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03.イン・ポスター
潜入編
しおりを挟む「ね。此処、どういう場所だと思う?」
「どう、って……才女の通う、学園だろ?」
◆■
ルビーたんの副業だというブティック?の中でメイクを施され、改めて学園に送って貰ったぼくたちは、どうにか中に潜り込んでいる。
今居るのは、なんか天井が高く、聖堂にでも続きそうな妙に落ち着いた雰囲気の廊下。
「本当に……城なんだな」
天井に抜けて行く足音を聞きながら不思議な気分になった。
そんな場合ではないけど、なんだか文化遺産の観光に来てるみたいだ。
ぼくが感心している横で、まつりは「そりゃそうでしょ、さっき言ったし」と呆れている。
「ちなみに校舎に使われているこの城は創立時に、仲の良い貴族から貰ったもので、某国からそのまま移設されている本物の城なんだってー」
まつりはぼくの混乱をよそに話を続けた。
「へぇ城って移設するもんなんだな」
遮られた事はこの際スルーして、考えてみる、
本物ってことは認知の歪みでも妖界や異世界へのナビでも無いってことで――それはつまり本物である。
「なんか……懐かしいなぁ」
まつりは頭上の校舎を見上げて、薄っすらと笑みを浮かべた。
何を思っているのか、やけに懐かしむような、或いは慈しむような、どこか寂し気な横顔。
「此処は権威の残滓、それでも今もある程度の影響力を持っている」
なんだか、寂しそうにも見える気がした。
「ちょっと、屋敷に似てるかも、ね」
嘗て。
誰もがまつりのことを恵まれた環境を与えられ、齢一桁の頃から将来を約束された存在だと確信していたと思う。
しかし、その実態は――――ずっと屋敷に出入りする企業に搾取されていたのだという。
その将来を永劫、道具のように縛り付けようと画策する輩があちこちで取り囲んでいた。
思想を思想としても認められず、作品を作品としても認められず、まるで生まれながらに全てが二次創作であるかのように、あらゆる概念を削られ、生れたときから誰かの代替物のアイデンティティとして居ないかのように存在し、「自分に合うから」と、素材のように扱われる事もあった。
もちろんこの「自分に合う」、は周囲との調和を試み、馴染むように統合の取れた美しい作品に対する評価ではなく……その者がが素材として使用しやすいという意味だ。
「やがて、力を求めるだけの彼らの欲深さはエスカレートし、出歩くだけでも人が追いかけてきたり、少しでも表社会に出ようものなら慌てて存在しなかったかのように代理を立てられる――そうして徹底的な隠蔽が行われた」
人間と言うのは他人に認識され、互いに評価されることで自己同一性を確立していくのだが、そんな、自我の許される隙すら与えられぬ環境で、自身に対する事柄を覚えておくのは難しい。
自分を認識することすら困難になるうちに、自分を呼ばれる事、人間関係を理解する事すらパニックを起こす程になる。
――――使えなくなるまでは使いたい
「それが彼らの、心からの言葉。正直、あの場所が壊れて居なければ今も使いたい、と」
あははは! とまつりは笑う。
人を人とも思わない、まつりのことを、道具としか思っていない場所の事を、どうしてそんなに愉快そうに話すのかは、ぼくにはわからない。
ただ――ぼくたちが人間だった証拠があるとすれば、最初に感情と当人との切り離しを行ったのはぼくたち自身じゃなかった、と言う事だろう。
「願わくば、此処の構造も、そうじゃないといいんだけどね」
「だけどなぜ潜入なんだ? 事前にアポとって、正面から申し込めばよかったんじゃないか」
ぼくもわざわざ女装させられる必要が無いわけだし。
聞いてみると、まつりはバツが悪そうに視線を逸らす。
……?
