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04.まつりとささぎ

存在証明と女装  /   光の目

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     そして、入り口のそばにあるミニテーブルで、ポットにお湯を入れながらため息をついた。
「あの子は、可哀想な子。あの事件の頃から、ずっと腕を隠してる……けれど、それでも、私は、とてもあの子が好きよ」
「ささぎ、さ────」
「『才能』は常に、『自分のせいではない罪』を、人よりも背負ってしまう。あの子はそれを背負い過ぎた。……私には、何も出来なかった」
「あの、ささぎ、さん」
「ねぇ、あなたは、あの子を愛してくれる?」
「それは」

わからない。
わからない、というのは、
嫌っている訳ではなく、愛するが何かわからなかった。

「あの子を、愛してよ。あの子には、幸せが足りないの。それが『実感』だわ。あなたが、それをあの子に与えてくれるなら──私、それが幸せ」

 ささぎさんは真っ直ぐぼくを見据える。

幸せ……


「君はさ」






「『本当に佳ノ宮まつりが好きかい?』」

佳ノ宮まつりが好きなのか。

あの日。
あの部屋で。
あの声で。


──『じつは、君を一目見た時から実はずっと思っていた』



可哀想にね。と。
彼は、尋ねる。

『君は本当は、佳ノ宮まつりが嫌いなんじゃないか』
彼女は言う。
ずっと嘘を吐いて、自分を偽っているんじゃないかって。


『もし君に一般的な承認欲求があれば、君にもし凡俗的な自我があるのなら、佳ノ宮まつりの横に居ることはあまりにも辛いのではないか?』

 ぼくは問う。
ぼくは、佳ノ宮まつりが嫌いなのだろうか。
 
 考えてみる。
ちょうど外は雨が降っていた。
あの雨は、懐かしい。昔失くした  に似ていると思った。

ぼくは……


――――だからあんなに、まつりに似ているものを、まつりの言葉を、まつりの姿を全部、集めて、否定したくなるんだろう?



 あんなに熱くなる必要なんか何処にも無いじゃないか。
『今だって君はそうだ。まつりに似ているものは否定しなくちゃ気がすまない』『必死に、必死に。君はまつりを思い出す。嫌うために、嫌いだと言うために』
まつりが許せない?
佳ノ宮まつりは君を否定する?
佳ノ宮まつりが否定する君はそんなにまで守らねばならない存在なのか?
『「佳ノ宮まつりは、僕らの総て──あるいは、君の総て──僕はまつりのために死ぬことすら厭わないし、君もまつりのためならなんでもやってのけるだろう」』

彼女は、彼は、楽しそうに笑う。


  「『 ――――それが、残念なほど、幸福なほどに真実だとして、』」
我々は「聞かせて欲しかったんだ」。君の口から、その言葉をね。

彼は、彼女は、見下ろしながら言う。



「君は知っていて、知りすぎていて、わかっているはずなのに、なんでそんなに佳ノ宮まつりに関わるのかな」
佳ノ宮まつりの比類なき純真無垢で圧倒的なあの狂気────

「『僕らがアレに従属するのは、弱いからでは無い。あのラインを、越えたく無いからさ』」
そう、大量の■■■を産み出した、
あるいは数多くの屍を産み出した、

どうしようもないくらいに救えない犠牲者をさらに犠牲にして産み出した、あの狂気の向こうにあるものを見て、狂わなかったものなどただ一人として居ない。そうだろう?
『触れるべきではない禁忌があると、君も、僕らも知っているはずだ』
『なぜ誰も佳ノ宮まつりに触れたがらないか、あれはおとぎ話なんかではなく、本当に』

「えぇ」
そんなことくらいは、ずっとわかっている。
わかっていたからこそ。

「集めたものを否定することはしませんよ。それをしているのは、違う個体でしょうね」

例えば、嫌われる事を、それによって犯罪を暴かれる事を憎むような――――


「間違いに間違いと、嫌いとはっきり言えないのは、虐待と同じ」
「期待だけ持たせて、飼いならす気だから真実を与えられない。
好きとかってのは、基本騙したいから言うんです。あいつはそうしなかった」

