上 下
72 / 143
05.理事長

対面

しおりを挟む
そして── 
そのまま、まっすぐ歩いてきて、まつりを見て、微笑んだ。

「いいえ。ささぎさんに、そっくりな、誰かさんね?」

 その、穏やかさの中にある射るような目は、やはり彼女もただ者ではないと、ぼくに痛感させる。まつりをちらりと見ると、にっこり笑ってはいるが、さりげなく、後ろに回された指先が震えていた。

 それは寒いからなのか、恐怖ゆえなのか怒りからなのか、それとも、というのは、ぼくにはわからない。けれど、何かあれば、ぼくがこいつを守るんだと、密かにぼくは決意する。たとえなにがあっても、ぼくはまつりを庇い、受け入れるつもりだ。
「もう片方は────」
彼女の目が、ぼくに向く。思わずびくっと反応してしまう。
まつりは簡潔にぼくを説明する。
「こいつは、被害者だ」
「そう……」
彼女は、多くは聞かないらしかった。いや、今ここで聞かないだけだろうか。
「では来なさい、直々に話を、して差し上げます」
言うとすぐに彼女はぼくらに背を向けて歩きだした。

ぼくらも黙ってついていく。まつりをちらりと見た。怖い顔をしている。
 なんというか無表情を極めたというような──今にも襲い掛かり、無感情に刺し殺してしまいそうな、目。
 まつりは人間を殺害するという趣味はないと思うが──
まつりがあんな目をぼく以外の人間に向けるところなんて、久しぶりに見た。







それだけでも二人の間になにかがあったことは、充分うかがい知れる。
それからしばらく、あちらこちらと廊下を目まぐるしく歩き、やがて随分と入り組んだ廊下の曲がり角の真ん中──





 理事長室へ通された。
中は広い。
ローテーブルと、ソファーのセットが入ってすぐにあり、両脇に本棚やトロフィーが飾られた棚、金庫などが並び、さらに奥に、社長などが座るようなイメージの深い椅子や、大きな机。


「では、入って」
 彼女に言われ、ぼくらはそれぞれ中に入る。
すぐに扉が閉められた。
目の前にある、コンサートホールみたいな、木の重たい両開き戸が自動ドアだったわけではなく──秘書か何かのような女性(黒髪、おかっぱ頭、スーツ)が、ドアを押さえてくれていたようである。


 こちらに、と、彼女にソファーの片側に案内されたのでたどたどしく座る。
理事長は特になにも言わないし、いちいち静寂が、突き刺さる。
 空気はなんだか緊迫している。和ませようとぼくが、なにか口を開こうとするのを遮るように、まつりが口を開く。

「──なんだかやけに、ピリピリしてるね。それに、こちらを呼ぶのは不本意だっただろうに……意外とすんなり通されて驚いた。わけでもあるのかな? 理事長」
「わけでもなかったら、不法侵入者を連れて来ないですよ」
ホホホ、と理事長────つまり、あの初老の女性が微笑んだ。
「……あなた、ささぎさんの知り合い?」
面白いものを見るような目が、まつりを射抜く。
「そんなとこ」
まつりはひょい、とかわすように肩をすくめて笑う。
 目は、笑っていない。


「──仮の宮。最初から崩壊すべく作られていた、存在することだけが意味を持つ、ハリボテのお城か────懐かしいわ。あなたたちも、苦労しましたね。私に出来ることがあれば、遠慮なくおっしゃって? 力になれるかもしれないわ」
「ありがとうございます理事長。あいにく、あの程度の事態で、あなたの手を煩わせるのは惜しい」
「ちなみに没落して、どれくらい経つのかしら」
「理事への天下りの話? どのくらいだろうね」

 なんの話をしているのかもよくわからないが、二人とも始終笑顔を崩さず穏やかに会話を続けている。




「天下り? 前学長や理事長の事でしたら、なんの問題もございませんでしたよ。嘘を吐いてまで、私達が彼女達を貶めたと? 証拠も無いのに。名誉棄損です」

「それこそ、貴方たちは没落って言葉が好きだよね、没落と、紅蓮だっけ? なんでそのイメージに拘ってるか知らないけど、それって失礼だよ。
少なくとも親しくも無い他人に向ける言葉じゃないと思うよ。証拠も無いのに。名誉棄損だよ」


うーん。
なんだかギスギスしている。
 まぁ確かに、あの屋敷は少なくとも攻め入られたとかクーデターとかそんな感じだもんな……少なくとも没落って感じじゃない。
 ぼくは、会話に入れないまま、ぼんやりと彼女を見た。
 シワだらけの指。 真珠のネックレス。グレーな髪。



「それに、証拠なら結構残ってると思うよ。」
まつりは曖昧に言葉を濁す。
「逆になんで何の問題も無いのに馬鹿みたいに拘ってるのかな? 終わった何の問題も無い話の為に、防衛線が敷かれているとは思えないんだけど……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

あるとき、あるまちで

沼津平成
ミステリー
ミステリー 純文芸 短編

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

GPTが書いた小説 無人島のゲーム

沼津平成
ミステリー
5000字程度のサバイバル小説を頼んだ結果です。主婦2人青年1人……という設定は沼津平成によるものです。 一部沼津平成による推敲があります。

✖✖✖Sケープゴート

itti(イッチ)
ミステリー
病気を患っていた母が亡くなり、初めて出会った母の弟から手紙を見せられた祐二。 亡くなる前に弟に向けて書かれた手紙には、意味不明な言葉が。祐二の知らない母の秘密とは。 過去の出来事がひとつづつ解き明かされ、祐二は母の生まれた場所に引き寄せられる。 母の過去と、お地蔵さまにまつわる謎を祐二は解き明かせるのでしょうか。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...