「アポとかとってたら、盗聴の危険が高くて。余計に危険に曝すかもしれない」
と気まずそうにはにかみながら答えた。
電話の時点で勘付かれて警戒度が上がると余計に面倒な事になってしまう。
しかし電話は基本盗聴されている可能性が高いのだという。
「電話、通信会社に佳ノ宮家の手が回ってない筈が無いから。その気になればすぐ買収するだろうし」
あまり表に出ない話だが、まつりも、恐らくぼくも囲い込みされている。
怨みなど買う必要もなく、意識する前から。 ――――あの夢の中で田中君が言ったような事柄もそう。
実際に映像を常にログとして、幼い頃から取られている。
まつりやぼくのことを何もかも監視していても不思議ではない。
それにただでさえ――屋敷が無くなった今も尚、分裂した佳ノ宮家の勢力はややこしく、それでいて各々があまりにも常人離れしているのだ。
後見人計画のような非人道的計画でも喜んでやってしまう程の団体なのだから、尚更権力闘争に使えそうなものならなんだって引っ張り出して来る筈。
なぜなのか、は、あちら側に聞いて欲しいくらいだけど、それを言われてしまえば「そうか……それがあったんだったな」と、言うしかなかった。
「びっくりした?」
嬉しそうというか誇らしそうな声。
「まぁ、ぼくって驚くの苦手なんだけど、ちょっと『おっ』と思った」
淡々と答えると、そいつはつまらなそうに唇を尖らせた。
「なーんだ、もっと苦痛に歪んでくれてもいいのになぁ」
まつりはケラケラと愉快そうに笑った。
こいつは昔から他人に嫌われるのが趣味みたいなところがある。
今回も、わざと何も言わずぼくが嫌そうにするのが見たかったのかもしれない。
「だってほら着替えとかいろいろ手伝ったんだよ。恥ずかしいーとか、悔しいーとかさ、惨めな羞恥に震えたりとかさ」
……うーん。
「そう言われても、似たような事は以前も経験済みなので」
まつりはつまらなそうに唇を尖らせる。
「なーんだ、つまんないのー」
昔から変わらない。
ぼくの感情なんて何とも思っていない、ただの純粋な好奇心。行動動機。
時折コミュニケーションに置いての障壁になる事もあるそれは、ぼくにただ嬉しい、懐かしいという感情を思い起こさせる。
他人を拒む行為への強い憧れ。拒絶への好奇心。得られなかった平穏。
存在証明を拒んでしまった側には決して理解のできない感情。
ぼくの生活もずっと、好きな物ではなく、やるべきことをやりなさいだったから、あからさまな嫌悪を向けてくれる方が「あなたが好きだから」を理由に聞くよりもずっとマシというものだ。
「別に、このくらいで今更何も思わないんだよな……」
傷付くだろうか、と思いながらも言ってみた。
まつりはなんだか嬉しそうだ。
えへへ、と笑った。
幸せそうに笑った。
カツン、カツンと、二人分の靴音が響く。
「でも本当、屋敷の中みたいで、落ち着くな」
まつりも嬉しそうだ。
いつも庭くらいしか行ったことが無いから知らなかったけど、屋敷の中は、こんな風だったのか。
中に居るとところはあまり見た事が無かったけれど、やはり家というのはそれでも落着きを覚えるものなのかもしれない。
――――あの場所が無くなって、まつりが今考えて居る事……
なんだろう。
「理事長室、探さないとね」
えへへ、と笑う顔からはあまり読み取れないけど、嬉しいのか、悲しいのか、あるいはすべての感情が綯交ぜになっているのか。
「そうだな」
ぼくはそれだけを答える。
「何度も言って置くけど、殺人鬼の話は内緒だから」
「わかってるよ」
彼女の経歴を知らなかったら、殺人鬼で無かったらきっとぼくは彼女に関心なんて持つ事すら無かったのだが。それを隠すだなんて……
彼女の微かにだけ存在する好きな部分を否定されているようで、少し悲しい。
まぁ、とはいえ誰しもどんな理由でも隠したい事ってのはあるだろう。
だから、ぼくは今居る景色に視線を移してみた。
「屋敷の中、か」
景色を、脳内に刻もうとしてみた。
……ぼくは生まれつき『いくつかの症状』を抱えている。
その一つが自分の自伝的記憶を忘れる事が極端に苦手であるという超記憶症候群。
あるいは、あの時ときの佳ノ宮まつりと同じように、ギフテッドと呼ばれたもの。
ギフテッドと発達障害の違いは突出した能力の有無だと言われている。
どちらも何らかの集中力、才能を発揮する場合があるが、
発達障害の場合はグループ内での高い水準止まりが多く、ギフテッドはそこから更にグループの域を超えて突出していると言われる。
「他に例が無い」ので当てはめようがない。
また、『自分の感情をある程度コントロール出来るかどうか』という違いもあるという。
――――その脳が、この場所に来てなんだか騒いでいる。
厨二的な意味でも無く、そう、なんていうか。
(知っている、ような……)
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