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03.イン・ポスター
怪しい会話
しおりを挟む着地。
ぼくは少しよろけたが、まつりは隣で涼しい顔をして白衣のほこりを払っている。植え込みはさほど乱れていない。
「さて、此処からどうするかな」
姿勢を立て直し、辺りを見渡す。
放送室から出て来て、校庭の植え込みに居るってわけだけど……
なんだか、整備された森の中みたいでちょっぴりワクワクする。
とはいえ、ずっと此処に居たら不審者だし、もう一度中に入るしかないのだった。
まつりはきょろきょろと校舎を見渡す。
「さっきのところ、まだ開いてるかな……もう閉めてあるかな」
「そういえば、さっきはどうして、廊下の窓が開けてあったんだろう」
ぼくは素直な疑問を口にする。
まつりは、それはね、と何か言おうとした。
のだが、それは途中で止まってしまった。
植え込みの陰を抜けて、最初に来た入口に向かっていると今度は進行方向の近くの廊下から叫び声がしている。
「ねぇどういうこと!? あれさ、同じ人が引っ越して変えてたってこと!? つまりあの人でしょ。はぁ? 知らないんだけど!!あれささぎなんだよね? なんか違うって言ってる人居たけど、あれささぎだよね?」
「あれはささぎですよ。違うって誰が言うんです?」
「だよねー--!!!!あー-!! 今までどこに居たの? 住所知ってたらついていったのに!今度調べてあちこちに晒して貼り付けてやるんだから」
「松本もいっつも名前変えますよね!」
ドッ、と笑い声があがる。なんだか恐ろしいノリだ。
「うわー、何処でなにしてようと自由なのにね?」
まつりは不愉快そうに呟く。
同じIDと見た目を利用して侵入できるとはいえ、ささぎさんもささぎさんで熱烈な大歓迎を受けていたとはまつりも思わなかったのではないだろうか。
静かに穏便に侵入はこの段階で無理そうだなとぼくは早々に悟った。
「昔運動部の使ってた薬缶場所あちこち移動するから、松本とか、それこそ名前とか全部書いておこうってことになってー結局学校中から近所中かけて探し回って、どう見てもウチの薬缶あれば回収お願いしますっていって回ったなぁとか。事前に場所や名前を言えないやつが多すぎるんですよ」
「え、サイコが? そこまでして探してくるくらいなら買えばいいのに」
「さすがに備品は自腹出したくない。ムカつく、あいつら、ちゃんと事前連絡出来ないから備品も返せないし」
――――しかし、なんだろう、この、人を人とも思っていないかのような。
怒り方がおかしいっていうか。
なぜ、彼女たちに逐一居場所や個人情報を把握させなければいけないのか?
そんな義務はない筈だけど……備品に対する執着も変だ。
「なぁ」
ぼくは言う。
「此処って基本的に、中流とか上流とかの人がいるんじゃないのか?」
こそっと尋ねると、まつりはただ肩を竦めた。
「一般生徒も多いよ。まぁ、入れれば」
けど……この様子、というか、さすがに、創立関係者のお嬢様である
ささぎさんを呼び捨てにして怒っている度胸なんて一般の人間にあるとは思えない。
「ほら、お金持ちも、異常にケチな人居るし……備品に自腹出したくない!って人も居るんじゃないかな」
「うーん」
なーんか、なんか、違うんだよな。
ケチとかそういうレベルじゃないっていうか。いや、やっぱりおかしい。
ふと、会話が止む。
ちょうど移動していたときだったことと、
窓の位置がさっきよりも近かったので、彼女たちと目が合っている。
「ごきげんよう」
ぼくが何も言えなかったのに対し、まつりは笑顔。堂々としていた。
髪に派手な花柄のバレッタを付けている子が此方を向く。
挨拶は返してくれなかった。
ずかずかと歩いてくるなり、ぼくに目掛けて「あなた!」と言う。
「その着こなしはどうなの? 伊井さんに対して失礼です」
お姉様、じゃないから先輩ではなく同級生なんだろうか。
「竹田お姉様……小物に絡んでいる場合ではないのでは?」
横から背の低い丸顔の子がこそっと囁き、他の子も頷く。
「それよりも週末のパーティについて、決めてしまいません?」
あれは大導寺彩ちゃんだよ、とまつりが教えてくれた。
だいどうじあや、言わずと知れた名前らしいのだが、ぼくは知らなかった。
「そろそろ人数分のパーティ券の配布を……」
大導寺彩の横に居る子が、パーティの話をしようとするのを遮ると、
「いいえ! 言わせて貰います!」
と竹田お姉様は宣言し、そして、こちらに人差し指をつき向けた。
「貴方、伊井さんが、気分を害するので、率直に言って、目の前に存在為さらないで欲しいのです、そこの人と合わせて!」
びしっと、指をさされたのは、まつり(のやっているお姉さま)だ。
あれ?