あの雨の日に。
或いは、あの晴れた日に。
ぼくはずっと前から壊れていて――


「佳ノ宮まつりに比べれば狂気なんか存在しない。まつりに比べれば、ぼくなんか存在しなくても構わない」


ぼくを殺してくれ。
ぼくを、◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「そう言ったら──まつりは、笑ったんです。君って、狂ってるねって」


世界で唯一、ぼくに――――


『君みたいに狂ってるのが、君で良かった』


























  ささぎさんと会話した後も呆然と座り込んでいたところ、まつりが声を掛けてきた。
いつの間にか通話は終わったらしい。

「ルビーたんどうだった?」
ぼくが訊ねると、
「うん。元気そうだったよ」とまつりは嬉しそうにする。
それからやや心配そうに「寂しかった?」と聞いて来た。
ぼくは何も言わなかったが、まつりはそっか、とだけ言って少しだけ微笑む。

「……そういえば、さっき言ってた光の目って何?」
 それから改めて、ささぎさんに問う。
ささぎさんはそういえば言ってたな、という感じできょとんとした後、「私も実物は確かめた事が無いんだけど、この前読んだ本でね。長年盗撮被害に合っている方の記録したノートに書かれていたの」
と答えた。
 作者はあるきっかけで壁の光の目を目撃してしまったが、周りには見えないと知って更に悩む事になる……らしい。

「この寮に『光の目』が現れるって?」

にっこり笑うささぎさん。
「かもしれないじゃない?」



まつりは至って真顔だ。思う事があったのだろうか?
笑ったりしなかった。
「ちょっと気になるね」

 ――――光の目の目撃者は少数だが様々なSNSに居るらしい。孤独を感じて部屋に閉じこもったり、何かの拍子に化物と目があったりときっかけも様々。
 共通しているのは、ある日、主に部屋で一人で居る時間帯に
壁や天井に自分にしか見えない『光の目』が現れるという事だった。

「被害を悲観しているせいで、逃避の為の幻覚が出ている、って考えてたらしいけど……真相はわかっていないの。
一つ確かな事は、伏せ字で『K』と呼ばれるアニメが存在する、その監督が光の目に言及していた……って事らしくて、真相は謎だけど『闇が深い』らしいわね」
「K?」
もしかしたらもう少し情報があればぼくの記憶から辿れるかも、と思ったものの、彼女も内容はよく知らないようだった。

ただ、その会社は炎上騒ぎ等の後、既に倒産したらしい。


「光の目を浴びた人たちの姿を映して作られた作品……殆どが盗撮した画像を使っている、そう掲示板にはあったけど……その中で部屋で歌の練習をするシーンがあって、作者は其処に触れていたわ」
ほらこれ、と足元の本棚から『光の目』と書かれた本を渡される。
……白地に『光の目』とだけ書かれているシンプルな表紙の本だ。
確かこの辺りに、とページを捲られ、文面を指差される。



・・・・・・・・・・

日課。
何度も、誰も居ない事を確認する。
音を鳴らして、外に聴こえて居ないか確かめる。
ラジオを高周波にして、外に聴こえて居ないか確かめる。
盗聴を何度もチェック。辺りは静かで、音を立てるものはない。
カメラまではわからないけど。
部屋で話しても確実に外の音の方が大きい。

それから、マイクをONにした。
壁に、光の目が出て、一瞬で消えた。



今週の『K』に、自分とそっくりな歌唱シーンが出ていた。
近所の人が歌がうるさい!と何度も怒鳴り込んでいるシーンがあった。
リカがカラオケで負けている。
誇張され過ぎているように思えた。
外にも誰も居ない。
盗撮? 盗撮でしか有り得ない。だって、何度も確認している。
そもそもうるさくしてもいなければ、盗撮しているから『K』に転用出来ている訳なんだから――――

先週のコントのように済んだことがいいとは思えない。
盗撮・盗聴の常習犯が要る筈……?
・・・・・・・・




でも結局、光の目が何かまではわからなかったという。
壁に眼球だけ浮かび上がるなんて、幻覚にしても、心霊現象にしても不思議だ


「いつか、真相を確かめたいわね」
うーん。
そんな楽しいかな……ぼくはちょっと怖くなって来たけど。
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