑っていない。
「──仮の宮。最初から崩壊すべく作られていた、存在することだけが意味を持つ、ハリボテのお城か────懐かしいわ。あなたたちも、苦労しましたね。私に出来ることがあれば、遠慮なくおっしゃって? 力になれるかもしれないわ」
「ありがとうございます理事長。あいにく、あの程度の事態で、あなたの手を煩わせるのは惜しい」
「ちなみに没落して、どれくらい経つのかしら」
「理事への天下りの話? どのくらいだろうね」
なんの話をしているのかもよくわからないが、二人とも始終笑顔を崩さず穏やかに会話を続けている。
「天下り? 前学長や理事長の事でしたら、なんの問題もございませんでしたよ。嘘を吐いてまで、私達が彼女達を貶めたと? 証拠も無いのに。名誉棄損です」
「それこそ、貴方たちは没落って言葉が好きだよね、没落と、紅蓮だっけ? なんでそのイメージに拘ってるか知らないけど、それって失礼だよ。
少なくとも親しくも無い他人に向ける言葉じゃないと思うよ。証拠も無いのに。名誉棄損だよ」
うーん。
なんだかギスギスしている。
まぁ確かに、あの屋敷は少なくとも攻め入られたとかクーデターとかそんな感じだもんな……少なくとも没落って感じじゃない。
ぼくは、会話に入れないまま、ぼんやりと彼女を見た。
シワだらけの指。 真珠のネックレス。グレーな髪。
「それに、証拠なら結構残ってると思うよ。」
まつりは曖昧に言葉を濁す。
「逆になんで何の問題も無いのに馬鹿みたいに拘ってるのかな? 終わった何の問題も無い話の為に、防衛線が敷かれているとは思えないんだけど……」
そのまま、まっすぐ歩いてきて、まつりを見て、微笑んだ。
「いいえ。ささぎさんに、そっくりな、誰かさんね?」
その、穏やかさの中にある射るような目は、やはり彼女もただ者ではないと、ぼくに痛感させる。まつりをちらりと見ると、にっこり笑ってはいるが、さりげなく、後ろに回された指先が震えていた。
それは寒いからなのか、恐怖ゆえなのか怒りからなのか、それとも、というのは、ぼくにはわからない。けれど、何かあれば、ぼくがこいつを守るんだと、密かにぼくは決意する。たとえなにがあっても、ぼくはまつりを庇い、受け入れるつもりだ。
「もう片方は────」
彼女の目が、ぼくに向く。思わずびくっと反応してしまう。
まつりは簡潔にぼくを説明する。
「こいつは、被害者だ」
「そう……」
彼女は、多くは聞かないらしかった。いや、今ここで聞かないだけだろうか。
「では来なさい、直々に話を、して差し上げます」
言うとすぐに彼女はぼくらに背を向けて歩きだした。
ぼくらも黙ってついていく。まつりをちらりと見た。怖い顔をしている。
なんというか無表情を極めたというような──今にも襲い掛かり、無感情に刺し殺してしまいそうな、目。
まつりは人間を殺害するという趣味はないと思うが──
まつりがあんな目をぼく以外の人間に向けるところなんて、久しぶりに見た。
それだけでも二人の間になにかがあったことは、充分うかがい知れる。
それからしばらく、あちらこちらと廊下を目まぐるしく歩き、やがて随分と入り組んだ廊下の曲がり角の真ん中──
理事長室へ通された。
中は広い。
ローテーブルと、ソファーのセットが入ってすぐにあり、両脇に本棚やトロフィーが飾られた棚、金庫などが並び、さらに奥に、社長などが座るようなイメージの深い椅子や、大きな机。
「では、入って」
彼女に言われ、ぼくらはそれぞれ中に入る。
すぐに扉が閉められた。
目の前にある、コンサートホールみたいな、木の重たい両開き戸が自動ドアだったわけではなく──秘書か何かのような女性(黒髪、おかっぱ頭、スーツ)が、ドアを押さえてくれていたようである。
こちらに、と、彼女にソファーの片側に案内されたのでたどたどしく座る。
理事長は特になにも言わないし、いちいち静寂が、突き刺さる。
空気はなんだか緊迫している。和ませようとぼくが、なにか口を開こうとするのを遮るように、まつりが口を開く。
「──なんだかやけに、ピリピリしてるね。それに、こちらを呼ぶのは不本意だっただろうに……意外とすんなり通されて驚いた。わけでもあるのかな? 理事長」
「わけでもなかったら、不法侵入者を連れて来ないですよ」
ホホホ、と理事長────つまり、あの初老の女性が微笑んだ。
「……あなた、ささぎさんの知り合い?」
面白いものを見るような目が、まつりを射抜く。
「そんなとこ」
まつりはひょい、とかわすように肩をすくめて笑う。
目は、笑っていない。
「──仮の宮。最初から崩壊すべく作られていた、存在することだけが意味を持つ、ハリボテのお城か────懐かしいわ。あなたたちも、苦労しましたね。私に出来ることがあれば、遠慮なくおっしゃって? 力になれるかもしれないわ」
「ありがとうございます理事長。あいにく、あの程度の事態で、あなたの手を煩わせるのは惜しい」
「ちなみに没落して、どれくらい経つのかしら」
「理事への天下りの話? どのくらいだろうね」
なんの話をしているのかもよくわからないが、二人とも始終笑顔を崩さず穏やかに会話を続けている。
「天下り? 前学長や理事長の事でしたら、なんの問題もございませんでしたよ。嘘を吐いてまで、私達が彼女達を貶めたと? 証拠も無いのに。名誉棄損です」
「それこそ、貴方たちは没落って言葉が好きだよね、没落と、紅蓮だっけ? なんでそのイメージに拘ってるか知らないけど、それって失礼だよ。
少なくとも親しくも無い他人に向ける言葉じゃないと思うよ。証拠も無いのに。名誉棄損だよ」
うーん。
なんだかギスギスしている。
まぁ確かに、あの屋敷は少なくとも攻め入られたとかクーデターとかそんな感じだもんな……少なくとも没落って感じじゃない。
ぼくは、会話に入れないまま、ぼんやりと彼女を見た。
シワだらけの指。 真珠のネックレス。グレーな髪。
「それに、証拠なら結構残ってると思うよ。」
まつりは曖昧に言葉を濁す。
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