っていうか伊井さんって誰ですか?
と物凄く聞きたいが、聞いて無事で済みそうな雰囲気ではない。
まつりがこそっと制服を作ってる人らしいよ、と言う。
だから着こなしの話をしているのか。
「でも裏側で伊井先生のパクリの話とかあって、ちょっとごたごたしてて、学園内でも取引のある会社の令嬢たちのグループが分裂したことがあったらしい」
「そうなんだ」
親の都合で青春まで変わるとは、真偽は定かではないにしろ面倒な学園生活だ。
ささぎさんはその辺で伊井先生のところと竹田さんたちと何かあったのだろう。
「ちょっと! 何を吹き込んでいるの? 伊井さんは何も盗作していないし、何も悪いことはしていない。だからこうして世の中に認められているの」
竹田さんの横に居る子がそうだそうだと加勢する。
っていうか、何が問題なんだろう……と、まつりを見るが、そいつは涼しい顔をして「着こなしの問題かしら? そんなにおかしくはないようだけど」と答える。
「ほぉ。それは、昔みたいに敵対してもいいってこと?」
「えぇ、かまわない、私も井伊先生は気に入らなかったのよ。次々新作を出すけど、みんなどこかで先に見たものじゃない。『今日子のときだって』」
ピキピキ、と竹田さんの頭上に怒りのマークが浮かんだ、気がする。
――今日子?
「何? 私が悪いって言いたいの?」
竹田さんの声が低くなった。
気を遣ってやって居るのに、わざわざ対立を煽りに来たのかという苛立ちが鋭い眼光として現れている。今日子のときのこと、は何か気に障る発言だったらしい。
「えぇ。最悪。貴方みたいなのって本当に嫌い」
まつりは堂々と頷いていた。
途端に、竹田さんの背後に居た人たちが騒ぎ出す。
「嫌いって言った! 今! おねえ様を嫌いって言ったあ! うわー!嫌いって言ったー!」
「私達、表立ってささぎを否定したことありましたかぁ!? 何であんたに嫌われなくちゃいけないの!?」
「嫌いとか正面から言うやつって、やっぱり人格がおかしいわ!」
奥へと進むぼくたちの後ろから、あーっとかうわーっとかのヒステリックな声が響き渡る。
「だいたい、こっちは、ささぎばっかり優遇してやってるのおかしくない?こっちは優遇されてるの普段から我慢してるんだから」
「なんで優遇しなくちゃならないのでしょうかね! せっかく今年は選ばれなかったのに、話題にならないし」
「ささぎばかり優遇するのって、変ですよね、創立者がなんだっていうの! コネですか!? 私達を差し置いて!!」
「わたしだってあいつくらい頑張ってるんですが!」
「あいつさぁ、いっつもさっさと終わらせて来るんだよね。
年季が入ってないっていうか、みんなと同じくらいの長さで研修やってないんだよ! 依怙贔屓!」
「えー! 本当ですかぁ!」
「でもやっぱ仲良くしとく方が得だから、シーっよ、わかった?」
「わかってますけどぉ」
「あー!!本当ムカつくー。チカラしか取り柄無いんだから、永遠に引っ込んでて欲しいー」
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